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サッカーW杯が浮き彫りにする日本的限界

木村正人在英国際ジャーナリスト

サッカーは魂の表現手段だ

サッカーのW杯ブラジル大会で、日本は、前半ギリシャのカツラニスがイエローカード2枚で退場となったが、11対10の数的優位を生かせず、痛恨のドロー。

米国の統計家ネイト・シルバー氏のニュースブログ「FiveThirtyEight」の予測では、日本が最終戦コロンビアに勝つ確率は12%、決勝トーナメント進出を果たす確率は4.2%まで小さくなった。

初戦と第2戦とも日本サポーターにとっては「もやもや感」が増幅する結果となってしまった。

しかし、これは、英イングランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドとイタリア・セリエAのACミランでプレーする香川真司、本田圭佑両選手が以前から陥っている「もやもや感」とまったく同じ性質のものだ。

日本サッカーは明らかに壁にぶつかっている。踊り場感があると言った方が適当かもしれない。

日本がダメになったというより世界のサッカーが飛躍的に進歩したのだ。それは前回優勝国のスペインが第一次リーグで早々と敗退したことが如実に物語っている。

初戦コートジボワールのボランチは、イングランド・プレミアリーグで「動き回るタンス(重戦車と言ったほうが適当)」の異名をとるヤヤ・トゥーレ。プレミアでは無敵のMFだ。

FWジェルヴィーニョはアーセナル時代、日本代表DFの吉田麻也選手を手球にとった。ウィルフリード・ボニーもプレミアのスウォンジー・シティAFCで存在感を見せるFWだ。

そして衰えたとはいえ、コートジボワールの至宝ディディエ・ドログバ。2010年の大統領選をめぐる軍事衝突で3千人以上が死んだ際は「国民和解」を訴えた。英BBC放送に出演するたび「大統領になるつもり」と冷やかされているが、ドログバは「僕はサッカー選手だよ」と答えている。

彼らにとってサッカーは「国民和解」の表現手段でもあるのだ。これに対して、日本代表が今大会を通じて、世界や日本に対し、いったい何を伝えようとしているのかまったく伝わってこない。

システム、テクニック、フィジカル三位一体の時代

テクニックとフィジカルに秀でたコートジボワールは完全に欧州型システムを体得している。これが前半途中から日本を封じ込めた最大の要因だ。

第2戦では、10人に減ったギリシャの守備的システムが完全に機能していた。ゴールキーパーを含め10人が一定の距離を保ちながら、網の目の中に日本選手をとらえていた。

ギリシャ代表は、どのぐらいの網の目の大きさなら日本選手が自由にプレーできないかを知り尽くしているかのようだった。

これに対して、日本は不用意に足の長いクサビのパスを入れ、逆にボールを奪われてカウンターのチャンスを与えるなど、とても戦略的に戦えているとは言えなかった。

イングランド・プレミアリーグやセリエAでの香川選手や本田選手のプレーをTV観戦していても、ポジショニングが悪くて、チームのシステムにまったくフィットしていないと感じられる。

これが筆者の目から見た「もやもや感」の最大の原因だ。

ギリシャ戦でも、日本代表イレブンが描く全体的な網の目はとてもキレイとは言えなかった。

今回の日本代表には田中マルクス闘莉王選手のような精神的な要がない。だからチームとして踏ん張りがきかないようにも感じられる。

メディアはもっとサッカーを論じよう

日本サッカーはメキシコ五輪銅メダル組の創意と工夫で劇的に向上した。少年サッカーが浸透し、日本選手のボールさばきは世界トップレベルに近づいている。かつては想像もできなかったW杯出場も当たり前になりつつある。

しかし、その一方で、香川選手も本田選手も世界のトップリーグで明らかに壁にぶつかっている。フリーでボールを持ったときの技術は通じても、オフ・ザ・ボール(ボールを持っていないときのポジショニング)の動きや、速さ、持久力では残念ながら欧州リーグのトッププレーヤーに見劣りする。

この2年、日本メディアは香川選手が試合に出るか否か、活躍したかどうかだけを熱心に報じてきた。

日本とプレミアのクラブ運営の違い、サッカーの近代化、選手の指導法について、どれだけ詳細に分析してきたのだろうか。売れてナンボの世界だから、メディアはどうしても「自国中心主義」「日本至上主義」に陥りがちだ。

日本サッカーの壁はそんなところにも帰因している。日本代表だけの責任ではない。

日本サッカーの変革はひょっとすると、国際サッカー連盟(FIFA)マスターを取得した元日本代表主将の宮本恒靖さんや香川選手、本田選手の世代が指導者になるまで待たないといけないのかも――と思わせる。

激変する世界のパラダイム

グローバリゼーションでサッカーのパラダイムは完全に変わった。システムの欧州、テクニックの南米、フィジカルのアフリカは完全に融合した。欧州リーグは完全にそのハブになっている。

サッカーも間違いなくビック・データの時代に突入している。それぞれの選手が選択するプレーも豊富なデータを使って、かなりの確率で予測できる時代である。

そしてグローバリゼーションの中で、サッカーはその国の勢いとかたちを見事なまでに映し出すようになった。

政治は多文化主義を否定しているのに「多文化」化するドイツ・サッカー。新興国として急成長しながらも、内在的な矛盾を膨らませるブラジル・サッカー。イングランド・サッカーの衰退(イングランド選手は暑さと湿気が大の苦手)。

日本は自分たちのナショナル・アイデンティティ―をもっと強烈に発信する方法を見出すべきだ。日本の得意分野であるハイテクやデータ・サイエンスをどこまでサッカーの現場に生かせているのだろう。

世界の一線でプレーする香川選手や本田選手がぶつかっている壁を「チーム日本」のレベルで分析し、少年サッカーの指導やJリーグのユース育成、その頂点に立つ日本代表に生かしていく必要がある。

そのためには日本サポーターもメディアも進化しなければならない。残すは強敵コロンビア。一縷の望みに賭ける日本代表をロンドンから思いっ切り応援したい。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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