Yahoo!ニュース

落日の英国独立党(UKIP) ファラージ党首は落選危機!?【2015年英総選挙(10)】

木村正人在英国際ジャーナリスト

[ケント州マーゲイト、ラムズゲイト発]欧州連合(EU)離脱と移民規制を掲げる英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ党首が立候補している英イングランド南東部ケント州のサウス・サネット選挙区を2日間にわたって歩いてみた。

サウス・サネット選挙区のマーゲイト。かつてリゾート地としてにぎわった(筆者撮影)
サウス・サネット選挙区のマーゲイト。かつてリゾート地としてにぎわった(筆者撮影)

右の分裂

「不安と怖れをあおるだけのシングルイシュー政党」「人種差別主義者の集まり」という批判を受け、UKIPは失速した。元UKIP党首代行だった保守党候補、地方議員出身の労働党候補がデッドヒートを繰り広げる。

まず、前回2010年の総選挙、昨年の欧州議会選、直近の世論調査の結果からサウス・サネット選挙区の動向を見ておこう。

筆者作成
筆者作成

UKIPが英国全体で27.5%を得た昨年欧州議会選のデータだけは、サウス(南)とノース(北)を合わせたサネット行政区全体の数字だ。欧州議会選はムードに左右される選挙とは言うものの、UKIPの得票率はサネット行政区で実に46%に達していた。

サウス・サネット選挙区に絞って行われた2月の世論調査でもUKIPのファラージ候補の支持率は38%。2位・労働党のウィル・スコビー候補(28%)を10ポイントも引き離していた。

それが3月、UKIPが極秘に行った世論調査では保守党のクレイグ・マッキンリー候補が31%と、30%のUKIPファラージ候補を逆転、労働党のスコビー候補が29%で3位につけた。

UKIP潰しに走る保守党

イースター(復活祭)・ホリデーが明けた4月7日、保守党のマッキンリー候補は運動員6人と選挙区内のブロードステアーズを戸別訪問していた。

UKIPから鞍替えした保守党のマッキンリー候補(筆者撮影)
UKIPから鞍替えした保守党のマッキンリー候補(筆者撮影)

コントローラーが支持政党が記入された名簿を元に候補者と運動員に訪問先を指示していく。支持政党が保守党なら「C」と書き込まれている。「情報は戸別訪問のたびにアップデートしている」とコントローラーは言う。

前日の6日、同じ地区をUKIPのファラージ候補が戸別訪問していた。保守党・マッキンリー候補の戸別訪問は、ファラージ候補に傾いたかもしれない有権者の気持ちをひっくり返すのが狙いだ。

「昨日はチャイムが鳴って玄関を開けるとファラージ候補が立っていたので驚いた。私は昨年5月に閉鎖されたケント国際空港マンストンを再開してほしいと訴えた。保守党支持者だけど、ファラージ候補には『UKIPに投票する可能性はあるわ』と話しておいた」

そう言って家庭保育士のジョー・レビットさん(45)はファラージ候補と一緒に撮影してアップしたフェイスブックの写真を筆者に見せてくれた。レビットさんはウサギのきぐるみを着て、ケント国際空港マンストンの再開キャンペーンに参加している。

ファラージUKIP党首とレビットさん(レビットさん提供)
ファラージUKIP党首とレビットさん(レビットさん提供)

保守党のマッキンリー候補はUKIP創設に参加し、同党の党首代行まで務めた大物だが、05年に保守党に鞍替えし、地方議員に選出されている。UKIP潰しのため今回、送り込まれた「刺客」である。

前回10年の総選挙。サウス・サネット選挙区で保守党の得票率は48%。UKIPに流れる票を取り戻せば保守党は確実に勝てる。しかもファラージ候補は落選すればUKIPの党首を辞任すると公言している。

UKIPはファラージ党首の人気にあやかって支持率を上げてきただけに、ファラージ退場はUKIPの退潮に直結する。

「失業」と「移民」結びつけるUKIP

保守党のマッキンリー候補は「この選挙区の移民の割合は8%で、英国の中でもそれほど高くない。しかし、選挙区の老夫婦宅を訪問すると、『移民が増えて心配』という反応が返ってくる。そうした漠然とした不安心理にUKIPはつけ込んでいる」と指摘する。

マッキンリー候補はUKIPを創設した時から、EUの統合と深化に反対している。それは保守党に鞍替えした今でも変わらないという。

「EUと再交渉してEU改革に取り組んだ後、2017年末までに国民投票を実施するというのが保守党の方針だ」「総選挙は誰が政権を担うのかを決める選挙だ。UKIPに投票しても何も変わらない」とマッキンリー候補は語気を強めた。

しかし保守党の支持者はマッキンリー候補が当選した暁に再びUKIPに鞍替えするのではないかと気が気ではない。そうした有権者の疑心暗鬼が3月の世論調査に現れている。

サウス・サネット選挙区のマーゲイトは19世紀のビクトリア時代に開発された英国屈指の海岸リゾート地だった。

しかし、スペインなど欧州のリゾート地への格安航空機が普及し、閑古鳥が泣くようになった。実際、イースター・ホリデーというのに海岸に家族連れの姿はほとんどなかった。

サウス・サネット選挙区のUKIP選挙事務所(筆者撮影)
サウス・サネット選挙区のUKIP選挙事務所(筆者撮影)

ビクトリア時代とそれに続くエドワード時代の建築物が並ぶマーゲイトの街をUKIPサポーターのダンカン・スミスソン氏(42)に案内してもらった。

「私は2年前まで保守党の支持者だった。でも失望してUKIPに鞍替えした。保守党はマーゲイトのために何もしてくれなかった。私たちはこの街に仕事と投資を必要としている」

サネット行政区の失業率(失業手当申請件数で見たデータのため、通常の失業率より低くなっている)は3.6%。ケント州の1.7%、英国全体の2%に比べ高くなっている。18~24歳の失業率は6.8%で、英国全体の3.2%よりずいぶん高い。

週当たりの賃金はサネット行政区で383.3ポンド。英国全体の507.6ポンドを大きく下回っている。10代の妊娠が多く、16~18歳のニート(就学、就労、職業訓練のいずれも行っていない)率も高い。

反UKIPキャンペーン

「最近は反UKIPのキャンペーンが強まっている」と言ってスミスソン氏は街角に貼られた反UKIPステッカーを1枚1枚はがしていく。選挙事務所の窓ガラスが割られるなどの妨害も起きている。

反UKIPのステッカー(筆者撮影)
反UKIPのステッカー(筆者撮影)

UKIPの選挙事務所には典型的なサポーターである白人の年金生活者が手伝いに来ていた。しかし、大半は嫌がらせを恐れて写真撮影を拒否した。

マーゲイトからラムズゲイトまで送ってくれたタクシー運転手ピーター・クラクル氏(44)はウガンダ出身。「ファラージやUKIPの言っていることはヒトラーと同じだ」と言う。

「働き手であり、出生率も高い移民は英国にとってプラスになっている。しかしこの地域の人々はそれほど教育レベルが高くないので、そうしたことが理解できない。だからUKIPのターゲット・エリアになっている」とクラクル氏は指摘する。

サネット行政区議会の多数派から選ばれたリーダー、アイリス・ジョンストン女史はアイルランド出身だ。「今日はサネット行政区のリーダーとしてではなく、労働党の1議員として話す」と断った上で筆者のインタビューに応じてくれた。

サネット行政区のリーダー、ジョンストン女史(筆者撮影)
サネット行政区のリーダー、ジョンストン女史(筆者撮影)

ジョンストン女史は18歳のとき、11ポンドの渡航費でアイルランドからロンドンに渡ってきて職業安定所に駆け込んだ。大手銀行の本社に勤務するなど、それ以来、働き詰めで、失業手当など福祉手当はもらったことがない。

「世界金融危機の後、失業者が増え、UKIPは生活不安を移民になすりつけ、自分たちの党勢拡大に利用した。UKIPのファラージ党首はケント州に住んでいるが、このサネット行政区のために何をしたと言うの」

「ケント州のような所で雇用を新たに生み出していくのはそれほど簡単なことじゃない。EU基金を引っ張って来たり、教育を充実させるなど地道な努力が必要だ。EUはサネット行政区にとってチャンスなのよ」

夢よ、もう一度

かつてリゾート客でにぎわったマーゲイトでは客足を取り戻すため、「ドリームランド」という遊園地の再開発計画が急ピッチで進められている。

1880年に娯楽用乗り物が置かれ、1920年には木製ローラーコースターを設置した「ドリームランド」としてオープンした。以来、若者や家族連れをひきつけたが、格安航空機ブームで客足が遠退き、2005年に閉鎖された。

しかし、ロンドンに比べ不動産価格が格段に安く、ロンドンから通勤電車で1時間10分という近さもあって、マーゲイトは再び若者と投資家の注目を集めている。

次第に若いアーティストたちが街に住み始めた。「ドリームランド」は、木製ローラーコースターなどの娯楽用乗り物がすべて当時のまま再現され、6月19日、レトロ遊園地としてリニューアル・オープンする。

リニューアル中の木製ローラーコースター(筆者撮影)
リニューアル中の木製ローラーコースター(筆者撮影)

労働党のジョンストン女史も「ドリームランド」計画を応援している。UKIPのファラージ候補が勝つか、それとも保守党の「刺客」か、漁夫の利を狙う労働党か。サウス・サネット選挙区は英国、いや欧州の未来を占う試金石になる。

画像

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事