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ノーベル賞受賞も、日本の研究環境を取り巻くお寒い状況

木村正人在英国際ジャーナリスト

今年のノーベル物理学賞は、青色の発光ダイオード(LED)を作った赤崎勇・名城大教授(85)と天野浩・名古屋大教授(54)、青色LEDの製品化に成功した中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授(59)の日本人3人に贈られることが7日、決まった。

日本のノーベル賞受賞は南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授(米国籍)を含め22人。自然科学3賞の受賞者はこれで19人だ。

中村教授は日亜化学工業(徳島県阿南市)の研究員時代に青色LEDを製品化したが、1999年に退社して翌年、カリフォルニア大学サンタバーバラ校に移った。

2001年、中村教授は特許発明の対価をめぐって日亜化学工業を提訴、一審が200億円の支払いを企業側に命じ、05年に約8億4000万円の支払いで和解している。

才能は、より恵まれた研究環境を求めて、国境を越えていく。6日、ノーベル医学生理学賞の共同受賞が決まったジョン・オキーフ英ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)教授(74)は米国生まれだが、英米の2重国籍を持ち、英国で研究を続けている。

オキーフ教授と、ノルウェー科学技術大のマイブリット・モーセル教授(51)、夫のエドバルト・モーセル教授(52)の3人は、人間が空間の中で自分の位置を把握するのを助ける神経細胞を発見した。

研究開発費と移民を制限しないことが重要だ

オキーフ教授は英メディアに対し、受賞の喜びとともに、研究開発費の重要性、移民制限と過剰な動物保護がもたらす弊害について語っている。

「私はUCLで博士号を取得しました。英国の科学に対する態度を学びました。想像するのは難しいでしょうが、仕事にありつけるとは夢にも思っていませんでした。しかし、博士号を取得したとき、世界は自分のものになったのです」

「自分の成功にとって英国の資金提供システムが重要でした。米国のシステムならやっていけたかどうかはわかりません。科学は英国にとって知的な生命の一部です。いつも科学により多くのお金を使うべきです。科学への好奇心が大切です。私たちはそれを育み、勇気づけていかなければなりません」

オキーフ教授は、新しい民間のセインズベリー・ウエルカム研究センターで150人の神経科学者を採用しなければならないという。一方、政府の公的な研究・開発予算は全体で2011年から46億ポンド(約8千億円)に固定されたままだ。

さらに現在のキャメロン政権は2015年までに移民の純増を年間10万人にまで減らす移民制限を目標に掲げている。メイ内相は数万人に減らすと言及している。

「かつては博士課程修了直後の科学者を見つけて採用するのが簡単でした。事態は今や変わっています。英国をもっと科学者に開かれた国にすることを強く意識しています。移民制限が大きな障害になっているのは本当です。若くて最も優秀な研究者を雇うのを難しくしています」

英国では動物実験を全廃しようという声があるが、オキーフ教授は「この国では動物実験をめぐる建設的な議論がありません。もし、医学、生理学分野で発展したいのなら、動物実験は続ける必要があります」と警句を発している。

ノーベル賞受賞は、日本の子供たちの科学的好奇心を刺激する喜ばしいニュースだ。

だがしかし、日本は受賞の歓喜よりもオキーフ教授の言葉に耳を傾ける必要がありそうだ。

日本の「失われた20年」

金融バブル崩壊後、「失われた20年」に苛まれた日本の研究環境はお寒い限りだ。文部科学省の科学技術・学術政策研究所の報告書「科学技術指標2013」から、大学部門研究開発費の指数のグラフを見てみよう。

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2000年を100にして研究開発費の伸びをみると、日本(110)は他の主要国に大きく引き離されて低迷している。10年時点で中国は778、韓国は304という高い伸び率を示している。

内閣府「世界経済の潮流 2012年」の研究開発効率のグラフでも日本は著しく右肩下がりになっている。

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日本は移民に対する考え方が極めて保守的だ。このため日本の大半の研究者が国際ネットワークから隔絶された格好になっている。

世界から閉ざされた状況下でさえ、日本の博士号取得者の置かれている環境には極めて厳しいものがある。前出の科学技術・学術政策研究所が2002~06年に博士課程修了直後の職業の内訳を調べたところ、下の円グラフのようになった。

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欧米諸国に比べて日本はデータの整備がまだ十分できていないことも一因だが、不明23%、その他10%を合わせると全体の3分の1を占めているのが気になる。

日本の大学ではいったん教授になればその地位は保証されている。裏を返せば職場の流動性は皆無に近いということだ。方や民間企業では、研究開発の9割が既存技術の改良に向けられ、博士課程修了者は「すぐに活用できない」「社内の研究者の能力を高める方が効果的」といった理由で敬遠されがちだ。

スーパーグローバル大学は機能するか

「スーパーグローバル大学」構想を推進する文部科学省は今後10年間、外国人教員の数を増やし、資金を選ばれた37校に集中させる。狙いは世界大学ランキングのトップ100位位内に10校をランクインさせることだ。

しかし、元三重大学学長で前国立大学財務・経営センター理事長、鈴鹿医療科学大学の豊田長康学長はこう警鐘を鳴らしている。

「日本の国というのは経済協力開発機構(OECD)諸国の中で、高等教育費については対国内総生産(GDP)でとると最低の公的資金しか投入していない。OECD諸国の半分しか出していない。研究費も同じなんです。最低です。人口当たり、GDP比で最低のオカネしか出さずに、世界の大学ランキングだけを上げようというのは難しいと思います」

スーパーグローバル大学への選択と集中ではなく、大学の研究に向けられるパイを倍増する知恵と工夫が必要だと豊田学長は説く。まず博士課程修了者に潤沢な研究資金と研究時間を与える必要がある。

日本のシステムは「失われた20年」の前はきちんと機能していたことは、赤崎、天野、中村3氏のノーベル物理学賞受賞決定でも改めて証明された。

しかし、問題は過去の栄光ではなく、未来の可能性なのだ。才能という人材、お金が自由に世界を駆け巡るグローバル化の時代、旧態依然とした日本のシステムは完全に国際競争力を失っている。

国際競争を恐れるのではなく、立ち向かっていくことが重要だ。閉じられた日本のシステムを流動化させ、世界に開くことに21世紀を生き抜くカギがあると筆者は実感する。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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