Yahoo!ニュース

世界大学ランキング(2)「オカネを出さずにランクだけ上げるのは難しい」元三重大学学長

木村正人在英国際ジャーナリスト

データを駆使し、日本の学術論文数の停滞ぶりとその原因を自らのブログで報告し、衝撃を広げた元三重大学学長、前国立大学財務・経営センター理事長で、鈴鹿医療科学大学の豊田長康学長を電話で直撃した。

まず、日本の論文数カーブをご覧いただきたい。理系でさえ、目を覆うような停滞が続いている。グラフは豊田学長の了解を得て、「何度見ても衝撃的な日本のお家芸の論文数カーブ(7月12日)」より転載した。

画像
画像

豊田学長は経済協力開発機構(OECD)などのデータを詳細に分析した結果、次のような結果を導き出した。

この10年間、政府支出研究開発資金→公的大学研究開発資金→大学研究開発人件費→大学研究開発従事者数→通常論文数→高注目度論文数という本流を太くした海外諸国に対して、その流れを停滞・狭小化することしかできなかった日本は、学術論文数でみる限り、他諸国に圧倒される形で研究競争力を低下させてしまったのである。

この経験から学ぶべきことは、研究従事者数の停滞・減少によるマイナスを、競争的環境、評価制度、選択と集中(重点化)政策の強化によってカバーすることは困難であるということである。

――選択と集中をせずにパイを増やすことは可能なのでしょうか

豊田学長「パイを大きくしないと、日本の大学はどんどん追い越されていきます。海外の大学は何だかんだ言ってもオカネをかけています。日本は残念ながら10年余前から財政が苦しくなり、大学への予算を増やせなくなった。徐々に減らしていって選択と集中をやって、一部の大学は何とか機能を保っているわけだけれども、それにしてもじわじわと下がってきています」

――パイを増やすにはいくつか方法があります。公的資金や企業からの出資を増やすことなどが考えられますが

「企業からの出資に大きく頼ることは日本ではなかなか難しいと思います。欧州では公的な研究資金が増えています。それに伴って学術論文数も増えています。日本も何らかの形でそれをしないといけないのですが、オカネがありません。どうしたらいいのかということになります」

「世界の大学ランキングに影響するファクターというと、いくつかあります。グローバル化もそうですが、学術論文数というのも評価の一つに入っています。グロバール化から始めようと、一部の大学にだけ若干のオカネを出した、そういう段階だと思います」

「日本の国というのはOECD諸国の中で、高等教育費については対GDP(国内総生産)でとると最低の公的資金しか投入していない。OECD諸国の半分しか出していない。研究費も同じなんです。最低です。人口当たり、GDP比で最低のオカネしか出さずに、世界の大学ランキングだけを上げようというのは難しいと思います」

――国際化を進めるため、外国人教員を増やして、留学生を増やして、共著論文数を増やして、選択と集中を進めても根本的な解決にはならないということですね

「個人的にはそう考えているわけです。選択と集中をした大学はランキングが上がるかもしれない。他の大学を犠牲にするということなので。国全体としての学術論文数や日本全体の留学生数を考えた場合、選択と集中だけでは国際競争はできないと思います。全体の底上げをしないと、どうしようもないのかなと思います」

「底上げをする工夫は、国の財政が苦しい状況でもいくつかあると僕は思っています。例えば研究という面をとったら、国立大学全体の研究力を高めるためには何をしたらいいかと言いますと、一番、学術論文数と相関するのは、『研究者の数掛ける研究時間』です。もちろん研究者の優秀さも関係しますが」

「優秀な研究者の数をそろえても研究時間を与えないと、論文にはつながらないわけです。それをやらないことにはどうしようもありません。それが日本の場合、海外の大学に比べると小さいんです。倍に増やしたいわけです」

「学術論文数もOECD諸国の平均の半分ぐらいしかありません。スイスとかは人口当たりにするとすごい論文数を出しています。GDPも高いし。少なくともドイツや台湾を目指すんだったら倍に増やさないといけません。韓国にも追い抜かれているわけです」

「そのためには『研究者の数掛ける研究時間』を倍にする。研究時間を考慮に入れた研究者の数をFTE教員数と言いますが、倍にしようと思ったら、国立大学だけで単純に計算したら10万人増やさないといけないことになります」

「いろんな雑用が増えたりして、研究時間が減っている教員がいっぱいいます。研究環境を整えてやるというのも一つです。オカネを出してFTE教員数を増やすには、1人年間500万円として、5千億円で10万人分を増やせます。研究者だけではなくて研究を含めて、その手当てを何とかすればいい」

「5千億円の財源をどこからか持ってくればいいわけです。例えば極端な試行実験なんですが、国立大学の学部教育を一切やめて大学院大学にして研究ばかりしてもらうと10万人増えたことに勘定ではなるわけです」

「学部教育は私学にお任せするとか、現実的にはそうした極端なことはできません。地方大学では学部教育がないと地域の振興とか再生とか人口減少を食い止められません。イメージとしては国立大学の教員に学部教育を全部止めてもらえれば、学術論文数では海外のOECD諸国に対抗できるぐらいになります。単純計算ではね」

「今、国立大学に入っている運営費交付金が1兆円です。1兆円の半分が教育費で、半分が研究費と大まかには考えられます。1兆円をすべて研究費に回すというイメージでも良いわけです。研究者の人件費として」

「研究業績、学術論文数でいうと、それぐらいのことをやらないと海外には対抗できません。大学の研究費は50%弱、あとは原子力とか宇宙とか政府機関に行っています」

「それも重要なのでなかなか減らしにくいのですが、そういうのを削って大学に回せば、学術論文数はもっと増えます。政府機関はオカネ当たりの論文数が少ないわけです。巨額を投じても論文数は少ない。ただし、国家の戦略的には大事な面があるわけですが」

「そういうところから持ってくるとか、学部教育は私学にしていただくとか、国立大学の授業料を値上げするとか、いろんな財源を工夫しなければなりません。民間企業からオカネを持ってくるというのも大切です」

「『研究者の数掛ける研究時間』を増やさないと海外には対抗できないというのが僕の持論です」

――大学の国際化についてはどうお考えですか。単純に外国人教員を半数に増やすだけでいいのでしょうか

「国際化はとても大事です。当然のことです。少なくとも国立大学全体でがんがんやらないといけません。大学の構成員の半数を外国人教員にするだけではなくて、本当を言うと、半数に変えたって、『研究者の数掛ける研究時間』は増えません」

「外国人教員を余分にどんどん増やしていくんだったら良いんです。授業は全部英語でやるとか。例えば香港中文大学に随分前に行きましたが、授業は全部英語でやっています。彼らは香港大学にライバル意識を持っています。病院なんかで患者さんとの会話だけ中国語で、それぐらい思い切った教育をやっていました」

「三重大学の学長時代に中国の天津師範大学と学部レベルのダブルディグリープログラムを立ち上げました。全国でも学部レベルは非常に珍しかった。中国から毎年20人留学してきて、天津の方で2年半ぐらい日本語を勉強して、後半2年半、三重大学の教育学部で日本語で授業を受けて学位をとるというプログラムでした」

「ところが国の大学の政策で、教育学部の縮小する方針を決めてしまったため、プログラムは終わりました。教育学部を縮小する政策がどんどん進められてしまいました」

――全体のパイを増やさないといけないということですか

「パイを増やすと言っても日本の人口は減少していくわけですから、無闇に増やすわけにはいきません。人口当たり、GDP当たりで海外と対抗できるようにしないとダメです。OECD諸国の平均の半分なのに、何とかランキングを上げようとしているわけでしょ」

「土台、最初から無理なことを政府も国民もやらせようとしている。国民はその実態を知りません」

――大学の独立行政法人化以降、学術論文数が減ったという指摘がありますが

「正確には停滞しているのですが、海外は右肩上がりで増加しているので、比較すると減少しているわけです。独法化と国立大学の予算削減ということは官僚は別だと説明するわけです」

――外から見ると相関関係があるように見えます

「定員削減というのは実は独法になる前から徐々に進められています。論文数の上昇数も独法化の前から徐々に減っているところが多い。独法化になって運営費交付金の一部削減があって、各大学は削減に応じて教員数を減らしていった大学の論文数は減ります」

「その削減を何とか切り抜けた大学、民間資金を導入したり、いろんな工夫で、給与を削減して教員数を減らさなかったりした大学とかは何とか維持しているかもしれません。しかし、一般的には人を減らしていきますから、少なくとも停滞して、海外との大学との差がどんどん広がります」

「独法化は競争原理を高めてみんなの尻を叩いて頑張れと、そういう余地があるところは予算削減のマイナス分を頑張りでカバーできるような大学、学部、研究分野もあります」

「成長余地がある、研究者1人当たりの論文数を増やせる余地があるかどうか、ある部分は多少伸びたかもしれないけれど、限界までやっているところは予算を減らされ、人を減らされたらそれに応じて論文数が減ります」

「そういう状況がおきました。全体として予算が減って、論文数が減っている状態で選択と集中をやると、集中されたところは良いんですが、ところが、経済学で収穫低減の法則というのがあります」

「どんどん投資をやっていくと最初はそれに比例して、成果も上がるけれども、投資し過ぎるとだんだんカーブが寝てきますよね。選択と集中されたところは最初は良いかもしれませんが、あまり集中させすぎると今度は研究者当たりの論文数というのが寝てくるわけです。削られたところはガタガタになってくる」

「研究費投入当たりの生産性という観点からみると、多少は良いのかもしれませんが、集中させすぎると日本全体の論文数は低下します。生産性が低下し、国際競争力が低下します。そういう現象が起こりつつあるのかなというのをブログで訴えているわけです」

「先立つモノはオカネ。カネで何をするかといえば人を増やさないといけない。建物をいくら建てたって論文数は増えません。人を増やして研究時間を増やす。ここに投資しなければなりません」

「原子力の高い加速器とか、宇宙にべらぼうなカネを使うよりも、人を増やして研究時間を増やした方が大学の競争力は上がるわけです。地方を再生しようと思ったら、地方に点在している国立大学はせっかくの資産なので、そこにがーんと人をつけて地方の企業とか自治体とか地方の問題解決のための大学院を倍増、倍の規模で充実すべきではないのか、と思います」

「そうすると地方は元気になります。人口減少にも多少は効果があるかもしれない。5千億円を投資するわけです。特に地域企業との研究に貢献してくれる研究者を5千億円分増やす」

「GDPの増加ということで税収で5千億円分ぐらい回収できる可能性があります。大学への予算を出費と考えずに、投資をして回収するというパラダイムシフトが必要だと思います」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事