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空爆で奪い返したイラクの支配地域はわずか1% 弱すぎる反「イスラム国」勢力

木村正人在英国際ジャーナリスト

米軍を中心とした有志連合の空爆は昨年8月上旬に始まって以来、2千回を超えた。しかし、その効果は疑わしい。

ロンドンにある有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のジョン・チップマン所長は「ミリタリー・バランス2015」の記者会見でこう指摘した。

「米国防総省は1月後半、イラクでイスラム過激派組織『イスラム国』に対して奪い返した支配地域はわずか1%増に過ぎなかったことを認識せねばならなかった」

イスラム国の求心力はその戦闘能力とハイブリットな強さにある。これに対して、米国からの武器提供を受けるペシマーガ(クルド人ゲリラ組織のメンバー)、イラク軍、シリア反政府勢力・自由シリア軍はあまり強くない。

空爆でイスラム国の勢いを削ぎ、侵攻を止めるという戦術的な勝利を収めることはできても、イラク軍など地上部隊は支配地域を拡大できない。まさしく、もぐら叩きのような状態が続いている。

イスラム国を抑えこむのではなく、打ち負かすことができるのか。

チップマン所長は「イラク第2の都市モスル奪還が、(イラク軍など)代理部隊への支援を拡大しようというオバマ大統領の戦略が成功するか否かの重大な試金石になる」という。

イスラム国は反乱軍であり、軽歩兵部隊であり、テロリスト集団でもある。資金集めに長じ、ソーシャルメディアを使って外国人戦士をリクルートするハイブリットなイスラム過激派組織だ。

有志連合の空爆や情報収集活動、監視、偵察に対して最初は弱さをさらけ出したが、上手く適応し始めている。

チップマン所長は「シリア反体制派やイラク治安部隊、幅広い政府機関への長期的訓練や支援を行うことが求められるだろう。イラクのイスラム教スンニ派の信頼を取り戻すという政治努力の継続も同時に行う必要がある」という。

イスラム国に対して、戦略的な勝利を収めるためには軍事作戦だけでは十分とは言えない。イスラム国に参加した外国人戦士は2万人に達し、欧州各国の情報機関はこうした外国人戦士がシリアやイラクの最前線から戻ってくるのを警戒している。

筆者は「イスラム国は敵を作りすぎたのではないか。と同時に世界各地にフランチャイズ組織ができている。イスラム国の脅威は減るのか、増えるのか」と質問してみた。

IISS中東担当のトビー・ドッジ上級研究員は「シリアとイラクでイスラム国をゆっくり押し返すことはできても、それを越えてイスラム国のハイブリットなやり方を学ぶフランチャイズ組織が広がっている。欧州へのイスラム国帰還兵問題も膨らんでいる。脅威は重大だ」と強調した。

ソーシャルメディアを通じたイスラム国の情報戦に自国の若いイスラム系移民が吸い寄せられるのを防ぎ止めなければならない。イスラム国帰還兵の過激思想を解体する取り組みも必要だ。過激化のプロセスは人によっても地域によっても異なる。

欧州を覆う長期停滞も、それぞれの国で若いイスラム系移民の疎外感を増幅させている。空爆により罪のないムスリムの子供や女性が巻き添え死するなどの不条理もテロを正当化する理由に使われている。有志連合の空爆だけではテロはなくならない。西洋とイスラムを巻き込んだ取り組みが求められる。

「紛争解決のため、テロリストと対話すべきでしょうか?」という筆者の簡易アンケートに1200件を超える回答をいただいた。

筆者作成
筆者作成

「どんな条件であれ、対話はあり得ない」は475件(39%)

「相手に対話の準備があれば、コミュニケーションのラインぐらいは設けるべき」は453件(38%)

「最終的に対話は避けて通れない」は275件(23%)

ご協力、どうもありがとうございました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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