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再増税先送り解散論にみる「お子ちゃま政治」の幼稚さ

木村正人在英国際ジャーナリスト

日銀の黒田東彦総裁は12日の衆院財務金融委員会で、追加緩和策の「黒田バズーカ2」について「2015年10月に予定される消費税率の10%への引き上げを前提に実施した」と述べた。

消費税の再増税を先送りし、解散に打って出ようとする安倍晋三首相を牽制し、財政再建に取り組む姿勢の大切さを問いたものだ。

原油・天然ガス、鉄鉱石などの価格が下落する中、黒田バズーカ2は「2%の物価安定目標の達成」というデフレ脱却を確かなものにするのが狙いだと強調した。

日本国債10年物の金利は11月4日に0.445%まで下がったあと、12日には0.527%まで上昇している。黒田バズーカ2の反動なのか、それとも再増税先送り解散に反応したものかはわからない。

日本の金融機関が保有する国債が一気に売られる兆候は今のところない。国内経済の成長が見込めないため、資産運用として0.5%前後の金利がつく10年債を保有しておくのが賢明だからだ。

しかも、背後には黒田バズーカ2が控えている。10年債の海外保有比率は限られているため、ギリシャのようにはならないともっともらしく解説される。

もし仮に黒田バズーカ2の威力がなくなり、長期金利が将来、1%、2%と上昇を始めたとしても国内金融機関は国債を保有し続けるという保証はあるのだろうか。

通貨や国債の信認がいつ崩壊するかは誰にもわからない。しかし、財政規律を守る政府や、通貨の番人である日銀への信認、そして、それを支える国民の意思が揺らぎ始めたとき、崩壊は始まる。

ハイパーインフレーションを経験した過去の反省から、世界中のほとんどの国で政府や中央銀行がモラル・ハザードを起こさないよう何重ものカギが厳重にかけられている。

政府や中央銀行が炎上したら、金融や経済、財政システムが破綻の危機に瀕したとき、誰が救済するというのか。

再増税先送り解散の話を聞いたとき、消防署に火をつけて暖をとる人々の姿を思い浮かべてしまった。

確かに消費税再増税で再び景気が冷え込めば、黒田バズーカ2の効果が半減してしまう。

しかし、政府が信認を失えば、日銀の信認もなくなり、通貨や国債の信認が揺らぐリスクが出てくる。わずかかもしれないが、起きたときに取り返しのつかない損害を生ずるリスクは避けて通るのが賢明だ。

再増税先送り解散について大手紙が社説で賛否を掲げている。

読売「衆院解散検討 課題を掲げて信任を求めよ」

安倍内閣の支持率が高いうちに解散を断行して局面を打開し、新たな民意を得るとともに、陣容を一新して政治を前に進めるのは、有力な選択肢と言える。

日経「消費再増税をここで延期していいのか」

確率は低いかもしれないが、いったん長期金利が急上昇すると国・地方の利払い費が大きく膨らみ、財政破綻のおそれが強まる。

そうなれば、年金や医療費を大幅に削減するといった激痛を伴う策をいっぺんにとらざるを得なくなるだろう。日本経済に破滅的な影響を及ぼし、デフレ脱却どころではなくなる。再増税をここで延期するリスクはあまりに大きい。

朝日「政治と増税―解散に大義はあるか」

まさに党利党略。国民に負担増を求めることになっても、社会保障を将来にわたって持続可能にする――。こうした政策目標よりも、政権の座を持続可能にすることの方が大切だと言わんばかりではないか。

安倍首相の本心はまだ不明である。だが、民主主義はゲームではない。こんな解散に大義があるとは思えない。

毎日「早期解散論 その発想はあざとい」

政権与党が税率引き上げの環境を整える努力を尽くさず、しかも増税に慎重な世論に乗じて選挙にまで利用しようという発想が感じられる。民意を問う大義たり得るか、今の議論には疑問を抱かざるを得ない。

増税先送りを奇貨として、世論の追い風をあてこんだ解散論とすれば、あざとさすら感じる。

読売が解散支持、日経・朝日・毎日が反対だ。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで講演した英誌エコノミストのジョン・ミクレスウェイト編集長は学生から日本のシステムについて質問され、「いつまでも借金をし続けることはできない。いつかは止まる」と断言した。

ロンドンでは、今盛んに国家システムを再生させるための議論が行われている。格差をなくし、機会の平等を取り戻すためには何が必要か。教育を再生させ、医療・年金システムをどう維持していくのか。低成長から抜け出せるのか。

それを議論して実行していくのが政治である。

英国でも欧州連合(EU)からの離脱を唱える英国独立党(UKIP)が台頭。来年の総選挙をにらんで、欧州統合の基本原則である「人の自由移動」に制限を加えようと言い出したキャメロン首相がメルケル独首相に一喝されるなど、決してほめられた状況ではない。

しかし、9月に内閣改造を行ったばかりで、その成果もわからないのに2カ月後に解散と言い出すほど、政治家は幼稚ではない。先進国の中で財政にタガがはまらないのは今や日本だけという有り様なのに。

安倍首相は不可避の改革には手をつけず、国民のツケを増やして、自分の支持率維持を図っている。有権者は消費税再増税先送りという甘言に釣られて、安倍政権に信認を与えるのだろうか。

弱肉強食の国際社会では無用の「政治空白」を作るのはご法度だ。あれだけ中国の脅威を強調していた安倍首相だが、日中首脳会談が実現し、習近平国家主席に背中を見せても大丈夫と思っているのだろうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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