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日本国債「リスク資産」に格下げもなんのその 突き進むアベノミクス

木村正人在英国際ジャーナリスト

中国より格下

大手格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは1日、日本国債の格付けを「Aa3(最上位から4番目)」から「A1」に1段階引き下げた。シャドーバンキング(影の銀行)問題を抱え、中国人民銀行の政策金利引き下げで高利回り金融商品の破綻が懸念される中国(Aa3)より日本の信用は低いと格付けされたのは衝撃的だ。

大手格付け会社の日本国債格下げは、欧米系のフィッチ・レーティングスが2012年5月に日本国債を「ダブルAマイナス(最上位から4番目)」から「シングルAプラス」に1段階引き下げて以来、初めて。欧州では最上級のトリプルAを失っただけで大騒ぎなのに、日本はもう不感症と言って良い状態。

アベノミクスの是非が問われる今回の総選挙にも日本国債の格下げは何の影響も与えないだろう。有権者にとって財政健全化は二の次で、消費税再増税の先送り、法人税減税、景気回復、社会保障の拡充が一番だからだ。

しかし、将来世代へのツケ回しでバラマキを続けることがいつまで持続可能なのか。有権者の歓心を買って政権を長期化させることが果たして政治と呼べるのか。

安倍晋三首相が「この道しかない。」と宣言したアベノミクスは宗教の領域に入っている。しかし、信じるものは救われるかどうかは、神様にしかわからない。

金融機関の国際的な自己資本規制(バーゼル3)では、シングルA格は「リスク資産」として取り扱われるが、シングルA以上のデフォルト確率は0%。日本国債の95%は日本が保有し、国内金融機関は日本国債を高めに格付ける国内格付け機関を利用しているため、他の安全資産に持ち替える動きは出そうにない。

高橋是清の警句

ムーディーズによる日本国債のシングルA格への引き下げは、中・長期的に円や日本株売りの材料になっても、長期金利への影響はまったくないだろう。日銀の黒田バズーカ2のおかげで長期金利は0.433%という歴史的な低さ。日本国債の暴落、デフォルト(債務不履行)シナリオは今のところ考えられない。

「こんなことがいつまでも続くわけがない」といくら深刻な表情を浮かべてみても、続いてしまっているのが現実なのだ。

日本政府は2020年までのプライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化を目標に掲げている。安倍首相が消費税再増税を1年半先送りしたことで「財政赤字削減目標を達成できるかどうか不確実性が高まった」とムーディーズが警鐘を鳴らしても、それがどうしたという空気が流れている。

「多額の公債が発行されたにもかかわらず、いまだ弊害が表れずかえって金利の低下や景気回復に資せるところが少なくないので、世間の一部にはどしどし公債を発行すべしと論じる者もあるが、これは欧州大戦後の各国の高価なる経験を無視するものである」

1930年代、蔵相として日本をデフレ脱却に導いた高橋是清元首相の警句だ。その後、高橋は軍部と衝突し、2・26事件で暗殺される。

アベノミクスと高橋財政は共通するところが多いが、通貨の切り下げが輸出数量の増加につながらなかったことがアベノミクス最大の誤算だ。少子高齢化と人口減少で日本の生産力、消費力は考えていた以上に低下している。生産地としても消費地としても成長が見込めない日本に生産拠点が回帰する可能性はどれぐらいあるのだろう。

さらに、フローで見た場合、単年度の財政赤字を家計や企業の貯蓄分で埋められなくなってきている。経常収支が赤字に転落する恐れもある。海外資本が「リスク資産」に格下げされた日本国債を購入するとは考えにくい。その場合は日銀が財政ファイナンスを行うが、黒田バズーカ2にも天井がある。

虎視眈々と機会うかがう中国

日銀のマネタリーベース(資金供給量)は2014年末で270兆円。15年末で350兆円、16年末で430兆円。黒田バズーカ2は早ければ17年にも打ち止めとなる可能性がある。日銀が市場から総額で450兆円もの日本国債を購入するのは困難とみられているからだ。

経常収支が赤字に転落し、日本がこれまでの貯蓄を食いつぶす状況になれば円安がさらに加速し、インフレが急激に進むだろう。長期金利がいずれ上昇を始めても、それ以上のペースでインフレが進めば、対国内総生産(GDP)比の政府債務残高は減少する。

格付け会社は金融機関、民間企業に対し、国債より高い格付けを与えることはまずない。日本国債がシングルA格に引き下げられたことは、国よりも日本企業の資金調達に影響を与える恐れがある。

アベノミクスで1ドル=77円台の超円高から脱出し、120円突破の円安も視野に入ってきた。しかし、日本が輸出国に戻れる兆しはない。それよりも円安で割安になった日本企業は、人民元の国際化を目論む中国の餌食になる可能性が大なのだ。

安倍政権がふるまう「フリーランチ」の代金を円安と将来のインフレで支払わされるのは今回の総選挙で一票を投じる有権者一人ひとりだ。黒田バズーカ2という禁じ手を繰り出した日銀も、法人税引き下げに渋々応じた財務省も見事に安倍首相にハシゴを外された。

今回「アベノミクス解散」に踏み切った安倍首相の真意はまだわからない。何が何でもミラクルを起こして成功確率が10%ほどしかないアベノミクスを成功させてほしい。

さもないと日本は塗炭の苦しみを味わうことになる。総選挙で勝った暁に、再び慰安婦や靖国など歴史問題を安倍首相とその側近たちにやられたのでは日本国民はたまったものではない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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