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搦め手、けたぐり、なんでもありの国際政治「力づくの現状変更」は止められるか NATO首脳会議

木村正人在英国際ジャーナリスト

ハイブリッド型の脅威

北大西洋条約機構(NATO)首脳会議が9月4、5の両日、英国・ウェールズで開かれる。最大の焦点は、ウクライナ危機で浮き彫りになったサイバー攻撃、プロパガンダ戦争、民兵組織と覆面部隊の連携、武器供与、経済的圧力を総動員する「ハイブリッド型の脅威」にどう対応するか、である。

2008年の世界金融危機で欧米諸国の衰退が明らかになり、資源国ロシア、世界第2の経済大国になった中国が台頭した。オバマ米大統領が「米国は世界の警察官ではない」と宣言し、シリア軍事介入を見送ったことから、中東、ウクライナ、南シナ海・東シナ海は一気に不安定化した。

冷戦終結で、NATOは旧ユーゴ内戦からアフガニスタンへと域外の「遠征任務」に軸足を移してきた。関与政策によってロシアや中国が欧米主導の国際的枠組みに参加するという幻想があったからだ。しかし、米国経済に陰りが見え始めると、「国家の本質は、民族と国土にあり」という19~20世紀型の地政学が頭をもたげ始めた。

ロシアのプーチン大統領は「偉大なるロシアを復活させる」という意思を示し、中国の習近平国家主席は「中華民族の偉大な復興」を掲げ、アヘン戦争(1840~42年)以前の栄光を取り戻そうという「中国の夢」に突き進む。

21世紀は「第三次大戦」の勃発という非常に大きなリスクをはらんでいる。

NATOにとって、すでに顕在化しているリスクは、(1)クリミアを編入し、ウクライナへの介入を強めるロシア(2)シリアとイラクで急速に勢力を拡大するイスラム教スンニ派の過激派「イスラム国」――の2つだ。

米誌フォーリン・ポリシー電子版は、「イスラム国」のシリア北部の拠点で、ペスト菌など生物兵器の製造手順や実験方法の文書が保存されたパソコンが見つかったと報じている。

NATOの課題は国防費を増やすこと

防衛省防衛研究所の鶴岡路人・主任研究員は東京財団のユーラシア情報ネットワークに「NATOはどこへ向かうのか」と題して寄稿している。

「(NATO首脳会議の)結論を先取りすれば、第一に、クリミア型の『ハイブリッド』な脅威に対して、どのように抑止を機能させるかは、NATOにおける集団防衛として、同盟国への安心供与以上に困難な問題になっている」

「第二に、ロシアを見据えた集団防衛の優先度が上昇したとしても、イラクやアフガニスタン、さらにはアジアを含めたその他の地域の安全保障問題からもNATOは逃れることができない現実が存在する」

オバマ大統領はカナダのハーパー首相との電話会談で「国防費を増やすことで合意することがNATO首脳会議の最優先課題だ」と強調。米国家安全保障会議(NSC)のカプチャン欧州上級部長は記者団に、NATO首脳会議で「イスラム国」への対処も話し合われることを明らかにした。

筆者作成
筆者作成

NATO加盟国で国防費を国内総生産(GDP)の2%にするという目標をクリアしているのは米国と英国、ギリシャ、エストニアの4カ国だけ。しかし、その英国でさえ、2017年までに2%を下回り、1.9%になるという予測が発表された。ちなみに、日本は中国の急激な軍拡を目の当たりにしながら、「防衛費はGDPの1%」という自制を守っている。

集団防衛への原点回帰

オバマ大統領にしてみれば「これからアジア太平洋が忙しくなるから、そろそろ欧州のことは欧州でできるようになってほしい」というのが本音だろう。NATO域内の領土防衛と抑止力の強化を米国に求める前に、まず自分のところの国防費を増やせというわけだ。

「イスラム国」について、米国と「特別な関係」にある英国は来年5月に予定される総選挙を控え、地上部隊の投入は否定しながらも、空爆の余地は残している。テロ対策としての軍事介入には、各国で利害が異なるため、NATO首脳会議で意見の一致がみられるかどうかは非常に微妙な情勢だ。

NATO首脳会議では「原点回帰」ともいえる集団防衛と抑止力を強化するため、英国、デンマーク、バルト三国、ノルウェー、オランダの7カ国が中心になって最低でも1万人規模の「即応部隊」を創設することで合意する見通しだ。

プーチン大統領は泥沼状態

クリミアを編入したロシアのプーチン大統領の意図についてはいろいろな見方があるが、「泥縄式」というか「泥沼状態」に陥り、関与を強めざるを得なくなっているのではないか。

ロシア国内の強硬意見に押されて、プーチン大統領に「退く」という選択肢は残されていないのが現実だ。

親露派のヤヌコビッチ政権が崩壊し、ロシアにとって軍事的要衝であるクリミア編入を強行。ウクライナを不安定化させるため親露派武装勢力を支援しているうちに、予期しない民間航空機撃墜事件が発生。ウクライナ軍による親露派武装勢力の制圧作戦が優勢になると、見境もなく軍事介入する。

ロシア軍がウクライナに侵攻したことを示す衛星写真(NATO発表)
ロシア軍がウクライナに侵攻したことを示す衛星写真(NATO発表)

これまで、サイバー攻撃、プロパガンダ、経済的圧力、民兵組織と連携するなど「グレー・ゾーン」で狡猾に作戦を展開してきたプーチン大統領だが、あからさまなロシア軍の軍事介入で完全に「越えてはならない一線」を越えてしまった。NATOや欧州連合(EU)加盟国による経済制裁が強化されるのは必至だろう。

前出の鶴岡主任研究員はこうも指摘している。

「今日直面しているのは、ロシアの正規軍による正面からの侵攻ではなく、クリミアで見られたような、そもそもロシア政府がどのように関与しているのかさえ明確ではない非正規軍、ないし、国籍を明かさない謎の部隊――『little green men』と揶揄されている――による侵入や、現地のロシア系住民やそれに関連した武装勢力の扇動である。(略)これらは、軍事、外交のみならず、情報や経済的手段を駆使した『ハイブリッド』型の脅威であり、ロシアによる隣国の不安定化作戦である。日本で『グレー・ゾーン』として関心の高まっている事態とも共通点がある」

中国の持ち札

東シナ海の尖閣諸島をめぐり、日本への圧力を強める中国の持ち札は多い。

(1)靖国など歴史問題で日本は軍国主義化していると批判

(2)いろいろな中国の国内法を駆使した日本企業への圧力

(3)レアアースなど希少資源の輸出規制などによる揺さぶり

(4)漁船や海洋資源開発、公船を使った既成事実の積み上げ

(5)サイバー空間を使ったスパイ活動と、妨害活動の準備

(6)宇宙空間での妨害・破壊工作の準備

(7)メディアを使った情報操作

――など、数え上げたら切りがない。

安倍晋三首相は今年5月、訪欧し、NATO国別パートナーシップ協力計画(IPCP)に署名した。北大西洋理事会での演説で「国連憲章に掲げられた、自由、民主主義、人権、法の支配」を強調。「現在のウクライナ情勢は、冷戦後の欧州にとって最大の挑戦といえる。『力による現状変更』を許してはならない。これはアジアにも影響を与えるグローバルな問題だ」と訴えた。

安倍首相が第1期政権でNATOを訪問したときは「コンタクト諸国」だった日本も「世界におけるパートナー」に格上げされた。日本はアフガニスタン支援をはじめ、海賊対策を含む海上安全保障やサイバー攻撃への対処などでNATOとの連携を強めていく方針だ。

安倍首相の第13回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)での基調講演が好評だったのは、「法の支配」という普遍的な価値を繰り返し訴えたからだ。これは「パブリック・ディプロマシー」の成功例だった。

「グレー・ゾーン」を利用したハイブリッド型脅威に対処するためには、限定的な集団的自衛権の行使容認と、尖閣諸島に関する日米間の緊急事態対処計画の策定が不可欠だが、それと同様に大切なのが、日本、いや安倍政権が国内外に向けて発するメッセージである。

転換点となる9月3日の内閣改造

ロシアや中国と同じように、日本も「国家の本質は、民族と国土にあり」という19~20世紀型の地政学の歌をうたうのか。それとも21世紀を切り開く普遍的なナラティブ(物語)を掲げるのか。

日本が、中国と同じように「19~20世紀型の地政学」にとらわれたら、アジア太平洋は高い確率で戦争に突入するだろう。安倍首相が愛国的な物語を語れば語るほど、国内での求心力は一時的には増すかもしれない。しかし、その結末は先の大戦がもたらした惨禍を見れば明らかだ。

中国が「グレー・ゾーン」を利用したハイブリッド型攻撃を発動した場合、日本の国内世論が動揺するのは避けられない。そのときナショナリズムの高揚を抑制できなければ、リスクは否応がなく高まるだろう。

日本はすでに従軍慰安婦問題をめぐり、政治もメディアも冷静さを失い、国内世論は不安定化し始めている。政治家の中に、理性より感情に左右される人が増えているからだ。安倍首相が、こういう人たちを重用すれば、安保政策を審議する障害になり、結局は政権の足を引っ張ることになる。

英紙フィナンシャル・タイムズのHenny Sender記者は「的外すアベノミクス」という記事の中で、「安倍氏は未来より過去にこだわる政治家だ」と指摘し、「過去に解決策を求めるのは常に危険なことだ」と警鐘を鳴らしている。

アベノミクスは結局、政権をとるための手段であり、安倍首相のこだわりは「靖国」であり「慰安婦」だ、と国際市場がみなせば、アベノミクスには厳しい逆風が吹き付けるだろう。

9月3日の内閣改造は、日本とアジア太平洋の21世紀を占う意味で歴史的な転換点となる。燃え盛るナショナリズムを押さえ込み、非常事態にも冷静に、かつ現実的に判断できる内閣ができることを祈らずにはいられない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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