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尖閣めぐる海上連絡メカニズムは機能するか 25分で終わった3年ぶりの日中首脳会談

木村正人在英国際ジャーナリスト

氷のような表情を見せた習主席

安倍晋三首相は10日、北京の人民大会堂で中国の習近平国家主席と約25分間会談した。安倍首相と握手した習主席は氷のような表情を見せた。

首脳会談の様子は公開されなかったが、外務省によると、両首脳の主なやり取りは以下の通りだ。

安倍首相の発言

「日中関係の改善」

「中国の平和的発展は国際社会と日本にとって好機(略)。地域と国際社会の平和と繁栄に向けた両国の責任を共に果たしていきたい」

「我が国は引き続き平和国家としての歩みを堅持し、国際協調主義に基づく『積極的平和主義』の下、世界の平和と安定に一層貢献していく」

「4項目の一致点を踏まえ、今こそ『戦略的互恵関係』の原点に立ち戻り、それを再構築すべき」

「防衛当局間の海上連絡メカニズムの早期運用開始」

習主席の発言

「日中間の4つの基本文書と今回の4項目の一致点を踏まえて、戦略的互恵関係に従って、日中関係を発展」

「中国の平和的発展はチャンスだという日本側の発言を重視(略)。日本には、歴史を鑑とし、引き続き平和国家の道を歩んでほしい」

「関係改善に向けた第一歩」

「海上での危機管理メカニズムについては、既に合意」

25分という会談時間は2012年5月の野田佳彦・温家宝両首脳の会談(約1時間)、11年12月、野田首相・胡錦濤国家主席の会談(約40分)に比べても短い。

07年12月に親中派の福田康夫首相が訪中した際には、胡主席と約30分会談した後、約1時間半の夕食会。温首相とは約2時間会談し、約1時間昼食会を持っている。

習主席が見せた冷たい表情通り、日中の関係改善は小さな一歩を踏み出したに過ぎない。しかし、双方の相違点より一致点が確認された意義は大きい。

安倍首相と習主席の発言から共通するキーワードを拾ってみる。

「日中関係の改善」「中国の平和的発展」「(日本は)平和国家としての歩み」「4項目の一致点」「戦略的互恵関係」「海上連絡メカニズムの早期運用開始」

「尖閣」や「靖国」というナショナリズムをあおる言葉を避けたのは賢明な対応だ。

海上連絡メカニズム

日本政府による国有化後、緊張が一気に高まった沖縄・尖閣諸島をめぐって、2012年に合意したものの、尖閣国有化で完全に停止した海上連絡メカニズムがようやく動き出す。

米中間ではすでに、危機のエスカレートを防ぐため、軍事海洋協議協定(MMCA)が交わされているが、排他的経済水域(EEZ)内での軍事活動について見解は対立している。

防衛省防衛研究所編『中国安全保障レポート2013』(今年1月公表)によると、米中間では1990年代初めから、中国の周辺海域で海上・航空戦力が対峙する事態が頻繁に起きるようになった。

94年10月、黄海沖で、米空母キティホークと中国の漢級原子力潜水艦が遭遇。米国は対潜哨戒機で潜水艦の活動を監視したのに対し、中国軍は戦闘機2機を発進させ、一触即発のにらみ合いが70時間近くも続いた。

事件後、中国側が「類似の事件が起きれば今後は発砲する」と警告したため、米国側は72年の米ソ海上事故防止協定をモデルにした危機管理メカニズムの構築を呼びかける。

95~96年には第3次台湾海峡危機が発生。98年1月、米中両国は(1)少将級の将官が代表を務める年次会合(2)大佐級が代表を務めるワーキンググループ(3)特定の懸念事項を議論する特別会合――からなるMMCAに署名した。

江沢民に13回電話したブッシュ

しかし、99年には在ユーゴスラビア中国大使館誤爆事件が起きるなど、米中間の緊張はエスカレートする。

2001 年3月、黄海で調査活動を行っていた米海軍調査船バウディッチ号に中国海軍が調査の停止と中国のEEZからの退去を求める。

同年4月、海南島沖の中国のEEZ上空で情報を収集していた米海軍のEP-3偵察機と中国の戦闘機が衝突。

米国のシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のマイケル・グリーン元国家安全保障会議アジア上級部長によると、この事件では、ブッシュ大統領(当時)が12回も江沢民国家主席に電話をかけた。13回目でようやくつながったという。

09 年3月、海南島南の南シナ海で海洋調査活動を行っていた米海軍調査船インペカブル号が中国船5隻に包囲され、木片などを投げ込まれ、進路を妨害される。

同年5月、黄海で活動中の米海軍調査船ビクトリアスに中国漁船2隻が異常接近。

10年11月、北朝鮮による延坪島への砲撃事件を受け、米韓両軍は朝鮮半島西側の黄海で合同軍事演習を実施。中国外交部は「中国のEEZでは許可なくいかなる軍事的行動も許さない」と抗議。

中国のダブルスタンダード

米軍との交戦を望んでいない中国は軍事的な事故や衝突を回避するため、05年以降、米軍の軍事活動に対する妨害行為の主体を国家海洋局の海監総隊(海監)や農業部漁業局(漁政)といった海上法執行機関、漁船に移行させているという。

「グレーシップ(軍艦)」ではなく、「ホワイトシップ(海上法執行船舶)」を前面に出す戦略だ。それでも、なお米中間の緊張が解消されないのは、国際的な海洋法規則に対する理解が双方で異るからだ。

【中国側の言い分】

EEZでの軍事活動には沿岸国の事前許可が必要。事前許可を得ていない米軍の活動は「偵察活動」に当たる。その一方で、中国海軍艦艇はグアムやハワイ周辺の米国のEEZで活動するなど、ダブルスタンダードが見られる。

【米国側の言い分】

EEZは「国際水域」で、すべての国の航行と上空飛行の自由が保障されている。沿岸国の管轄権は資源開発のみ。軍事活動は管轄権の対象外。

緊急回避した米巡洋艦

昨年1月、東シナ海で、護衛艦「おおなみ」搭載の対潜哨戒ヘリコプターへの火器管制レーダー照射が疑われる事件、護衛艦「ゆうだち」への射撃管制用レーダー照射事件が相次いで起きる。

同年12月には、南シナ海で、米ミサイル巡洋艦カウペンスが、中国初の空母「遼寧」をエスコートしていた中国海軍の揚陸艦に航路を阻まれ、緊急回避行動を取る事件が発生。

EEZ内での偵察活動を認めない中国が実力行使でゴリ押しした格好だ。

MMCAの枠組みを通じて、米中間のコミュニケーションは少しは改善しているものの、中国は自国のEEZ内での米軍の偵察活動に神経を尖らせている現状を浮き彫りにした。

日中間では12年に(1)年次会合、専門会合の開催(2)日中防衛当局間のハイレベルでのホットライン設置(3)艦艇・航空機間の通信からなる海上連絡メカニズムを構築することで合意している。

しかし、中国が主張する「領海」「EEZ」は今後、一方的に拡大される恐れがあり、EEZをめぐる沿岸国の管轄権のとらえ方も日米と中国の間で大きく異なっている。

日中の海上連絡メカニズムも米中間のMMCA同様、気休めに過ぎないのかもしれない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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