英国の首相はなぜ解散権を放棄したのか【2015年英総選挙(1)】
投票日は5月7日
英国の総選挙が近づいてきた。3月30日に議会が解散され、5月7日に650議席を争って総選挙が行われる。今回の総選挙で、英国伝統の二大政党制は終止符を打つ可能性が極めて強い。
英国の二大政党制をお手本に日本でも衆院選に小選挙区が導入された経緯があるだけに、英国の変化が日本の選挙制度論議を再燃させるかもしれない。
昨年、独立の是非を問う住民投票が行なわれたスコットランド地方ではスコットランド民族党(SNP)がさらに支持を拡大し、最大野党・労働党は苦戦を強いられている。
選挙予想では定評がある英大手世論調査会社YouGovのピーター・ケルナー会長は2月16日時点で5月の総選挙を次のように占っている。
保守党 293議席
労働党 270議席
英国独立党(UKIP) 5議席
自由民主党 30議席
緑の党 1議席
SNP 30議席
その他 21議席
過半数は326議席だから、現在、連立政権を組む保守党と自由民主党の予想議席を足しても323議席、過半数には3議席届かない。
再びハング・パーラメントに
どの政党も単独過半数を獲得できない「ハング・パーラメント(宙ぶらりんの議会)」どころか、3党が連立を組まないと政権が樹立できない混迷の時代に英国政治は入りつつある。
保守党が政権を維持すれば、2017年末までに欧州連合(EU)に残留するか離脱するかを問う国民投票を行う予定だ。今回の英国の総選挙は欧州だけでなく、世界に影響を与える可能性がある。
先のエントリーでも紹介したように、今年は国王の専制を制限するマグナ・カルタ(大憲章)が英国で発布されて800周年に当たる記念すべき年だ。
国王と諸侯の対立が政権与党と野党という二大政党制の原点になっただけに、今回の総選挙で二大政党制が終焉するなら、英国政治の大きな転換点として歴史に刻まれるのは間違いない。
議会の解散と総選挙の日程は以下の通りだ。
3月30日 議会解散
4月9日 立候補者登録締め切り
4月20日 有権者登録受け付け締め切り
4月21日 不在者投票申請締め切り
4月28日 代理投票申請締め切り
5月7日 投票日(午前7時から午後10時まで)
5月8日 開票継続
議会招集
折に触れ、英国の議会政治と今回の総選挙の争点について紹介していこうと思う。第1回は議会の解散についてである。
首相が解散権を放棄
英国では2011年議会期固定法で総選挙は5年ごとに5月の第一木曜日に行うことが定められた。今回の場合は5月7日が木曜日である。
それ以外に議会が早期解散されるのは
(1)内閣不信任案が可決された後、新しい内閣の信任決議案が可決されずに14日が経過した場合
(2)下院の議員定数の3分の2(434議席)以上の賛成で早期総選挙の動議が可決された場合
――に限られている。
議会期固定法は先の総選挙で保守党と自由民主党がどちらか一方の都合で連立を解消して議会が解散することにならないよう互いを縛り合うことで合意したものだ。
世界金融危機で金融機関を救済したり、景気を刺激したりするために財政を出動。政府は膨大な財政赤字を抱えたため、財政再建が当時、大きな政治課題になっていたことが背景にある。
政府は歳出削減と増税という不人気な政策をとらざるを得ない。このため、保守党も自由民主党も党利党略に走ることなく、任期の5年間をきっちり財政再建と景気回復に取り組むと有権者に誓ったのだ。
野党の労働党やSNPの議員が2010年、5年は「長すぎる」として議会期を4年に縮めるよう修正案を提出したが、242票対315票で否決されている。
解散権の制約
英国の憲法慣習では2011年に議会期固定法が制定されるまで、君主は首相から解散を助言されたときは議会を解散しなければならないルールが確立され、議会の解散権は事実上、首相の手に委ねられていた。
しかし、首相が党利党略のため、また自分勝手な都合で国民の意思に反して解散に踏み切る場合は、憲政の常道に反するとして解散権は首相から剥奪され、君主の手に戻されると考えられていた。
首相に解散権が広く認められている日本とは異なり、マグナ・カルタ以来、権力を分散させることで立憲君主制を維持してきた英国では「権力は抑制して使う」という政治文化が定着している。
権力の過剰な行使は激しい批判を招き、やがて自らの手を縛ることを英国の政治家は歴史から学んでいるからだ。
一方、日本では安倍晋三首相が政権の長期化を図るため、「消費税再増税を延期する。そのために民意を問いたい」という理屈で早期解散に踏み切った。
選挙準備がまったくできていなかった野党は不戦敗の体たらくで、自民党と公明党の連立政権は衆院で3分の2を超える議席を維持した。政権の寿命をまんまと2年間延長してみせた。
首相の解散権は自分の都合に合わせて総選挙を戦えるため政権の大きなアドバンテージになっている。また、与党内の反乱を防ぐ役割も果たしている。
解散権がなくなると政治が退屈になる?
首相が解散権を放棄した英国が良いのか、それとも首相が伝家の宝刀としていつでも解散に打って出られる日本が良いのかは、意見の分かれるところだ。
英国では、5年の議会期固定制を導入したことで、政治が弾力性を失い、倦怠期に入った保守党と自由民主党の連立を解消できなかったという不満の声が保守党内に渦巻く。
1年目は大胆さ、2年目と3年目は疾風のような行動、しかし、4年目に入ると減速、5年目は選挙準備というサイクルが繰り返され、政治に緊張感がなくなるという指摘もある。
それでは次の政権が議会期固定法を破棄する可能性はあるのだろうか。
しかし、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のロバート・ヘイゼル教授はこう語る。「2つの理由からないと考えています」
「首相が解散権を持っていると総選挙の際に大きなアドバンテージになります。それを新しい首相がもう一度返してほしいと主張するのは政治的に難しい」
「議会期固定法で首相の助言で議会を解散するという国王大権をなくしたわけですから、それをもう一度復活させるのは技術的に非常に難しいからです」
二大政党の支持率が低下し、ハング・パーラメントが避けられなくなってきた英国は今後しばらく連立政権が常態化する見通しだ。
キャメロン首相は連立政権を安定させるため解散権を放棄した。
次の政権下でも議会期固定法が維持された場合、日本で首相の解散権に制約を加える議論が起きてもおかしくない。なぜなら、日本の議院内閣制は英国を範としてきたからだ。
それとも向かうところ敵なしの安倍政権に恐れをなし、この問題を取り上げるメディアも学者も議員もいないのだろうか。
(おわり)