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原油安と政情不安でデフォルト懸念増す中国の開発投資 インフラ銀は大丈夫?

木村正人在英国際ジャーナリスト

インフラ銀参加31カ国に

英国に続いて、ドイツとフランス、イタリアの3カ国が17日、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に創設メンバーとして参加する意向を明らかにした。これでAIIBに参加を表明した国は計31カ国になった。

ドイツのショイブレ財務相は中国の馬凱・副首相との共同声明で「われわれはAIIBが国際的に高く評価されるよう貢献したい」と述べ、馬副首相はドイツの参加表明を歓迎した。

一方、アーネスト米大統領報道官は同日の記者会見で「米国はAIIBに参加する具体的な計画はない」「世界銀行や他の開発機関で確立されている高い基準を導入すべきだ」と警戒感を露わにした。

審査や融資条件の基準をむやみに下げて日米主導のアジア開発銀行(ADB)や世銀と無用な縄張り争いを繰り広げる愚は避けて、既存開発機関の機能を補完する形で運営されるべきだと牽制した。

米国が交渉を進める環太平洋経済連携協定(TPP)、環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)に対抗する中国の切り崩し工作が奏功したかたちだ。

アジアのインフラ整備には今後10年間で8兆ドルが必要とされ、世銀やADBだけで賄うのは不可能だ。AIIBを排除するより、巻き込んで独裁政権や環境破壊につながる開発援助への投資を規制する方が建設的だというのが欧州の考え方だ。

中国の対外直接投資、10年間で35倍

中国の対外直接投資は2012年に878億ドルと10年前の35倍に急増している。2012年度中国対外直接投資統計公報で同年末時点の投資残高をみると、香港への投資が半分以上を占める。

2012年度中国対外直接投資統計公報より筆者作成
2012年度中国対外直接投資統計公報より筆者作成

中国国内では外貨の取扱規制が厳しいため、香港の金融市場に一時的に資金をプールしておく方がスピーディに対応できる。だから香港は投資マネーの中継地点でしかない。

そこで中国マネーが実際にどこに流れたかをつかむため、米シンクタンクのヘリテージ財団は中国から資金を調達した企業のデータをまとめている。

ヘリテージ財団のHPより
ヘリテージ財団のHPより

ヘリテージ財団のデータをもとに国・地域別に中国からの投資と契約状況をまとめると、2005~13年の累計でアジア29%(西アジア15%、東アジア14%)、アフリカ17%、米国と北米が計14%と続き、欧州は12%、南米が11%。

日本は7件で計16億4千万ドルで、全体1145件8703億9千万ドルの0.18%しかない。上のマップでも日本の円グラフはとても小さい。グローバル化が進んだ中国にとって日本はそれほど重要な国ではなくなった。

中国が尖閣問題にこだわるのは、中国共産党の正統性を主張するための「歴史カード」という以上に、日米同盟とアジア太平洋における米国の存在感を揺さぶる「外交・安全保障カード」という意味合いが大きい。

ヘリテージ財団のデータをもとに筆者作成
ヘリテージ財団のデータをもとに筆者作成

ヘリテージ財団のデータを分野別にみると、エネルギー46%、輸送手段15%、鉱物資源が14%に続いて、不動産10%も目立つ。

同

中国の投資会社、復星国際(上海市)は7億2500万ドルで米ニューヨークの高層ビル「ワン・チェース・マンハッタン・プラザ」の買収を決定、中国平安保険集団がロンドンの金融街シティーの「ロイズビル」を2億6千万ポンドで買収した。

海外での不動産投資が増えているのは、北京の不動産物件に比べ欧米の不動産が割安になっていることや、不動産価格の上昇、賃貸料金を合わせて高利回りを期待できることがある。

中国に餌付けされた欧州

下は、欧州のシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)がまとめた欧州における中国の対外直接投資マップだ。

ECFRのHPより
ECFRのHPより

もはや中国の投資マネーがなければ欧州経済は立ち行かないと言っても決して大げさではない。

下のグラフを見れば、英国がオバマ米政権の反対を押し切って、欧州の中で真っ先にAIIBへの参加を表明した理由がわかる。

同

中国は米国市場から締め出されたときの保険として欧州に接近。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世と首脳が会談したことなどを理由に英・独・仏主要3カ国に個別に揺さぶりをかける一方で、ギリシャなど周辺国を手懐けてきた。

欧州連合(EU)相手ではなく各個撃破が中国の対欧州外交方針だったが、米国がTPPやTTIPの交渉を進めたため、二国間交渉にこだわらず、EUとの交渉にも応じるようになった。中国にとって最悪シナリオは米・中・欧の三極の中で中国だけが孤立することだ。

膨らむ中国の死角

中国は発展途上国を取り込んで先進国との駆け引きを有利に進めるため、政情が不安定な中南米やアジアの国々、ロシア、ウクライナにバラマキ融資・投資を行ってきた。

世界経済の減速に伴う原油や資源価格の急落、政権崩壊で融資や投資が回収できないリスクが膨らんでいる。こうした不安を取り除くため、中国はAIIB、新興国BRICSの5カ国による国際開発金融機関・新開発銀行を立ち上げたという見方もある。

英紙フィナンシャル・タイムズがまとめたデフォルト(債務不履行)の懸念がくすぶる中国の融資や投資は以下の通りだ。

ベネズエラ 563億ドル

エクアドル 53億ドル

ジンバブエ 20億ドル

アルゼンチン 190億ドル

ロシア 300億ドル

ウクライナ 180億ドル

スリランカ 15億ドル

ミャンマー 200億ドル

産油国は原油安で返済や配当に充てる資金が用意できない恐れが膨らんでいる。中国の習近平国家主席は「戦略的パートナーシップ発展計画」を進めるとしてウクライナのヤヌコビッチ元大統領との関係強化にのめり込み過ぎた。

インド洋で「真珠の首飾り」のように港湾を整備する計画を進める中国の習主席は国家主席として28年ぶりにスリランカを訪問。ラジャパクサ前大統領は中国の「海のシルクロード」計画の支持を鮮明にした。

しかし、シリセナ新大統領は今年1月の大統領選でマニフェスト(政権公約)に「公衆の面前で白昼堂々と強奪が行われている。この傾向がさらに6年続けば祖国は植民地と化し、私たちは奴隷になるだろう」と中国への警戒感を露わにした。

シリセナ政権は、15億ドルの港湾都市プロジェクトを見直す考えを中国政府に伝えた。

欧州勢が一斉になびいてしまったAIIBのカバナンス(運営)とコンプライアンス(規範や倫理を守ること)の透明性や公正性は、果たして世銀やADBと同じように確保できると断言できるのだろうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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