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日中首脳会談は「友好」の証か 「立ち技」から「寝技」の持久戦に

木村正人在英国際ジャーナリスト

安定的な友好関係

北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)を利用して日中首脳会談が行われることになった。

日中両政府は7日夕、文書を発表し、日中の戦略的互恵関係を引き続き発展させ、「歴史を直視し、未来に向かうという精神に従い、両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の一致をみた」と表明した。

「若干」という言葉が意味深長だ。

突発的な軍事衝突を避ける「海上連絡メカニズム」の構築でも合意した。日経新聞によると、安倍晋三首相は公明党の山口那津男代表との会談で「習近平国家主席と会い、握手を交わし、対話をしたい」と述べたそうだ。

安倍首相は9月の所信表明演説で、「日中両国が、安定的な友好関係を築いていくために、首脳会談を早期に実現し、対話を通じて『戦略的互恵関係』をさらに発展させていきたいと考えます」と、「日中友好」を呼びかけていた。

正式な日中首脳会談が行われるのは2012年5月以来。安倍首相が中国首脳とやり取りするのは07年9月、APEC首脳夕食会以来のことだ。安倍首相は06年10月には、1999年の小渕恵三首相以来初めて中国を公式訪問している。

首相の靖国参拝はなくなった

中国側は日本に対し日中首脳会談の前提条件として

(1)沖縄・尖閣諸島をめぐる領有権問題が存在することを認める

(2)安倍首相が再び靖国神社を参拝しない

(3)積極的平和主義の中身を説明する

――ことを求めていたとされる。

日本側は前提条件なしの首脳会談実現を主張していた。

おそらく尖閣問題をめぐっては平行線、靖国については明言はしないものの、日中関係がよほどこじれない限り、安倍首相の任期中の参拝はないだろう。

積極的平和主義については日米防衛協力のための指針(ガイドライン)も、集団的自衛権の限定的行使容認に関連する安全保障法制も煮詰まらない段階では説明のしようがない。

「若干の一致」とは、安倍首相は任期中に靖国神社に参拝しないということだ。

安倍首相の靖国参拝について、元駐フランス中国大使で中国国家革新・発展戦略研究会の呉建民常務副会長は筆者の取材にこう説明している。

「06年10月に1期目の安倍首相が中国に公式訪問する前、靖国神社には参拝しないということが安倍首相と王毅駐日大使(現外相)の間の理解(Understanding)になっていました。この理解を前提に安倍首相は中国を公式訪問したのです」

中国は態度を変えたのか

尖閣周辺で中国公船などが接続水域内に入ったり、領海に侵入する件数は12年9月の尖閣国有化をきっかけに急増。同年8月には接続水域内に入ったのは延べ2隻だけだったのに、9月には延べ81隻、領海侵入も延べ13隻になった。

14年9月に接続水域内に入ったのは延べ110隻、領海侵入は延べ10隻だったが、10月になってそれぞれ延べ48隻、9隻に減少していた。

海上保安庁HPより
海上保安庁HPより

しかし、尖閣諸島の領海内で操業する中国漁船は11年の8隻から12年は39隻、13年は88隻、今年は9月上旬の時点で200隻を超えている。

小笠原諸島の周辺で中国漁船がサンゴを密漁しているとみられる問題では今月3日に205隻が確認されている。海上保安庁はこれまでに中国漁船2隻を違法操業で検挙し、乗組員5人を逮捕している。

中国漁船はサンゴを根こそぎ収奪しており、伊豆諸島周辺にも出没している。しかし、国際法上、日本の領海内であっても中国漁船には自由航行が認められているため、密漁の現場を押さえない限り、取り締まるのは難しい。

尖閣を警戒する海上保安庁を撹乱するのが狙いともいわれる。

紛争をマネジメントする中国

英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)で海軍・海洋安全保障を専門にするクリスチャン・レミュア氏は「中国は紛争の解決を望んでいない。紛争をマネジメントしているのだ」と解説する。

レミュア氏が米ワシントンのIISS-USで行った講演によると、中国は東シナ海で「引き分け」に持ち込む戦術をとっている。日本も、韓国も、台湾も防空識別圏(ADIZ)を設置しているため、中国もこれに対抗してADIZを設置した。

日本が実効支配する尖閣諸島について漁船や公船を動員して揺さぶりをかけ、国際社会に領有権争いがあることを認知させた。

中国が優位に立つ南シナ海に比べ、東シナ海は日本が隙を見せず、背後には世界最強の米軍が控えているため、中国もおいそれとは手が出せない。だから「引き分け」戦術で、というわけだ。

中国は漁船から探査船、海底油田掘削装置、公船、軍艦を巧みに使い分けながら既成事実を積み重ねている。

南シナ海でも東シナ海でも交戦状態になると米軍が出てくる可能性があるので軍事衝突を避けながら、緊張と摩擦を引き起こす。そして相手が隙を見せると、少しずつ現状変更を図り、既成事実化する。

ハードからソフトへの転換

習主席はアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立を進め、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国など20カ国が参加すると報じられている。日本主導のアジア開発銀行(ADB)に対抗するためだ。

また、習主席は「シルクロード経済ベルト」と呼ぶ中央アジア諸国との経済協力構想を表明。アジア信頼醸成措置会議(CICA)首脳会議では「アジアの安全はアジアの国民によって守られなければならない」と演説し、アジアの安全保障をめぐり米国への対抗軸をつくる考えを示した。

レミュア氏の分析では、中国はこれまで欧米が築いた国際秩序の中で高度成長を遂げたことを理解しており、この利益を引き続き享受しながら、新たに中国独自の勢力圏を築こうとしている。

中央アジアとの関係を強化しながら、南シナ海、東シナ海ではベトナム、フィリピン、日本といった国を米国側に押しやらない程度に緊張と摩擦を作り出し、新たな既成事実を積み上げようとしている。

強烈に領有権問題で押しすぎると、アジアインフラ投資銀行、シルクロード経済ベルト、アジア信頼醸成措置会議などのソフトパワー戦略にマイナスになる恐れがある。

このため、中国は南シナ海と東シナ海で「紛争マネジメント」を継続しながら、力の差がさらに開くのを待って領有権問題で優位に立つ戦略を描いているとレミュア氏は指摘する。

待ちに待った日中首脳会談の実現も裏を返せば、海洋権益をめぐって果てしなく続く中国との持久戦、神経戦の始まりと言えるだろう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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