戦争の忘れ方、記憶の仕方 安倍政権の対外発信とは何なのか

安倍政権は14日の閣議で、朝日新聞が従軍慰安婦報道の一部を取り消した問題に関連して「政府として個々の報道について答弁することは差し控えたいが、国際社会において、客観的事実に基づく正しい歴史認識が形成され、日本の基本的立場や取り組みに対して正当な評価を受けるべく、これまで以上に対外発信を強化していく」との答弁書を決定した。

外務省のホームページからは、元従軍慰安婦に償い金を支給した「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」への「拠金呼びかけ文」(1995年7月18日付)が削除された。呼びかけ文には「多くの女性を強制的に『慰安婦』として軍に従わせた」と記述されていた。

こうした記述を削除していくことが安倍政権のいう「対外発信」なのか。

同じ14日、第二次大戦中、タイとミャンマーを結ぶ泰緬鉄道の建設に駆り出されたオーストラリア人戦争捕虜(POW)の体験を通じて戦争とは何か、人間の尊厳とは何かを描いた小説『The Narrow Road to the Deep North(奥の細道)』に英文学賞のマン・ブッカー賞が贈られた。

著者のオーストラリア人作家、リチャード・フラナガンさん(53)の父親は、「死の鉄道」と呼ばれた泰緬鉄道の建設に従事した戦争捕虜体験者。フラナガンさんは子供の頃から父親の捕虜体験を聞かされて育ったが、その体験が人間にとってどんな意味があるのかわからなかった。

1942~43年、旧日本軍は戦争捕虜や東南アジアの労務者に泰麺鉄道を建設させた。海上輸送の危険を避け、タイからビルマ戦線に物資を輸送する補給ルートを構築するためだ。人間の尊厳よりも戦争の遂行が優先され、マラリア、赤痢、熱帯潰瘍、コレラが発生する高温多湿の密林地帯で突貫工事が強行された。

捕虜には日常的に暴力が加えられ、満足な食事も建設道具も与えられず、白人捕虜だけでも約1万2400人の死者を出した。「死の鉄道」は旧日本軍の残虐行為の象徴となった。フラナガンさんは父親から戦争捕虜の収容施設から漂う異臭や朝の「Tenko(点呼)」など詳細を聞きだし、戦争が人間に及ぼす影響を考えぬいた。

フラナガンさんは英BBC放送の報道番組ニューズナイトに出演し、「松尾芭蕉の『奥の細道』という高い文学性を持つ作品を生み出したのも日本人なら、戦争遂行という目的のために『死の鉄道』という非人道的な残虐行為をしたのも同じ日本人だ」と話した。

オーストラリア雑誌マンスリー(電子版)がフラナガンさんからインタビューした記事によると、昨年4月、フラナガンさんが小説を書き上げたちょうどその日、父親が「本はどうなったの?」と尋ねたという。

フラナガンさんが「書き終わったよ」と答えると、父親はその夜、静かに息を引き取った。作品を執筆中、フラナガンさんは98歳になる父親と本当によく話した。父親は旧日本軍を糾弾するのではなく、人間としての戦争体験を息子に語り継いだ。

フラナガンさんは取材のため、捕虜虐待で戦争犯罪に問われ死刑判決を受けたものの終身刑に減刑され、その後釈放された捕虜収容所の元看守からインタビューした。

オーストラリア人捕虜から「トカゲ」と呼ばれていた元看守は礼儀正しく親切な老紳士で、「何をしても私は許されない。私の頬をぶちたかったら、ぶっていい」と言った。

フラナガンさんは老紳士から子供の頃の話を聞いた。そのとき、大きな地震があった。

老紳士の顔を見ると、すごく怖がっていた。オーストラリア人の戦争捕虜から蛇蝎のように嫌われた鬼のような看守はもう存在しない。弱々しい人間がいるだけだった。

15歳のとき看守になった老紳士は「看守になるためにひどいしごきを受けた。自分が逃亡すれば、家族が懲罰を受けるのが怖かった。私は朝鮮人でもなく、日本人でもない。植民地の犠牲者です」と話したという。

そして、こうした元朝鮮人軍属の姉や妹が多くの場合、従軍慰安婦として募集されたとフラナガンさんは語っている。

小説は戦争捕虜になったオーストラリア人の外科医が主人公。戦争が起きる前に親類の妻と許されない恋に落ちる。捕虜収容所で日常的に行われた日本兵と朝鮮人軍属による虐待行為。戦争が同じ人間を敵と味方に分け、人間を非道に陥れる。そんな中で主人公の外科医は愛の追憶にとらわれるというストーリーだ。

フラナガンさんは小説の取材を通じて戦争の真実には触れることができたものの、魂の和解は頭の中で考えるほど簡単なものではないことを自覚した。「トカゲ」と呼ばれた元看守とのやり取りを報告したとき、父親は黙ったまま自室に閉じこもったそうだ。

戦争の記憶の仕方にはいろいろある。

「朝鮮半島下で従軍慰安婦を強制連行した」という吉田清治氏(故人)の虚偽証言については朝日新聞以外はみんな認識していた。それを当の朝日新聞が今ごろになってようやく認めたからとって、それにどれほどの意味があるのだろう。

従軍慰安婦問題をめぐる国際社会の目が厳しさを増したのは2007年3月、安倍晋三首相が従軍慰安婦の強制性を認めた河野談話に関連して「強制性を裏付ける証拠がなかった」と発言、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」とする答弁書を閣議決定してからだ。

その年の6月、米下院外交委員会が慰安婦問題に関する対日謝罪要求決議を可決。7月には米下院本会議が慰安婦問題に関する対日謝罪要求決議を可決した。

11年8月には韓国憲法裁判所が元慰安婦への補償について韓国政府が日本側と解決に向けた努力をしないことは違憲であるとの判決を下し、12月にはソウルの日本大使館前に慰安婦を象徴する少女像が設置された。

河野談話の見直しを公言する安倍首相が返り咲いてからは、オーストラリアのカー外相(当時)が「河野談話については、近代史において最も暗い出来事の一つを確認した談話であると認識しており、この談話の再検討は誰の利益にもならないと考えている」と発言。

シーファー元米駐日大使も「河野談話見直しは米国やアジアでの日本の利益を大きく損なう」「米国内に賛同者はいない」などと発言している。いずれも安倍首相が河野談話を見直さないよう釘を刺すためだ。

安倍首相の歴史認識をめぐる対外発信こそ国際社会における日本の評価を低めている。特定秘密保護法、集団的自衛権の限定的行使容認、憲法改正という国の大事を妨げているのは何を隠そう安倍首相の国家観そのものなのだ。

萩生田光一・自民党総裁特別補佐が今月6日、テレビ番組で河野談話について「新たな談話を出すことによって骨抜きになる」と語った。

安倍首相の側近と一部メディアが問題なのは、旧日本軍慰安婦制度を必要とした軍国・日本の全体像には触れようとはせず、朝日新聞の従軍慰安婦報道たたきに必死になることで何を達成しようとしているのかを国民にまったく語ろうとしないことだ。

(おわり)