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「尖閣に国運をかけるほどの国益はない。中国の絶対的利益を見失うな」元自衛艦隊司令官インタビュー(1)

木村正人在英国際ジャーナリスト

11月、北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)で日中首脳会談が実現する可能性が強まり、尖閣問題は少しは落ち着いてきたかに見える。緊張する日中関係と日本の防衛について、海上防衛の現場で中国人民解放軍海軍と対峙した経験を持つ香田洋二・元海上自衛隊自衛艦隊司令官にインタビューした。

――尖閣の現状について、おうかがいできますか

香田洋二・元自衛艦隊司令官(筆者撮影)
香田洋二・元自衛艦隊司令官(筆者撮影)

「尖閣をどうみるか。確かに日中が非常に先鋭的に対立しているところではあるんですが、日本から見ても中国から見ても国の運命をかけるほどの国益があるところではありません」

「当然、領有権とか国家主権というのは非常に重いんですが、今、日本は尖閣をしっかりと実質的にコントロールしています。当然、日本の領土です。中国に指一本触れさせてはいけません」

「しかし、あまり尖閣にフォーカスを当てすぎると、実はもっと他の大きな国益があるところを見失う可能性がある。そこをまず注意しておかなければなりません」

「実は軍人というのはあまりイモーショナル(emotional、感情的)には考えません。相手がイモーショナルに考えてくれたら、こっちの勝ちなんです、相手がイラショナル(irrational、理性を失う)になればね。イラショナルになった軍隊は負けます」

「前(第二次大戦)の日本もそうです。日露戦争の日本はラショナル(rational、理性的)でした。1930年代以降の日本軍はイラショナルでした」

「おそらく北京もラショナルである間はちょっかいは出してきますよ、軍も押してきますよ。でも軍事力を使って尖閣を取るかというとそれはおそらくないんだと思います」

「取って何になるんだということと、本当にあそこの国益が何かということです。油断したり、隙を見せたりすると、当然、(尖閣を)取りに来ます」

「今の日本は制度的に防衛出動(注1)がかかるのが遅いという問題はありますが、大きくは日米安保で支えられています。中間程度では自衛隊がしっかりいる。北京にとっては自衛隊の存在はすごく嫌ですから」

(注1)わが国に対する外部からの武力攻撃や核・生物・化学兵器テロが発生した場合、内閣総理大臣が国会の承認(緊急時には事後承認)を得て命ずる自衛隊の出動のこと。

「現場では海上保安庁が365日間もう必死で頑張っている。北京はおそらく、それをぶち破って尖閣を取りに来ても得なことはまったくありません」

「大きな前提は、日本は今やっていることに隙を作ってはいけません。防衛出動が出るのが遅いとか、グレーゾーンがあるとかについては早急に改善すべきです」

「しかし、今すぐ尖閣に何かあるかというと、それはないんだと思います。隙を見せたら別ですが」

「中国から見て一番重要なのは、中国軍が自由に太平洋に出ることができるということなんです。軍事的な、それを確保する。台湾海峡もありますが、北米航路とかも考えたときにね、沖縄・南西諸島のどこかを通らないといけません」

「これは彼らにとっては非常に大きなバイタル・インタレスト(絶対的利益、注2)なんです。海軍と空軍が太平洋に自由に出られないということは、最後に米国に事を構えるときに、彼らの動きが自由にならないということですから」

(注2)死活的利益(survival interest)、絶対的利益(vital interest)、主要利益(major interest)、外辺的利益(peripheral interest)

「本当に中国が軍事戦略、国益、最終的に米国との対決を意識したときに本当に取っておかないといけないのは、マストで言うと沖縄から西の南西諸島なんです(注3)。ところが尖閣にフォーカスを当てすぎるとソッチの方がお留守になる」

(注3)平成26年版防衛白書でみても、日本周辺海域での中国の活動は沖縄から西の南西諸島に集中している。

平成26年版防衛白書より
平成26年版防衛白書より

「中国にとってはそこを絶対に確保しないと米国と最終的に事を構えるための態勢がとれないわけです。これが中国にとって大きな軍事的な目的でもありますし、ある意味、国益ですよね」

「ある人達は尖閣のまわりに油があるじゃないか、ガスがあるじゃないか、と言いますよね。これはよくわかりません。仮にあったとしても日中が対立している間というのは開発できません」

「長期的に自分のものにするというのであれば良いのかもしれませんが、それは日本が頑張って取られないようにすれば良いのであって、日中が100%、完全に和解しない限り、どちらも開発できないんです」

「そこに国の運命をかけるほどの話かということで言えば、行ってすぐに開発できて日本の経済が変わるぐらい油が出れば別ですよ。それは国益です。(しかし、そうではないので)基本的には今の押したり退いたりがずっと続くということです」

「中国もいろいろとやってきています。彼らは現場で先鋭的な対立、領海侵犯はやっています。飛行機の脅しが毎日起きるんだったら別ですよ。しかし時々、がーんとやる話です」

「それは冷戦時代はいつも起きていた話です。米ソの間でも、極東では日本とソ連の間でもありました。あまり尖閣を特別に出して報道するより、もう少しグローバルに南西諸島の価値は何かとか、常に見る必要があります」

「尖閣から目を離したり隙を作ったりするとやられますから、尖閣では数隻ずつのホワイトシップ、中国も日本もホワイトシップですよね、コストガード(海上保安機関)の船が睨み合っています」

「両方とも自衛隊も中国海軍も現場には一切姿を現しません。一つもミリタリークライシスはない。この(ホワイトシップ同士の)押し引きについては絶対負けてはいけませんが」

「365日現場でしっかりやれる態勢を作って。中国の戦闘機はそんなに沖に出てこられませんから、哨戒機とか偵察機が飛んで来るんです。それはお互いに公海上の空を飛んでいる話ですから、そんなに目くじらを立てる話ではないということです」

「今の状況というのは昨日と一昨日とそんなに変わりません。数隻の中国のコストガードと日本の海上保安庁が睨み合って、時々、向こうが領海というのを主張するために領海侵犯をしてくるということです」

――中国は太平洋に自由に出ていくために、シーコントロール(sea control、海上支配)を確立するということでしょうか

「中国のA2/AD(接近阻止・領域拒否)、中国は弱者の戦略としてディナイ(deny、拒否)なんです。コントロールするとなると(相手と)ほぼ同じ兵力がいります。勝たないといけませんから。ディナイというのは少数兵力をうまく使って相手を払うんです」

「とにかく相手に(領域を)自由に使わせない。中国はシーコントロールというより米国をディナイする、当面は。しかし、米国をディナイするというのは結構、大変です」

「中国は北海艦隊、東海艦隊、南海艦隊、地理的に重要なんで3つの艦隊を集中させることができません。一部(を集中させること)はありますが、全部がどこかに集まるということはできません」

「ディナイをするために米国に出血を強いる。ディナイというのは基本的にはやられたらダメですから。自分たちの損害を軽くするという中で、どうするか」

「A2/ADというコンセプトが正しいかどうかの検証をしなければなりません。サーティフィケーション(証明)を。今、その下訓練をやっています。まだそこまでのレベルに行っていませんから、質、量ともに」

――中国が意図するA2/ADの範囲は

「遠ければ遠いほど良いということです。一般論で言うと、彼らが兵力を展開する点から言うと、原子力潜水艦はハワイと小笠原列島のちょっと中間線まで行きますよ。小笠原列島と沖縄列島線の間ぐらいに原潜と普通の潜水艦、だんだん普通の潜水艦になります」

「最後は沖縄列島のところで通常型潜水艦を置くんです。水上部隊とか中型爆撃機についていうと相当、フィリピンと沖縄に近いところ。だから自由に通ってオペレーションをするには、どうしてもそこがいる、南西諸島がいるわけです」

「実際にやるかどうかは別にして、それをできる能力がいるということです。彼らも米国と戦争をしたいわけではありません。その能力を作るということは、ワシントンは躊躇するわけです、なんぼ5条だ、5条(注4)だと言っても、自分たち(米国)の出血が多くなるわけですから」

(注4)日米安全保障条約第5条 両国の日本における、いずれか一方に対する攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであるという位置づけを確認し、憲法や手続きに従い共通の危険に対処するように行動することを宣言している。

「それは決して同盟のクレディビリティ(credibility、信頼度)を下げるというわけではありませんが、やはり、自然災害と違って、相手のあることです」

「中国は別に事を構えずに、ディナイというのは別のところから足払いをかければいいわけですから、このやり取りをずっと見たときに、米国も非常に困るわけです。5条の発動、条約の義務としても、どいうので行くのかということは、エアシーバトル(注5)がその回答なんでしょうけれども」

(注5)エアシーバトル構想は、顕在化してきた中国の「接近阻止・領域拒否」の脅威に対抗し、グローバルコモンズ(公海などの国際公共財)における行動の自由を獲得し、維持するための理念を示している。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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