第一次大戦・奇跡のクリスマス休戦サッカー広告に賛成、反対?
奇跡の休戦
今年は第一次大戦の開戦から100年。1914年のクリスマスに起きた「奇跡の休戦」についてご存知の方も多いだろう。
その年、英軍のアルフレッド・デューガン・チャター少尉(故人)は凍りつく西部戦線の塹壕からクリスマスの12月25日、母親に宛てて手紙を書いた。
手紙にはこう書かれている。
「お母さん、今日、信じられない光景を目にしました。朝の10時ごろ、塹壕からのぞいていると、ドイツ兵が1人両手を振っているではありませんか。まもなくドイツ軍の2人が塹壕から出てきて私たちの方に向かって歩いて来ました」
「撃とうとしましたが、彼らはライフルを持っていません。英軍からも出て行き、彼らと対面しました。2分もすると英軍とドイツ軍の間の最前線は、手を握り合ったり、互いにクリスマスを祝ったりする両軍の兵士や将校で埋まりました」
「この光景は塹壕に戻るよう命令が下されるまで約半時間続きました。 その日は誰も発砲しませんでした。両軍の間に放置されたままになっていた英軍とドイツ軍兵士の遺体を一緒になって埋葬しました」
両軍兵士は煙草やサイン、おみやげを交換したり、記念写真を撮ったりしたという。
「戦争はどれだけ長く続くかわかりません。正月にはもう一度休戦します。ドイツ人が写真を見たいと言うからです」
最前線の親善サッカー
実際にクリスマス休戦では、上司の命令に背き、無人の中間地帯でサッカーの親善試合が行われた。
今月、英軍とドイツ軍のサッカーチームがロンドンのウェンブリー・スタジアムを訪問。100年前に最前線で行われたサッカーの親善試合がロンドン南西部の守備隊駐屯地アルダーショットで再現された。
ベルギーでは記念式典も行われ、欧州サッカー連盟(UEFA)のプラティニ会長や関係各国の代表者が出席、石の記念彫刻も披露された。
英大手スーパー、セインズベリーはクリスマス休戦サッカーをもとにクリスマス広告を制作した。どこからともなく「きよしこの夜」の歌声が聞こえ、前出のチャター少尉が記したものと同じ光景が繰り広げられる。この広告はユーチューブで1600万回近くも視聴された。
英軍の兵士に家族から手紙とチョコレートが送られてくる場面も登場。チョコレートをセインズベリーで販売し、これまでに利益の50万ポンド(約9300万円)が英在郷軍人会連盟に寄付された。
しかし、おびただしい血が流された歴史をスーパーのクリスマス・セールのために利用するのは許されないと、700人以上が英国広告基準局に審査を求めた。広告基準局は調査をしなかったが、著名人からも批判が相次いだ。
英紙フィナンシャル・タイムズによると、人気コメディアンで活動家のラッセル・ブランド氏は「私たちが人間として持つ感情と統合は、スーパーに客を呼び込む行為を越えたものだ」と批判。
著作『英国の第一次大戦』を記した同紙コラムニスト、ジェレミー・パックスマン氏も「最も後味の悪い広告だ。もし、在郷軍人会連盟が協力したのなら、恥じるべきだ」と批判した。
戦争の悲劇と美談を商売に利用してはならないというわけだ。
88万8246本のポピー
今年、観光名所のロンドン塔を囲むお堀は、犠牲になった英軍兵士と同じ数の、陶磁器で造られた88万8246本のポピー(ヒナゲシ)で埋めつくされた。
陶磁器のポピーによるインスタレーション作品「流血の大地と紅の海」は陶芸家ポール・カミンズ氏と舞台デザイナーのトム・パイパー氏が制作。ボランティア2万人が8月からポピーをお堀に植えた。
世界中から400万人以上が見学に訪れた。保守党のキャメロン首相やボリス・ジョンソン・ロンドン市長が11月の休戦記念日を過ぎても作品の展示を続けるよう提案したところ静かな論争になった。
作者のカミンズ氏は民放番組で「犠牲になった若者たちは生きる機会を奪われた。展示も打ち切られることで機会を奪われた若者たちの無念に思いを寄せてほしい」と語り、展示は延長しないと宣言した。
結局、88万8246本のポピーは当初の予定通りボランティアの手によって取り除かれ、25ポンド(約4700円)で販売された。1本残さず売り切れ、利益はイラクやアフガニスタンで負傷した兵士や家族を支援している慈善団体に寄付された。
100年前の大戦が今も英国ではさまざまな感情を呼び起こす。英国は、イラクやアフガンでも多くの犠牲者を出し、少なくない帰還兵が戦争トラウマに苦しむ。平和は戦争と戦争の間の現象に過ぎず、努力なしには維持されないことを普通の人々も肌身で感じている。
(おわり)