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2大政党制よ、さようなら【2015年英総選挙(9)】

木村正人在英国際ジャーナリスト

これではプーチン露大統領に対抗できない

5月の英総選挙を控え、4月2日、7党首によるTV討論が行われた。ロシアのプーチン大統領に何とか対抗できそうなのは保守党のキャメロン首相ぐらい、という印象だった。

ウクライナ危機はドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領にお任せ。中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)には米国の反対を押し切って、欧州ではいの一番に参加を表明。第二次大戦以来の「米英特別関係」も、もはや昔という有り様だ。

ブッシュ米大統領とブレア英首相(いずれも当時)のアフガニスタン戦争とイラク戦争。そして世界金融危機で英国はすっかりくたびれてしまった。キャメロン政権になってリビアに軍事介入したものの、アサド政権の化学兵器使用をめぐるシリア介入は英下院が否決。

米国との「特別関係」は今やお付き合い程度と言った方が適切だ。大英帝国が崩壊した後も「パンチ・アバブ・ユア・ウエイト(実力以上の振る舞いをすること)」を実践し、国際舞台で国力以上の影響力を発揮してきた英国だが、21世紀はロンドンという「金融都市国家」に活路を見出すしかない。

勢いを見せるスコットランド民族党

まず、7党首によるTV討論を振り返ってみよう。筆者の印象は英紙タイムズ/YouGovの緊急世論調査の結果に近かった。

昨年秋のスコットランド独立の住民投票が否決されたものの、その後、党勢を急伸させたスコットランド地方の地域政党・スコットランド民族党(SNP)のスタージョン党首は歯切れが良かった。

SNPが唱える社会民主主義ユートピアは労働党のお株を完全に奪っていた。英紙タイムズ/YouGovの緊急世論調査は次の通り。

(1)SNP・スタージョン党首28%

(2)UKIP・ファラージ党首20%

(3)保守党・キャメロン党首18%

(4)労働党・ミリバンド党首15%

(5)自由民主党・クレッグ党首10%

英紙ガーディアン/ICMの緊急世論調査では最大野党・労働党のミリバンド党首がキャメロン首相を1ポイントだけリードしている。

(1)労働党・ミリバンド党首25%

(2)保守党・キャメロン首相24%

(3)UKIP・ファラージ党首19%

(4)SNP・スタージョン党首17%

(5)自由民主党・クレッグ党首9%

(6)緑の党・ベネット党首3%

団子レースはキャメロン首相が若干リード

他の2つの緊急世論調査を加えてグラフを作ってみた。平均(濃紺の棒グラフ)してみると、キャメロン首相が22%で労働党のミリバンド党首、英国独立党(UKIP)のファラージ党首をそれぞれ0.5ポイント、1ポイントずつリードしている。

筆者作成
筆者作成

7党首TV討論は保守党、労働党、UKIP、SNPの団子レースで、キャメロン首相が何とか先頭を走っているという状況だ。自由民主党はクレッグ党首が落選の憂き目にあう恐れが報じられている。

先に行われたキャメロン首相と労働党のミリバンド党首の2大政党党首のTV討論(下のグラフ)ではキャメロン首相が優勢だった。

同

米大統領選まねた形だけのTV討論

英国の総選挙で米国の大統領選を真似たTV討論が行われたのは前回2010年の総選挙が初めてだ。ライブのTV討論では何が起きるか予測できず、政権与党が優勢の場合は野党に逆転のチャンスを与えることを恐れて反対してきたからだ。

前回は劣勢だった労働党のブラウン首相が起死回生の策として自由民主党のクレッグ党首を加えた3党党首TV討論に応じた。今回は労働党のミリバンド党首にチャンスを与えたくないキャメロン首相が直接対決を避ける形で7党党首のTV討論が行われた。

【TV討論の日程】

3月26日 キャメロン首相と労働党のミリバンド党首に別々に激辛プレゼンテーターと有権者が質問

4月2日 7党党首のTV討論

4月16日 5野党党首によるTV討論

4月30日 キャメロン首相、ミリバンド党首、自由民主党のクレッグ副首相に別々に質問

2大政党制は終わった

10年の総選挙で保守党と労働党に自由民主党を加えた「2・5党」制がしばらく続くと筆者は予想したが、今回の7党首TV討論を見て、米国や日本のお手本になってきた英国伝統の2大政党制は完全に終わったことを実感した。

第二次大戦後の英総選挙の保守党、労働党、「その他」の得票率をグラフにしてみた。

同

1951年には2大政党で計96.8%の得票を集め、「その他」はわずか3.2%。55年も2大政党で計96%、「その他」は4%。しかし60年代に入ると「その他」が次第に増えていることがわかる。

70年代に「揺りかごから墓場まで」と呼ばれた福祉政策、国営産業政策が行き詰まると「その他」が急上昇する。有権者は第三の選択肢を求め始めたのだ。

ブレア登場で自治権拡大

97年にはブレア労働党政権の登場でスコットランド、北アイルランド、ウェールズの自治権が拡大。

総選挙は1選挙区から1人の当選者しか出ない単純小選挙区だが、スコットランド議会、ウェールズ議会、ロンドン市議会といった議員選挙で小選挙区比例代表併用制が導入され、有権者は地域政党や多党制にすっかり馴染んだようだ。

今回、総選挙の世論調査でその傾向はさらに顕著になっている。保守党と労働党の政党支持率の合計は60~70%の間を推移している。

英国は中央集権と2大政党制という「民主独裁」システムで帝国主義時代、七つの海を制覇した。しかし、英国の国力は著しく衰え、もはやそのシステムを維持する必要はなくなった。地方分権と多党制が英国の新しい政治システムなのかもしれない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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