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ギリシャがデフォルト 国民投票が否決ならユーロ離脱は必至

木村正人在英国際ジャーナリスト

最大の山場は7月5日

国際通貨基金(IMF)に対するギリシャの返済期限が6月30日、経過した。15億4400万ユーロが「滞納」となったわけだが、事実上のデフォルト(債務不履行)だ。

先進国の返済不能は71年に及ぶIMF史上で初めて。「滞納」は2001年のジンバブエ以来で、史上最悪の滞納額。IMFからギリシャへの融資は打ち切られる。滞納が続けば、ギリシャはIMFでの投票権を剥奪され、追放される恐れもある。

最大の山場は7月5日に実施されるギリシャの国民投票だ。IMFや欧州中央銀行(ECB)、単一通貨ユーロ圏の債権者団から突き付けられた再建策を受け入れるかどうかの二者択一が国民に提示される。

FT紙のデータなどをもとに筆者作成
FT紙のデータなどをもとに筆者作成

否決されたら、ECBによる上限890億ユーロの緊急流動性支援(ELA)は打ち切られるとみられており、ギリシャの金融システムは崩壊。7月20日に期限が迫るECBへの34億5700万ユーロも返済不能となる。

埋めきれなくなった国民感情の対立

英誌エコノミスト前編集長、ビル・エモット氏は6月17日に筆者の取材に応じ、「ギリシャと債権者団の資金面での開きはそれほど大きくないが、ギリシャとその他のユーロ圏の政治的な開きは埋めきれないほど大きく、両立できなくなっている」と解説する。

エモット氏『The Great European Disaster Movie』
エモット氏『The Great European Disaster Movie』

ギリシャがユーロ圏を離脱する可能性は17日時点で「60~70%」と分析。ギリシャが離脱した後、ユーロ圏は共同債を導入するかという筆者の問いに対し、「ユーロ圏は新しいイニシアティブを導入して結束を固めるだろう。ユーロ共同債は選択肢の一つだ」と指摘した。

「単一市場計画の拡大や改革が進められるだろう。ドイツの国内世論はフランスやイタリアが改革に取り組まない限りユーロ共同債には同意しない。コンビネーションが必要だ」

「低い長期金利を利用して、エネルギーなどユーロ圏のインフラ整備を進める新しいマーシャル・プラン(第二次大戦後、米国が推進した欧州復興援助計画)、すなわち『メルケル・プラン』を含めた新イニシアティブを導入するのが良い考えだ」

すれ違う思惑

ギリシャとその他のユーロ圏の思惑は完全にすれ違っている。まずドイツのメルケル首相らユーロ圏首脳がどう考えているかおさらいしておこう。メルケル首相は、観光で食いつなぐ落ちぶれた欧州になることを望んでいない。ドイツに見習って構造改革を進めなければならないのは落ちぶれたギリシャだと考えている。

さらに欧州債務危機の最中と違って、ユーロ圏は信用不安の拡大を防止するさまざまな対策を整備している。金融セーフティーネットとして欧州安定メカニズム(ESM)を設置し、単一監督・預金保険制度・単一破綻処理の3本柱からなる銀行同盟を設立。

ECBによる国債購入策や緊急流動性支援など緊急避難策も備えたため、ユーロ圏の域内総生産(GDP)の1.8%の規模に過ぎないギリシャ経済が破綻しても他のユーロ圏諸国には伝播せず、市場の動揺も最小限に抑えられるとユーロ圏は高を括っている。

追い詰められたギリシャはユーロ圏の再建策を最終的にはのまざるを得ないとみているのだ。

ギリシャは乾いた雑巾?

これに対してギリシャはどう考えているかと言えば――。ユーロ圏はギリシャの離脱を望んでいないので、最後は乾いた雑巾を絞るような緊縮策を緩めてくれると思い込んでいる。ギリシャの総政府債務と名目国内総生産(GDP)の推移を見てみよう。

IMFデータより筆者作成
IMFデータより筆者作成

総政府債務は2012年の債務再編で3551億ユーロから3039億ユーロに減ったものの、その後は3100億ユーロ台で推移している。それに対して名目GDPは08年の2420億ユーロから14年には1790億ユーロまで26%も縮小している。

債権者団の再建策はユーロを安定させることに主眼を置いており、ギリシャ経済を再生させることをあまり考慮していない。英紙フィナンシャル・タイムズの著名コラムニスト、マーチン・ウルフ氏は最新コラムの中で次のように分析している。

「ギリシャが今年、基礎的財政収支(プライマリーバランス)をゼロにし、2018年までに3.5%の財政黒字を達成しようとした場合、GDPの7%に当たる財政の手当てが必要となり、経済が10%縮小するかもしれない」

イエスかノーか

これでは財政の黒字を残すことができたとしても、街には失業者があふれてしまう。だからチプラス首相が交渉の最後に席を立ち、国民投票の実施を宣言したのには一理ある。チプラス首相も国民も国民投票で債権者団の再建策に「ノー」を突き付ければ、再交渉に向けギリシャはさらに強力なカードを手にできると考えている。

しかしこれは大いなる勘違いだ。国民投票が否決されたら、おそらくECBの緊急流動性支援策が打ち切られ、ギリシャはユーロ圏離脱に追い込まれる。「イエス」ならチプラス首相が辞任して、ギリシャの政治すごろくは振り出しに戻る。国民投票の判断は極めて難しい。結局、ユーロに留まるにしても離脱するにしてもギリシャ国民に独立不羈の精神がなければうまくいかないからだ。

共産主義的なチプラス首相の主張には極めて大きな問題がある。一方、欧州統合という政治プロジェクトの理念を見失ったメルケル首相やEU残留・離脱を政治課題にしてしまったキャメロン英首脳らEU主要国の首脳が抱える問題も同じほど大きい。EUとは弛まぬ努力を怠れば崩壊してしまう未完のプロジェクトである。

悲しいけれど、戦争の荒廃と絶望から生まれた人間の英知が壊れようとしている。その運命を大きく左右する国民投票の日が時々刻々と近づいてくる。ギリシャでは銀行休業と資本規制が導入され、現金自動預払機からの引き出し額が1日60ユーロに制限されたギリシャ国民は今、何を思うのか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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