【スコットランド独立投票】あなたなら家を出ていこうとする妻にどんな言葉をかけますか?
もし、妻が離婚を決意して家を出ていこうとしているとき、あなたならどうするだろうか。
(1)「家を出て行ったら、お前には何も渡さない。世の中は景気も良くないし、満足な仕事もないぞ。とんでもない貧困生活を送ることになる。それでも良いのか」と不安をあおる。
(2)「今度、最高級レストランに連れて行って、高級ブランドのハンドバッグを買ってやるから、どうか考えなおしてくれ」となだめる。
(3)「僕は君のことをずっと愛している。君なしの人生なんて考えられない。心から愛している」と「アイ・ラブ・ユー」の言葉をかける。
結婚とは愛情か、それとも打算なのか。300年前にイングランドと「結婚」したスコットランドの独立問題も、まさに愛情と打算が問われている。
保守党のキャメロン首相は完全に戦略を誤ったと集中砲火を浴びている。住民投票で「独立」「自治権の拡大」「残留」という3つの選択肢を示したスコットランド自治政府のサモンド首相に対して、キャメロン首相は2012年10月のエディンバラ合意で「独立」か「残留」かの二者択一を突きつけた。
スコットランドの本音は「自治権の拡大」で「独立」ではないと読んで逃げ道を断つ作戦に出たが、逆にサモンド氏とスコットランドの住民を「独立」の方に駆り立ててしまった。
保守党の下院議員はスコットランド(定数59)には1人しかいない。キャメロン首相はできるだけ住民投票のキャンペーンに介入せず、独立反対派の活動をスコットランド出身の労働党・ダーリング前財務相に任せてきた。
スコットランドでは労働党の方が保守党より圧倒的に支持者が多いためだ。しかし、ダーリング氏のコミュニケーション能力には以前から大きな問題があった。
リーマン・ショックが弾ける前の2008年8月、財務相だったダーリング氏は英紙ガーディアンとのインタビューに応じ、「英国経済は過去60年間で恐らく最悪の下降局面に直面している」と発言、世間を驚愕させたエピソードは有名だ。
ダーリング氏は絵に描いたように実直な人で、まさに金融の大収縮がこれから起きようかというときに、馬鹿正直にも本当のことを語ってしまったのだ。
これに対して、サモンド氏は海千山千のタヌキおやじ。
独立賛成派の圧倒的な勢いに押されてようやく保守党、労働党、自由民主党の3党首が腰を上げた。キャメロン首相は15日、今にも泣きそうになりながら、「やり直しはきかない。この住民投票は一度きりの決断だ」と訴えた。
スコットランド出身の労働党・ブラウン前首相も16日、「もし、スコットランド民族党(SNP)が今のままではスコットランドのNHS(公営医療制度)を守れないというのなら、私たち労働党が代わりにスコットランドのNHSを守ってみせる」と力説した。
キャメロン、ミリバンド、クレッグの3党首は16日、スコットランドの「自治権の拡大」を誓約した。主要3政党の戦略は(1)不安をあおる「脅し戦略」から(2)モノで釣る「なだめ戦略」に転換したわけだ。
「今回の住民投票では、資産の分割や通貨のことばかりが語られ、本当に大切な言葉が語られていない。今、家の玄関を開けて出ていこうとしている妻にかける言葉は『アイ・ラブ・ユー』しかない」
こんなロマンチックなセリフを言ってくれるのは保守党のローリー・スチュアート下院議員だ。選挙区はスコットランドとの境界にある。スチュアート氏は7月から「境界を手で結ぼう」とスコットランド南部の村グレトナに石を積むキャンペーンを始めた。
目標は10万個の石を積んで、独立に「NO」を表明するモニュメントを築くことだ。15日までに350トン、7万5千個の石が積み上げられた。
ロンドンの外国特派員協会(FPA)で記者会見したスチュアート議員に、スコットランドのアイデンティティーについて尋ねてみた。
「SNPはグリーン・エネルギーとかグローバリゼーション、社会正義について語り、進歩的なイメージを前面に出していますが、背後に隠されたメッセージはスコットランドは他のイングランド、ウェールズ、北アイルランドより優れているということです」
「スコットランド住民以外の92%の英国国民を排除すれば、スコットランドが抱える問題をすべて解決できると言っているのです。しかし、スコットランドのNHS、教育、租税、住宅手当を改善するのに独立が必要なわけではありません」
「先祖代々受け継がれた市民的価値観、つまり民族の中にある政治的な違いがイングランドとの間にはある、イングランド人は外国人嫌いで右寄り、進歩的ではないと主張しています。そのために小さな国をつくろうというわけです」
「これに代わるアイデンティティーはより多様性に富んだ豊かな英国らしさと思うのです」
グローバリゼーションの進展が国民国家の枠組みをあいまいにし、アイデンティティーを国家よりも民族に求めるようになってきた。
スペインからの分離独立を求めるバスク地方、カタルーニャ自治州、ベルギー北部のオランダ語圏フランデレンに加えて、多民族の中国、ロシアでもスコットランドの独立ムードに感化されて民族の血が沸き立っている。
日本の沖縄も例外ではないようだ。
「もっと地方はしたたかです。生きていく方法を一生懸命考えています」と語るのは『自己決定権をめぐる政治学―デンマーク領グリーンランドにおける「対外的自治」』の著者、高橋美野梨・北海道大学学振特別研究員だ。
グリーンランドもスコットランドも、そして沖縄も基地問題を抱えている。「グローバリゼーションが進む中でローカリゼーションが高まっているととらえることもできます」
高橋さんは「ナショナリズム」の代わりに「リージョナル(地域の)・アイデンティティー」という言葉を強調した。国家という枠組みの中で、リージョナルな自治の度合いを高めるために、地方はしたたかにカードをちらつかせながら中央の譲歩を迫る。
確かにSNPのサモンド党首も当初は「自治権の拡大」のカードを懐に忍ばせ、英国通貨ポンドと国家元首の保持、スコットランドからの核ミサイル搭載型原子力潜水艦の立ち退きを求めていた。
夫(キャメロン首相)は完全に妻(サモンド氏)の気持ちを読み誤った。もし、スコットランド独立賛成派が過半数を占めたら、日本はそこからどんな教訓を学ぶのか。
もし、沖縄が本気で独立を考え始めたら、あなたならどんな言葉を選ぶだろう。(1)「不安をあおる戦略」か(2)「なだめる戦略」か、それとも心から愛の言葉を贈るのか。
(おわり)