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安倍外交「大車輪」TPPも日・EUのEPAも前進【安倍首相訪欧】

木村正人在英国際ジャーナリスト

日本の貿易額の50%近くをFTAでカバー

日本と米国の環太平洋連携協定(TPP)、日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)を両睨みにする「地球儀を俯瞰(ふかん)する安倍外交」が大車輪で回転している。

ロイター通信が5日、EUの本部があるブリュッセル発で伝えたところによると、EUは「日本の市場開放への取り組みに概ね満足」しており、交渉を継続する見通しだそうだ。

TPPの日米協議も大詰めを迎えており、待ちに待った経済政策アベノミクス第三の矢「成長戦略」も前に動き出した。国際競争に身をおくことで日本は否応なしに構造改革を迫られる。

TPPと日本・EUのEPAがダブルで締結されれば、日本の「経済領土」は一気に拡大、日本の貿易額の50%近くが自由貿易協定(FTA)でカバーされることになる。

日本は4月、オーストラリアとEPAで合意、焦点だった豪州産牛肉の関税を現在の38.5%から少しずつ下げて冷凍は18年目に19.5%、冷蔵も15年目に23.5%にする内容で合意した。

TPPの日米協議では、米国は牛肉関税について原則撤廃から9%以下に、豚肉(1キログラム約65円以下)の関税482円を当初のゼロから50円以下まで容認する譲歩案を提示したとされる。

これに対して、日本は、牛肉関税は20%前後に、豚肉関税は100円に下げることを検討すると伝えたが、両者の隔たりは大きかった。

先の日米首脳会談でもまとまらず、安倍晋三首相とオバマ米大統領は「交渉を加速化させ、早期にTPP交渉全体を妥結させるよう」担当閣僚に発破を掛けた。

米通商代表部(USTR)のフロマン代表が1日、米上院財政委員会の公聴会で、TPPの日米協議について「重要なヤマを越えた」と発言。

これについて、日本側が豚肉関税を短期間で120円程度に下げたあと、10年以上かけて段階的に「50円」に圧縮、牛肉関税も10年以上かけて9%に引き下げる案で調整に入っていると報じられた。

甘利明TPP担当相は5日、重要農産品や自動車の関税交渉について「まだ最終的な数字について決着しているわけではない」と慎重を期したが、TPP協議が大詰めを迎えているのは間違いない。

最終ハードルは11月の米中間選挙。選挙結果を受けて、オバマ大統領が交渉内容の一任を受ける「貿易促進権限」法案を米議会で成立させられるかどうか。

2015年締結目指すEPA

TPP日米協議の進展は、日本・EUのEPA交渉の追い風にもなる。

欧州歴訪中の安倍晋三首相は、英国のキャメロン首相との首脳会談で2015年中に大筋合意に達するとの目標で一致。初めて「2015年」という期限を掲げた。

「EPAの早期締結に向けた協力を確認」「EPAが2015年にも締結できればいい」(メルケル独首相)

「EPA交渉の継続、さらなる進展を支持。早期締結に向けて両国間で協力」(ポルトガルのコエリョ首相)

「EPA交渉の早期妥結は必要」(スペインのラホイ首相)

安倍首相は5日、フランスのオランド大統領との会談でも「可能な限り早期の締結を目指す」ことで一致した。7日には日本・EU定期首脳協議が行われる。

日本・EUのEPA交渉について、EUの行政執行機関、欧州委員会はこれまでの協議を踏まえて報告書をまとめ、EU加盟各国が6月に交渉継続の是非を判断する予定だ。

昨年4月に始まったEPA交渉を、日本製自動車とEU産ワインの関税撤廃の取引と考えるのは間違いだ。EUは自動車などの関税を引き下げる見返りに、公共調達、サービス、投資など非関税障壁の撤廃を求めている。

日本は31項目の「非関税障壁解消ロードマップ」を着実に履行し、焦点だった鉄道分野でも、欧州委員会は、日本の対応を評価していると報じられたばかり。

安倍首相の再登板で首相官邸の機能が強化され、これまで省庁間の調整がつかなかった日本のFTA戦略も大きく動き始めた。日本の外交は安全保障だけでなく、経済でも完全に軌道に乗り始めた。

惨めだった2010年ブリュッセル

2010年10月のブリュッセルを思い出す。日本は本当に惨めだった。尖閣諸島周辺での中国漁船衝突事件を受け、民主党の菅直人首相は泥縄式にアジア欧州会議(ASEM)首脳会議に出席。

中国の温家宝首相は財政危機のギリシャで国債の買い増しを表明するなどEU支援を表明。ASEM首脳会議開会式で「世界の経済成長、金融システム改革などでアジアと欧州の協力は欠かせない」とアピールした。

菅首相は温首相と「約25分間会談」。菅首相は通訳と2人でワーキングディナーに出席後、廊下で会った温首相とイスに座って尖閣問題を話したという。

「雑談」のような状態で領土問題を協議するお粗末さだった。

一方、韓国の李明博大統領は、EUとのFTAに正式署名し、誇らしげに見えた。忙しそうに働く韓国代表団に比べ、日本の代表団はすることもなく、所在なさげだった。

台頭する中国と元気な韓国。日本の「落日」を実感した。

韓国のFTA戦略

これまでのところ、アベノミクス最大の誤算は、円安になっても輸出量が増えず、逆に原発が再稼働できずエネルギー輸入が急増して逆に貿易赤字が膨らんでしまったことだろう。円高とデフレで日本の産業構造は一変してしまった。

その一因として、電化製品や自動車の輸出で日本と競合する韓国のFTA戦略を無視できない。韓国・EUのFTA締結で、薄型テレビで14%、自動車で10%のEU関税は段階的に撤廃されている。

FTAが締結されると、それまでFTA非参加国(日本)がFTA参加国(EU)との間で行っていた貿易や投資が、他のFTA参加国(韓国)に奪われてしまう恐れがある。

現実にEU市場では韓国製品がシェアを伸ばし、日本製品の存在感は薄れてしまった。韓国は一気呵成にFTA戦略を進めている。

チリ(04年発効)

シンガポール(06年発効)

EFTA(06年発効)

ASEAN(07~09年発効)

インドCEPA(10年発効)

EU(11年暫定発効)

ペルー(11年発効)

米国(12年発効)

トルコ(13年発効)

農産品かソニーか

農林水産業の調査研究を行う農林中金総合研究所によると、12年12月当時で、日本の農産物の平均関税率は 11.7%。米国5.5%より高いが、EU19.5%、韓国62.2%、スイス51.1%、インド124.3%などの国に比べるとそれほど高くない。

しかし、こんにゃく1700%、コメ778%、砂糖328%、バター360%、小麦252%に加えて、牛肉38.5%、オレンジ40~20%、加工用トマト20%も高く設定されている。

食料自給率、農業保護という問題は大事だ。しかし、「メイド・イン・ジャパン」の象徴だったソニーの14年3月期の赤字1300億円(米国会計基準)のニュースはもっと衝撃的だ。

このまま重要農産品や岩盤規制を守り続けて、メガFTAという大潮流に乗り遅れると、日本製品は事実上、世界市場から閉めだされてしまう恐れがある。

農業保護には高級農産品の輸出を含む競争力強化など別の対応方法があるはずだ。FTA戦略の遅れをどこまで取り戻せるか、安倍外交には一段のスピードが求められる。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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