街の声を無視して政治はできない 安倍首相がさらけ出した「アベノミクスの限界」

前に進むしかない

安倍晋三首相は18日夜、21日の衆院解散を表明した。2015年10月に予定していた消費税率を8%から10%への再引き上げは1年半先送りし、17年4月には必ず再増税を実施する。12月2日公示、14日投開票となる。

争点は再増税先送りではなく、アベノミクスの是非である。日銀の黒田バズーカ2、法人税引き下げ、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用見直しという切り札まで出したアベノミクス。

これを途中で投げ出した場合の市場の反動を考えただけでも、ゾッとする。円高・株安・デフレに逆戻りする。これは前に進むしかない。

人為的に円安・株高を作り出し、消費税の影響抜きで2%の安定インフレを達成しようというアベノミクスは最初から退路なき経済政策なのだ。

日銀は19日の会合で、黒田バズーカ2について前回反対した3委員が賛成に回り、賛成8、反対1で黒田バズーカ2の継続を決めた。

サウジアラビアが米国のシェールガス潰しに本格的に動き出したため、原油安がどこまで進むかわからない。原発再稼働が停滞し、エネルギー源を輸入に頼る日本には朗報だが、2%の安定インフレを目指す黒田・日銀にとっては不安材料だ。

出したばかりの黒田バズーカ2をすぐに引っ込めるわけにはいかない上、日銀内の足並みが乱れていると市場からを受け止められると悪影響が出ると判断したのかと、意地悪な筆者は勘ぐってしまう。

安倍首相の自己採点

18日夜、民放の報道番組に出演した安倍首相の発言がインターネット上で流れている。まず、安倍首相がアベノミクスの成果をどのように説明したのか、筆者の感想を交えながら紹介しよう。

【成長】

安倍首相「われわれが政権につく前はマイナス成長でした」

(筆者)この1年間でも3四半期がマイナス成長になっている。潜在成長率がマイナスに転落している恐れもある。

【雇用】

安倍首相「今年の大卒者・高卒者の内定率も上がっている。有効求人倍率は22年ぶりの高水準。特に高卒者は14%も上がった」

(筆者)確かに失業率も3%台になり、完全雇用と言える状態。職種を問わなければ、これはアベノミクスの成果だ。

【賃金】

安倍首相「今年4月2%以上、上がりました。物価安定目標を上回っています。15年間で最高と言っていい。雇用は拡大し、賃金は上昇し、消費は拡大し、景気の好循環が生まれ始めたのは事実」

(筆者)ここまで言えるかは怪しい。名目賃金は上昇しても実質賃金は下がる一方。厚生労働省の速報によると、9月の現金給与総額は前年比0.8%増の26万6595円、7カ月連続で増加したが、物価の変動を考慮した実質賃金は前年比2.9%減と15カ月連続でマイナス。

【企業収益】

安倍首相「企業が最高収益を上げている」

(筆者)自動車や電機メーカーといった輸出関連企業は切り下げられた円ベースで収益を計算すると、収益は膨らんで当然。問題なのは輸出企業が円安でも国内生産能力を高めていないことだ。

【旅行収支】

安倍首相「海外からの観光客は昨年1千万人。今年は1300万人。旅行収支は過去ずっと3兆円のマイナスだったが、黒字になった。大阪万博が開かれた1970年以来だ」

(筆者)筆者は大阪出身なので、大阪万博のアメリカ館の「月の石」、ソ連館に入場するため気が遠くなるほど並んだのを覚えている。親父がずるをして横入りしたので恥ずかしかった。

今の円安はあの頃の水準なのかと思うと安倍首相のように素直には喜べない。昭和36年生まれの筆者が初めて海外旅行したのは平成4年、31歳のときだった。

街の声を無視するな

筆者がびっくりしたのは、安倍首相がTVの街の声に反論したことだ。これは政治家にとって命取りになりかねない。

TBSの「NEWS23」で、若い主婦2人の「全然アベノミクス(の恩恵)は感じていない」「大企業しかわからへんのちゃう」という街の声を聞いて、安倍首相は「これは街の声ですから、選んでると思いますよ。もしかして」と発言した。

安倍首相「自民党が政権を奪取する前は、国民総所得は40兆円減少していました。それがプラスになっている。マクロでは明らかにプラスになっている。ミクロでみていけばいろいろな方がおられます」

(筆者)若い主婦の声はミクロではなく、マクロとしても説明がつく。筆者が首相なら「アベノミクスの効果はまだ社会の隅々にまでは届いていません。私にもっと時間をいただければ、アベノミクスの効果を必ずお届けします」と言っていただろう。英国でも世界金融危機後、実質賃金がプラスに転じるまでには相当、時間がかかった。

世帯当たりの所得層(2013年国民生活基礎調査の概況)
世帯当たりの所得層(2013年国民生活基礎調査の概況)

日本の1世帯当たりの所得は432万円を境に半分に分けることができる。右半分はマクロで、左半分をミクロと切り捨ててはいけない。日本の中産階級は崩れて、所得の低い方にずれてしまっている。若い主婦の声は生活実感なのだ。

有権者なじった報い

2010年の英総選挙で、当時のブラウン首相が遊説中、小型マイクを付けているのを忘れて、支持者を「偏屈な女だ」とののしった声が全国に流れたスキャンダルを筆者は思い出した。

年金生活者の女性が街頭でブラウン首相に「東欧からの移民がこんなに増えたじゃないの」と移民政策をこっぴどく批判した。

ブラウン首相は「欧州から100万人の移民が来たが、100万人の英国民が欧州に出た」と弁明して、その場を離れた。テレビ中継用の小型マイクを胸元に付けたまま、「災難だ。偏屈な女じゃないか」と秘書に不満をぶちまけている様子が全国に中継された。

ブラウン政権は敗北した。

国民総所得の欺瞞

安倍首相が国内総生産(GDP)ではなく、国民総所得(GNI)を持ちだしたのは一種のごまかしだ。

日本の経常黒字はかつて貿易黒字がエンジンだった。しかし、最近では海外からの利子・配当である所得収支の黒字が経常収支を支えている。

生産年齢人口の減少で国内生産に制約があっても、海外からの利子・配当が増えれば、日本国内で暮らす人々の所得は増える。GNIがプラスに転じても、それが賃上げや設備投資と連動しているわけではない。

資金を海外に投資できる企業や富裕層はいい。株式や不動産に投資できる人々もアベノミクスの恩恵を受ける。

国内では成長が期待できないため、銀行の預金は積み上がっても貸出はそれほど増えない。まじめに働いても給料がどんどん増えるわけではなく、日本経済は海外からの利子・配当、特許料に依存するようになっている。

TBSの「NEWS24」で若い主婦は前出のグラフで左半分に当たる世帯のアベノミクスに対する率直な感想を述べたに過ぎない。豊かではないけれど国内でコツコツ働く世帯にも目を向けてこそ、本当の政治というものだろう。

(おわり)