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「首相は靖国には行かない」高村発言をどう見る

木村正人在英国際ジャーナリスト

自民党の高村正彦副総裁が5月に訪中した際、中国側要人に「安倍晋三首相はもう靖国神社には行かないと思う」と伝えていたことを13日、共同通信の取材に明かした。

中国側は日中首脳会談の条件として(1)安倍首相がもう靖国神社に参拝しないことを約束する(2)沖縄・尖閣諸島の国有化を取り消す(3)尖閣をめぐって領土問題が存在することを日本側が認める――の3点を要求しているとされる。

高村氏は5月、超党派の日中友好議員連盟会長として訪中、中国共産党序列3位の張徳江全国人民代表大会常務委員長と会談した際、「安倍首相も習近平国家主席も『戦略的互恵関係』を取りもどしたいと考えている」と述べ、日中首脳会談の実現を持ちかけた。

共同通信によると、この際、高村氏は「首脳会談が実現し、日中関係が進展すれば首相が靖国神社に行くことはないと思う」との見解を示したという。

中国は、安倍政権が集団的自衛権の行使を限定的に認める憲法解釈変更を閣議決定したことに反発しているが、これは「靖国」「尖閣」に比べると核心問題ではない。国連安全保障理事会で「内政不干渉」原則を主張する中国の立場と矛盾するからだ。

「靖国」は中国から見れば、国交を正常化した1972年の日中共同声明で、日本側は「過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」と言っているのに、A級戦犯が祀られている靖国神社を首相が参拝するのは約束違反という理屈になる。

「尖閣」についても「棚上げ」することで合意していたのに、「国有化」して一方的に現状を変更したのは日本の方だと主張している。いずれも当時の日中政府の間でどんなやり取りがあったのか定かではないが、「靖国」と「尖閣」は中国にとって譲れない一線であるのは間違いない。

日本の選択としては大きく分けて(1)中国の意向は無視して我が道を行く(2)中国と折り合えるところを見出す――の2つある。高村氏の発言は、11月に北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議での日中首脳会談の実現を改めて提案したものだ。

2012年9月の尖閣国有化後、日中首脳会談は途絶えてしまっている。安倍首相が靖国参拝をやめたとしても、尖閣の国有化は元に戻すのが難しい。新党「次世代の党」結党に動いている石原慎太郎元東京都知事がぶち上げた尖閣購入は日中間の抜けないクサビになっている。

毎日新聞に自民党副総裁・高村正彦氏と熊本県立大学理事長・五百旗頭真氏の対談が掲載された。

五百旗頭氏「一番望ましいのは、日本は靖国参拝をせず、中国も尖閣沖合での領海侵犯のような挑発を控え、そういう問題は先送りすることで、トップの了解ができることだと思います(略)」

高村氏「首相は第1次政権の時、しっかり器量を見せたんじゃないですかね。政権発足後、最初に中国を訪問し、戦略的互恵関係を提唱した。両国が戦略的互恵関係に立ち戻り関係が進展していけば、私は参拝はしないと思う」

五百旗頭氏の「中国も尖閣沖合での領海侵犯のような挑発を控え(る)」という見方は、ロンドンで行われている国際議論を聞いている限り、非常に甘いと言わざるを得ない。中国はすでに東シナ海の領土問題を台湾やチベットと同様、核心的利益と位置づけている。尖閣は中国の領土というわけだ。その主権が侵害されれば、軍事力の行使も辞さないという方針を明確にしている。

南シナ海で進行している中国の漸進的拡張主義を見ればわかるように軍事衝突を巧妙に避けながら現状変更を少しずつ積み重ね、不法占拠の既成事実化を図るのが中国の手口だ。尖閣がこの例外と考えるのはお人好しすぎる。

だから、日米同盟に基づき米国が「尖閣防衛」義務を明言したことに伴う限定的な集団的自衛権の行使容認は避けては通れない。

憲法解釈変更の閣議決定を乗り越え、自公連立の安倍政権は安定期に入っている。習近平主席が安倍首相との首脳会談を拒み続けるのなら、衆院の任期満了まで約4年半も日中首脳会談は開かれないことになる。小泉純一郎首相時代の「政冷経熱」が安倍政権になって「政冷経冷」になるのは、日中両国にとってあまりにもまずい。

しかし、日中関係改善のカギを握るのは安倍首相ではなく、あくまで習近平国家主席なのだ。新著『Still Ours to Lead』を上梓した米シンクタンク、ブルッキングス研究所のブルース・ジョーンズ上級研究員は「中国の同盟国は北朝鮮とカンボジアだけだ」と指摘した。

英紙フィナンシャル・タイムズの国際コラムニスト、ギデオン・ラクマン氏は「米国は60カ国以上と軍事パートナーシップを結んでいるのに、ロシアは8カ国の同盟国、中国は1カ国しかない」という米プリンストン大学のジョン・アイケンベリー教授の言葉を紹介している。

中国の同盟国である北朝鮮の金正恩第1書記は習近平国家主席から叱責され、頼みの石油も止められたと報じられる中、拉致問題の解決を条件に安倍首相に急接近している。

トウ小平氏の遺訓である「韜光養晦(とうこうようかい)」の平和台頭路線を転換したとたん、国際社会で急激に孤立する習近平主席はどう動くのだろう。

中国は日本の動きに合わせてではなく、中国の論理で動いてくる。中国経済は外資を必要とする段階ではなくなりつつあり、日中間の「政冷経冷」に拍車がかかりかねない。人民元の国際化が急激に進めば、日本の存在価値はさらに急降下するだろう。

2013年7~8月、外務省は米国における対日世論調査を実施。「アジアにおける米国のパートナーは」という質問に対して、18歳以上の1千人を対象とした「一般の部」では39%が中国と答え、日本は35%。指導的立場にある201名を対象とした「有識者の部」では2010年以降、中国という回答が日本を上回っている。(下のグラフ)

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安倍首相は尖閣防衛を固める一方で、日本経済を立て直し、日本との友好が中国にとって不可欠と思わせる必要がある。靖国参拝は封印した方が良い。安倍首相の靖国参拝で国内の右派は喝采を叫んでも、国際社会は冷静に日本の動向を見ている。日本国内のナショナリズムが無用に高まれば将来、外交・安全保障をめぐる安倍首相自らの選択肢をしばってしまう危険性が大きくなる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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