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BBC大井真理子さん「歴史教育」大炎上の真相 インタビュー(下)

木村正人在英国際ジャーナリスト

大炎上してしまった「私が経験した日本の歴史教育」の真相などについて、英BBC放送のニュース・レポーター、大井真理子さん(シンガポール在住)にスカイプで直撃インタビューした。

――英国と日本では、歴史や文化をはじめ、女性の地位が違うような気がします

大井真理子さん(大井さん提供)
大井真理子さん(大井さん提供)

「東京都議会のヤジ問題で、会社の同僚に『こういうことは日本で起こりうるのか』と番組で質問されました。先程も言いましたが、驚きだけど、驚かないというのが感想でした。そういう人がいても、というのは何となくわかるような気がしました」

「日本の外資系で働いているとき、外国人の女性記者には米国人なのに日本語がうまいねと盛り上がっているのに、『真理子、酒』というような感じでした。学校とかでもいろいろ見てきました」

「本人はそれが性差別とも思ってないだろうし、あそこまで問題になると考えないで発言していると思います。悪気もなくて、本当に無意識なんだろうなと思いました」

「私自身、良妻賢母を育てるような女子高に通っていて、同級生の中には専業主婦になった子もいるし、弁護士になって弁護士と結婚して家庭に入った子もいます。こんなに優秀な女性がいっぱいいるのにもったいないなと思っていました」

「自分で選んで専業主婦なら良いんですが、そこに何かプレッシャーがあるなら、もったいないなと思います。あの人たちのタレントをもっと使えば、日本の経済にもプラスになる。男社会の中で育った女性の中にも、仕事より育児を選択すべきという意識があります」

「自分も昔は専業主婦になると思っていました。それが私の役目だと中学・高校と思っていました。高校に入るときに、将来の夢はと校長先生に聞かれて、『玉の輿結婚』と答えて、先生方に覚えられているぐらいです。オーストラリアに留学して、ジャーナリストになりたいと思うようになりました」

「あのまま日本にいたら、それ(良妻賢母)が当たり前だと思って育っていたはずです。いろんな意味で社会に組み込まれているのではと思いますが、ちょっとずつ、人によって意見は変わってきていると思います」

「逆にシンガポールに来て、すごく思うんですが、日本の女性の方がやはり強いですよね。会社やめて起業してバリバリやっている女性もいます。1人でも切り開いている女性も増えていると思います」

――そもそも個人に対するリスペクトが違うような気がします

「BBCで働き始めたころ、日本人であることで不利に感じたりとか、外国人に囲まれて仕事することで居づらかったりすることはないですかとほぼ毎回インタビューで日本の人に聞かれました。最初は質問に非常に驚きました」

「シンガポールのオフィスは、ここは国連というほどいろんな言語が飛び交っていて、同じ国籍の人が1人、2人いたっけというぐらいです。そんなことはまったく考えたことはありませんでした」

「逆に日本の会社だったら、外国人の人が日本語をペラペラ話せていたとしても、いろいろとあるんだろうなと初めて感じました。それが私には驚きでした」

――2012年11月にBBCのサイトで発表した「日本の最後の忍者」のオンライン記事は1日で全世界の100万人近く、13年3月に発表した「私が経験した日本の歴史教育」は100万人を突破しました

「歴史教育については昔から書きたいと思っていました。オンライン記事のページビューが最初の1日で100万人を超えたこともあってラジオのドキュメンタリーをつくろうということになりました」

「中国中央電視台CCTVの中国人記者と私が2人で中国と日本を訪れて、それぞれの国を紹介するということで2週間一緒に旅しました。今年2月に発表しました」

「中国人記者とは同い年で、彼女も私と同じように海外で教育を受けていましたが、意見が根本的に違いました。正直なところ旅の途中で、もうあり得ないということがしょっちゅう、ありました」

――「私が経験した日本の歴史教育」に対する日本の一部からの反応に戸惑われましたか?

「南京とか慰安婦問題というのは誰が書いても炎上するというのはわかっていましたが、記事そのものに対する批判的なコメントは少なかったように思います」

「難しいですよね。私はシンガポールに6年住んでいて、華僑の人もたくさん殺されていて、人口比から考えた場合、南京と比較にならないくらいの人が死んでいます」

「私は歴史に非常に興味があったので、シンガポールで日本兵が行ったことはわかっていました。こちらの日本人の方と話していると、そんなに知らないなと感じます」

「留学先のオーストラリアも先の大戦で日本と戦いましたが、ホームステイ先の方と話していて自分の無知を知りました。シンガポールに来てからも日本の若者はあまり知らないなと思いました」

「これでいいのかなと思っていて、中国で反日デモが起きたとき、どうしてシンガポールの人たちは日本に友好的なのかと思い、それを調べました」

「おじさんが日本兵に殺された方の取材をしていて、その方がおっしゃったのは、1960年代、70年代までは反日感情というのはあった、自分の父親もセイコーの時計なんて間違っても買いたくないという気持ちがあったということです」

「シンガポールは1965年にマレーシアから分離独立、70年代、80年代になって、あと数年で自立できるかどうかという状況になりました」

「そんな時に日本の政府や企業なりが投資しますよと言っているのに、昔のことを蒸し返すよりも、投資してもらうのが当たり前の道だった。だからと言って反日感情がまったくなかったというわけではないと思います」

「非常に興味があったのは中国の反日教育です。シンガポールで育った子供たちは歴史教育の中で過去の出来事を学びはするんです。私が南京の博物館(南京大虐殺紀念館)に行った時に、ここまで日本は悪魔だ、悪だ、悪だと書かれていて、これでは前に進めないとすごく思いました」

「そういうふうに感じる被害者の方たちがいるからそういうふうに書いていると言われるかもしれません。しかし、シンガポールの子供たちは、日本は過去に悪いこともしたが、その後、日本とはいい関係が持てたと感じています」

「中国の反日教育を調べたかったのです。CCTVの女性記者とは、おそらく歴史について話さなければ非常に良い友達にもなれた人だと思います。正直なところ、ここできっと私たちが話しあえば何かわかりあえると思って始めたプロジェクトでしたが、壁の高さというか、厚さに自分でも驚いて終了してしまったプロジェクトでした」

「彼女はまったく反日教育は受けていないと言って、漫画も読んでいたし、日本が好きだったと言うんですが、やっぱり話をしていると、それこそ日本政府が昔、謝罪したことを知らない、毛沢東の時に日本に賠償金は要らないと言ったことも知らない」

「政府開発援助(ODA)として中国に投資されていることも知らない。海外で教育も受けているすごく優秀な子なのに、小・中・高の教育ではまったく学ばないんだなと思いました」

「あなたのところの政治家が靖国に行くから腹が立つんだというのが彼女の意見だったんですね。日本の歴史教育は完璧じゃないと思うから記事を書いたんですが、すごく私が感じたのは、共産主義国家で教育を受けるとオフィシャルな歴史以外の意見を持っている人間に会ったことがないみたいでした」

「日本に来て歴史家の先生と話をしていると途中で泣き出してしまったり、すごく感情的になってしまったりするのを見ていて、ある意味では、日本で教育を受けてよかったという結果になってしまいました」

「天安門事件についても『て』の字も言わないし、文化大革命についても、普通にご飯を食べている時でも、お酒が入る席でも一言も語りません」

「ゲストの方が、結局、中国の反日教育は、天安門事件のあとに中国共産党に対する批判が高まったために、日本を共通の敵に、みたいにして始まったんでしょうと言っても、『私はそれには同意できません。』という感じで話が進まない」

「議論がしたくて、話をしたくて一緒にやろうとなったはずなのに、実際には、彼女が母国に帰って仕事をするときにそういうことをBBCで言ってしまったらというのが、おそらくあったんだと思います」

「彼女は靖国神社にも入りませんでした。表面上は似ている、いろんなことがシェアできる人だったのに、やはり、90年代の教育の成果が私であったり、彼女であったりするわけで、ここまで違うんだなということを痛感してしまいました」

「最後の日にプロデューサーが『2週間前と今とで日中関係が改善する希望はどれだけあるか』と聞かれて、2人そろって『うーん』みたいな、余計、悲観的になりました。ノー・ハッピー・エンディングになってしまいました」

「日中の場合は根幹の民主主義とか共産主義とか、学問の自由がないとか、そういうところで議論にならない、改善の余地がない、悲観的です、というのも嫌でした。学生なり若者なりのレベルで、お友達同士で話をするのが日中間の関係を改善するのに一番良いことだとは思うんですが、実際に尋ねてみると、戦争の話は避けるという返事でした」

「実際に私が中国人の同僚と面と向かって話をしたことがあるかというと、こういう仕事をしているからすることはあっても、普通の仕事だったら、美味しい料理の話をしている方が無難ということになってしまう」

「中国政府にもいろんな目論見があるだろうし、日本政府にもあるだろうし。そこにまかせておくのは恐ろしい気もしますが、一般レベルで何かできるんですかというと、一緒に話をして議論をしたら解決するというのは楽観的すぎたかなというのは自分でも思いました」

――今後の夢はありますか?

「2020年の東京五輪はやりたいです。また、シンガポールでの出産経験を活かして、出産やチャイルドケア、教育のコストを世界的に比較してみたいですね。現場での中継とか取材をもっとやりたいですね」

大井真理子(おおい・まりこ)

BBCニュース・レポーター。BBCワールドニュースの日本人初のレポーターとして情報番組「ニュースデイ」や「アジアビジネスレポート」などに出演。東日本大震災や尖閣問題の取材も担当。

慶応大学環境情報学部入学。オーストラリアのRMIT大学ジャーナリズム学部に留学。2004年、米国のロイター通信でインターン。05年、日本のブルームバーグテレビジョンにプロデューサーとして入社。06年12月、BBCワールドニュースのシンガポール支局に入局する。

(編集後記、木村正人)大井さんがこれからどのように成長していくか、非常に楽しみだ。日本メディアでもどんどん元気な女性記者が育ってほしい。彼女の歴史認識については、まったくその通りだと思う。日本は加害の歴史について知る責任、学ぶ責任がある。しかし、それだけで日中、日韓関係が改善すると考えるのはナイーブだ。タンゴは1人では踊れないからだ。彼女が日本のゴールデンタイムに報道番組のメーンキャスターとして登場する日が来ることを心待ちにしている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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