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中谷元・防衛相ガンバレ 国際社会に通じる態度と情報発信を

木村正人在英国際ジャーナリスト

政治資金問題を理由に再任を固辞した江渡聡徳・防衛・安保法制相の後任に中谷元・元防衛庁長官(57)が就任した。中谷氏は2001~02年に防衛庁長官として米中枢同時テロ後の対米支援に尽力し、それ以来の入閣となる。

第3次安倍内閣で防衛相以外は全員留任した。中谷氏は防大卒業後、陸上自衛隊に入り、退官後、ハト派の加藤紘一幹事長や宮沢喜一首相の秘書を経て政界入り。小泉内閣の防衛庁長官として初入閣し、初の自衛官出身者として話題になった。

産経新聞政治部で憲法問題を担当していた筆者も随分、取材でお世話になったが、本当に実直な人だ。

石破茂・地方創生相と肩を並べる安全保障の専門家。憲法問題にも詳しい。集団的自衛権の限定的行使容認が焦点となる安保法制という火中の栗を拾う役割だが、英語で言う「in the right place at the right time」の人事だ。天の配剤である。

中谷防衛相は24日の就任記者会見で、安倍晋三首相から指示された7項目を明らかにしている。

(1)国家安全保障会議(NSC)の下、安全保障政策を一層戦略的かつ体系的なものにする。

(2)防衛大綱・中期防に基づき、自衛隊の体制を強化する。

(3)日米防衛協力ガイドラインなどの見直しを進める。

(4)日米同盟の絆を強化するとともに、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国・インド・オーストラリアなど諸外国との防衛協力・交流を推進する。

(5)普天間飛行場移設を含む在日米軍再編を進める中で、抑止力の維持を図るとともに沖縄など地元の負担軽減を実現する。

(6)閣議決定された基本方針に基づき、安全保障法制の整備を進める。(筆者注、集団的自衛権の限定的行使容認が核となる)

(7)その際、必要性や内容について、国民に対し丁寧かつ分かりやすい説明を尽くす。

中谷防衛相の記者会見の内容をポイントごとにまとめてみた。

【安保法制】

次期通常国会で成立できるよう全力を尽くす。他国とも協力をしながら、切れ目のない対応をしていく。

与党の協議会で(1)領域警備(侵略に至らないグレーゾーン)(2)国際協力(3)限定的な集団的安全保障の行使――の3つに分けて議論した。一括的な法案提出を目指す。

集団的自衛権や法律の見直しというのは日本が戦争をしたり、他国に侵略するというものではない。従来の平和主義はしっかり守る。

【筆者の見方】中国が軍備を拡張し、南シナ海や東シナ海で領土的野心をあからさまにする中、日本が守りを固めることに、「日本を戦争のできる国に変えようとしている」とキャンペーンを張る一部の日本メディアはどうかしている。こうした報道で喜ぶのは中国だけだ。

【日米ガイドライン】

日米間で合意したように来年前半の見直し完了に向けて取り組む。国内法の整備と同時並行になる。必要な説明を行う。

【筆者の見方】最大のポイントは中国の拡張主義、冒険主義をどう封じ込めるかだ。中国のいう「平和的台頭」とは米国との戦争は避けるという意味でしかない。

日米安保に隙をつくれば、中国に一気に押し込まれる。集団的自衛権の限定的行使容認で日米安保を水も漏らさぬ強固なものにする必要がある。安保法制を固めて、日米ガイドラインを改定するのは喫緊の課題だ。

中国の接近阻止・領域拒否(A2/AD)に対抗する米軍のエア・シー・バトル(空海戦闘、ASB)構想を金科玉条のように考えるのは間違っている。そもそもASBはオペレーショナル(作戦)レベルの構想に過ぎない。

中国の海洋進出を抑えるという日米間の利益をどこまで一致させられるのかがポイント。

【中国の海洋進出】

中国の軍事力増強というのは非常に顕著になっている。10年前は日本の半分ぐらいだった中国の国防費が今は2倍、3倍、かなり近代化が進められている。

中国の火器管制レーダーの照射事案、公海上に勝手に東シナ海の防空識別圏(ADIZ)を設けて戦闘機による自衛隊機への異常な接近という危険極まりない不測の事態も繰り返されている。

自衛隊には、わが国の領土・領海・領空を断固守っていく任務がある。わが国周辺の警戒監視、厳正な対領空侵犯措置に関し、不測の事態が起こらないよう日中間でいろいろ話し合いが続けられている。

【筆者の見方】日本の防衛予算がこれまで通り国内総生産(GDP)の1%で十分なのか、財政の持続可能性も含めて議論する必要がある。

【普天間飛行場の辺野古移設】

普天間の危険性を一刻も早く除去したいというのが沖縄県と政府の共通の思い。日本の安全保障を考えると南西方面の防衛体制は非常に大切。プレゼンス、抑止力の問題もある。

一番早い唯一の道は、辺野古への移転。過度に基地が集中する沖縄の基地負担軽減を目に見える形で実現できるよう政府として努力する。

【筆者の見方】日本の防衛関係者は、中国が長期的に手に入れたいと考えているのは与那国、石垣、宮古、西表の4島だとみる。太平洋に自由に出るルートを確保するのが狙いだ。

南西方面の防衛は強化せざるを得ず、今後、沖縄の理解をどのように得ていくかが課題になる。

【自衛隊の国際協力活動】

日本としていかなる対応ができるのか、原則的にこれはしっかり定めておくべきであろうかと思うので、検討している。(筆者注、自衛隊の海外活動を常時可能にする恒久法についての言及)

【シーレーンでの機雷除去】

ホルムズ海峡などシーレーンでの機雷除去も新三要件の中で検討する。国の存立が損なわれ、また、国民の生命・財産・自由が根底から損なわれる場合に、限定的に集団的自衛権を行使することができる。

日本は中東から9割以上も原油を輸入しており、エネルギーの確保は国民の生活、経済にも深刻な打撃を与える。国としての存亡、国民生活が根底から損なわれるという条件に当てはまるかどうか検討。

【筆者の見方】イラン核問題の協議が進む中、イランの海上封鎖を前提にした議論を今する意味がわからない。日本はイランからの原油輸入再開を想定した議論が必要だ。そのためのNSCではないのか。

【憲法改正】

国民的な議論を通じて憲法改正をしたい。各党も意見をまとめてもらって国会や政党間で協議をする。

【佐賀空港へのオスプレイ配備】

オスプレイに搭乗した。極めて安全なヘリコプターでだ、米国でも運用されている。非常に有益・有能な装備だ。

アジア外交、大きな視点、歴史的観点で

中谷防衛相は今年2月、自らのブログで「アジア外交、大きな視点、歴史的観点で」と述べている。

「日本の周辺国との関係が悪化している。人間社会でも、ご近所にはいろいろと気を使い、仲良く、助け合う環境を作るのが基本であるが、国家も、お隣の国には、十分な配慮と話し合いが必要である」

「日本に求められるのは、謙虚で、正直で、威張らない姿勢を維持することである。各国の政治の変化に対して、半島情勢、尖閣列島をめぐる領土問題も、主張はしっかりしながら、相手に対して、歴史的な基本認識の確認は必要である」

「日本も、韓国も、中国も、国内の政治基盤を優先する思惑が、外交関係に反映され、このままでは、反日、排斥の感情がますます高まっている。やはり、忘れてはいけないのは、70年前には、日本が他国の歴史や国土を蹂躙していたということである」

出典:衆議院議員、中谷元ブログ「時事刻々」

まったくその通りだと思う。中谷防衛相が自衛官出身で非常にバランスのとれた考え方をしていることは国際社会へのポジティブなメッセージになる。安保法制の審議を進める上で国際的な理解も得やすくなる。

防衛省と自衛隊の考え方は基本的に中谷防衛相と一致していると筆者は考える。

日本にとって「大事」とは

沖縄・尖閣購入構想という派手なパフォーマンスで中国に上手を与えてしまったことさえ認識していない石原慎太郎元東京都知事を例に挙げるまでもなく、普段、「国益」「国益」と言っている政治家ほど日本の国際的信用を貶めている人たちはいない。

こういう政治家の特徴は同じ考えを持つ集団の中で国際的にはまったく通用しない意見を声高に叫び、喝采を浴びて陶酔する。百害あって一利なしと言う他ない。独りよがりほど気持ちの悪いものはない。

日本は国際社会が頷ける普遍的メッセージを発信していくことが不可欠だ。南シナ海や東シナ海で中国が主張している海洋権益は既存の国際ルールから著しく逸脱していること。

中国が主張する領有権には国際法上、何の根拠もないこと。中国は国際司法裁判所(ICJ)に解決を求めるつもりはまったくなく、サラミソーセージを薄切りするように少しずつ既成事実を積み重ね、過去には軍事力を行使していること。

日本から慰安婦や靖国を争点化してしまうと、南シナ海や東シナ海で進行している事実が国際社会に見えなくなる。これこそ、小泉純一郎首相の靖国参拝以来、中国が進めてきた対日工作なのだ。中国の対日工作は今のところ大成功を収めている。

日本にとって「大事」とは中国の領土的野心を和らげ、現行の国際枠組み内で平和的な成長と繁栄を促すことだ。日米安保がほころびて、中国との軍拡競争に巻き込まれれば、日本は自滅する。本当の愛国者なら、日本の真の国益を考えて行動するときだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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