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ブラフができないオバマ ウクライナ停戦はプーチンの勝利 ロシアと欧米の持久戦始まる

木村正人在英国際ジャーナリスト

英誌エコノミスト電子版に、米国のオバマ大統領がロシアのプーチン大統領と、おそらくイスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」の指導者がポーカーゲームをしている風刺画が掲載された。

オバマ大統領はポーカーフェイスだが、カードを反対側に持ち、自分の手の内をさらけ出しているので吹き出してしまった。オバマ大統領のポーカーの腕前は相当なものだそうだが、かなり良い手でないとブラフはかけないそうだ。

相手が掛け金を上げてきたときは、自分が強い手でない限り下りてしまうと同誌は報じている。その堅実さが裏目に出て、クリミア編入に続くウクライナ危機の第2ラウンドもプーチン大統領が勝利した。

旧ソ連国家保安委員会(KGB)育ちのプーチン大統領は地政学ポーカーに長じている。

英国・ウェールズで北大西洋条約機構(NATO)首脳会議がロシアに対する抑止力を強化する「即応行動計画」を決めた5日、ウクライナ政府と親露派武装集団が停戦に合意した。

ウクライナ危機ではすでに2600人以上が犠牲になっている。停戦はプーチン大統領が示した行動計画を双方が受け入れて成立したもので、ウクライナに展開するロシア軍の撤退には触れられていない。

一時はウクライナ軍が親ロシア派武装集団を制圧しかけたが、なりふり構わぬロシア軍の介入で形勢は逆転。今回の停戦はロシア軍介入の拡大を恐れるウクライナのポロシェンコ大統領の不安心理につけ込み、不安定化した現状を固定化するという意味ではプーチン大統領の軍事的・外交的勝利と言える。

グルジアのアブハジア自治共和国、南オセチア、モルドバのドニエストル共和国でのロシア系住民による分離独立は既成事実化している。プーチン大統領の戦略は、旧ソ連諸国を不安定化させ、ロシア系住民の居住地域を「属国化」することだ。

ロシアのあからさまな軍事介入でウクライナ政府は北大西洋条約機構(NATO)加盟を強くにじませるが、現実的には、ウクライナ東部に親露派武装集団による支配地域を抱えたままでは加盟は難しい。

元駐モスクワ英国大使(1995~2000年)のアンドリュー・ウッド氏も筆者に「ウクライナはロシアの圧力を受け、NATOの保護を求めているが、実際にNATOに加盟するとなると長い道のりが待ち受ける」との見方を示す。

短期的にみると、プーチン大統領は勝利した。では、オバマ大統領はどんなポーカーゲームを演じるのか。オバマ大統領は後部座席から欧州に行動を促している。

国防費をこれ以上削減するのはすぐに止め、NATOの目標である国内総生産(GDP)の2%を目指すことを求めた。ロシアの脅威に対する即応部隊の強化。フランスにはミストラル級強襲揚陸艦2隻のロシアへの売却を凍結させた。ロシアの外堀を埋める制裁を強化。ウクライナに対して非殺傷装備を供与することでも一致した。

「イスラム国」の脅威に対処するため、米国、英国、フランス、ドイツ、カナダ、トルコ、イタリア、ポーランド、デンマーク、オーストラリアの10カ国で有志連合に関する会議を開いた。

オバマ大統領が容易に腰を上げないことで、プーチン大統領の強気戦略は奏功しているが、欧州が重い腰を上げざるを得なくなってきた。しかも、ウクライナ危機で1000億~2000億ドルの資金がロシアから逃避している。

英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のOrysia Lutsevych女史(ウクライナ出身)は筆者に「長期的にはプーチン大統領は敗北している。ソ連時代に時計の針を巻き戻そうとしても、そうはいかない」と断言する。

前出のウッド元大使は「確かにロシア国内でプーチン大統領を支持する声は強いが、別の角度から質問すると世論調査の答えは違ってくる。ロシアの経済と法の支配はどんどん後退している」と語る。

オバマ大統領がプーチン大統領とのポーカーに勝とうと思ったら、西側諸国の結束を固めて、持久戦に持ち込む覚悟が必要だ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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