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【70年談話】安倍首相の歴史戦争が始まった

木村正人在英国際ジャーナリスト

「同じものなら出す必要はない」

安倍晋三首相は20日のBSフジの報道番組で、戦後50年「村山談話」に書き込まれた「植民地支配と侵略」「心からのお詫び」などの文言を戦後70年の「安倍談話」に入れるかどうかについて「同じことを入れるのであれば談話を出す必要はない」との考えを明確に示した。

「村山総理は村山総理として語られ、閣議決定した。小泉総理の時には村山総理の談話を下敷きにしているという感じはある」「(同じものを出すなら)名前だけ書き換えればいいだけの話になる」

「(村山、小泉両談話の)基本的な考え方を継いでいくということはもう申し上げている」「引き継いでいくと言っている以上、これをもう一度書く必要はないだろうと思う」

安倍首相は2日に開かれた有識者懇談会 (21世紀構想懇談会)でも「日本の戦後70年については、かなり陰徳を積んだ70年だったのではないかと考えている」との感想を述べている。

「日本が歩んできた70年の道のりをもう一度確認しあって、そのことに静かな誇りを持ちながら、さらに今後の道のりについてやるべきことをやっていこうという気持ちを持つことが、これまでやってきたことを継続していく上においても大きな力となると思う次第である」

過去に対する「謝罪」はこれまで十分に行っており、未来志向の談話を出したいという安倍首相自身の考えを強くにじませたものだ。

省かれる「植民地支配と侵略」「お詫び」

安倍首相は今月22日、インドネシアで行われるアジア・アフリカ会議(バンドン会議)で記念演説を行う。

バンドン会議50周年の2005年には小泉純一郎首相が「植民支配と侵略で多くの国、特にアジアの国々に多大な損害と苦痛を負わせた」「痛切な反省と心からの謝罪の心を常に胸に刻む」と述べ、戦後60年「小泉談話」にそのまま受け継がれた。

安倍首相は、米上下両院合同会議でも日本の首相として初めて演説する予定だ。祖父の岸信介首相(1958年)、池田勇人首相(61年)は米下院で短いあいさつをしたことがある。

安倍首相は米ワシントン・ポストとのインタビューで訪米の狙いについて、

(1)日米同盟の強化

(2)環太平洋経済連携協定(TPP)など経済関係の拡充

(3)米国の対日認識の深化

の3点を強調している。

NHKの報道によると、バンドン会議演説には「過去の大戦について反省する」という表現が使われ、「植民地支配と侵略」「お詫び」は入らないという。この流れは米上下両院合同会議での演説、70年談話に受け継がれる可能性が強い。

皇室の思い

時の政権と違って日本の歴史を体現する天皇陛下は年初に「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが今、極めて大切なことだと思っています」とご感想を述べられた。

今月のパラオご訪問にあたって「ペリリュー島の戦いにおいて日本軍は約1万人、米軍は約1700人の戦死者を出しています。このような悲しい歴史があったことを私どもは決して忘れてはならないと思います」と述べられている。

皇太子殿下も2月の記者会見で戦後70年について質問され、次のように答えられている。

「戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう過去の歴史に対する認識を深め、平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います」

「戦争の記憶が薄れようとしている今日、謙虚に過去を振り返るとともに、戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に、悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切であると考えています」

「謙虚」という言葉を用いられた皇太子殿下と、「かなり陰徳を積んだ70年」と言う安倍首相とでは、かなり歴史認識が異なっているようだ。

国民世論の7割以上、村山談話は「妥当」

朝日新聞の世論調査では、「お詫び」を表明した村山談話と小泉談話は「妥当だった」と考える人が74%にのぼったという。「日本の歴史教育は、この戦争について否定的な見方が多く、自虐的だ」という意見に「その通りだ」と答えた人は35%、「そうは思わない」は47%。

共同通信社の世論調査でも、54.6%が「植民地支配と侵略」への「反省とお詫び」を安倍談話に盛り込むべきだと答えている。

安倍首相と周辺の真正保守派、安倍支持層以外は、村山談話や小泉談話に使われた文言を「妥当」と考えていることがうかがえる。

中国が村山談話にこだわる理由

中国の李克強首相は14日、訪中した河野洋平元衆議院議長と会談し、「(旧日本軍慰安婦問題に関する)河野談話は村山談話とともに、日本政府が正しく歴史を認識する基本的な原則的精神だ」と釘を刺した。

日中間には4つの重要な基本文書がある。

(1)1972年の国交正常化の日中共同声明

(2)78年の日中平和友好条約

(3)日中関係を「最も重要な2国間関係の一つ」と位置付けた98年の日中共同宣言

(4)戦略的互恵関係を打ち出した2008年の日中共同声明

1998年の日中共同宣言にこうある。「日本側は72年の日中共同声明及び95年8月15日の内閣総理大臣談話(村山談話)を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し、これに対し深い反省を表明した」

中国側には基本文書に関わる文言を安倍首相が動かすことで、親日派への攻撃が強まり中国の国内情勢が不安定化するのを避けたいという思惑もあるようだ。

警戒強める欧米メディア

英紙ガーディアンは安倍首相の発言についてこう書く。

「(村山談話にある)お詫びを省き、日本の戦争中の行いをごまかしてしまうことで、安倍首相は公式の首脳会談を開こうとしている中国や韓国の世論を燃え上がらせるリスクを負うだろう」

「安倍発言は戦争中の最も醜いエピソードについて目立たないようにしようとしているとの心証を強めるものだ」

英紙フィナンシャル・タイムズは村山富市前首相からインタビューしている。

村山前首相「植民地支配と侵略について日本が深い反省を示したのは謝罪するという以上に歴史を正確に日本人の記憶にとどめるためだった」

「重要なことは私たちが過去に何をし、それが良かったのか、悪かったのかだ」「植民地支配された中国や韓国の人たちだけでなく、日本人も苦しめられた」

米紙ニューヨーク・タイムズの社説は安倍首相の訪米についてこんな注文をつける。

「訪米が成功するかどうかは安倍首相が、開戦決定、中国や韓国での残酷な支配、残虐行為、数千もの女性を慰安婦として働かせるなど、日本の戦争の歴史に向き合うか否か、どれほど真摯に直視するかにかかっている」

安倍首相の観衆は米国

安倍首相にとって観衆は中国でも韓国でもなく同盟国である米国なのだ。日米同盟の一層の強化と緊密化を進める見返りに日本の首相として初の米上下両院合同会議演説というレガシー(政治的遺産)を手に入れた。

しかし実際は安倍政権が誕生する前の民主党政権から日米同盟の強化と緊密化は既定路線になっていた。奇跡的な経済成長を遂げた中国が軍事的に台頭し、南シナ海や東シナ海で米国の同盟国を揺さぶったことで米中対立が深まったからだ。

安倍首相には歴史問題で少しぐらい我を通しても米国の機嫌を損ねることはないという読みがある。しかし歴史の事実と戦争責任を直視しようとしない安倍首相への不信感は欧米の知日派の間で払拭できなくなっている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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