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安倍首相とメルケル首相の同床異夢【欧州歴訪 日独首脳会談】

木村正人在英国際ジャーナリスト

欧州歴訪中の安倍晋三首相は30日、ベルリンでメルケル独首相と会談した。最大のポイントはウクライナや沖縄・尖閣諸島を念頭に「軍事力を背景にした一方的な現状変更は許容できない」という共通したメッセージを出せるかどうかだった。

現地からの報道によると、安倍首相は記者会見で、ウクライナ南部クリミア編入に関して「力を背景とした現状変更の試みは容認できない」との認識でメルケル首相と一致したと述べた。日独首脳はウクライナ情勢が悪化すれば対ロシア制裁を強化することでも合意した。

この認識に尖閣が含まれると考えるのは拡大解釈になるかもしれない。

両首脳は外務、防衛当局の局長級による日独間の安全保障対話を定期化することでも一致した。 

ロシアと歩調を合わせることが多い中国の習近平国家主席と商談はできても、法の支配と民主主義に基づく国際秩序について語り合う相手が誰なのか、メルケル首相も悟ったに違いない。

習主席ではない。その相手は、ドイツ・メディアがアベノミクス、歴史問題、原発で批判してやまない安倍首相なのだ。

ロシアのプーチン大統領がウクライナのクリミアを編入した問題などをめぐる安倍首相とメルケル首相の立場は同じように微妙だ。「対決色」を打ち出したいオバマ米大統領に比べ、2人ともプーチン大統領には融和的にアプローチしなければならないお家事情がある。

北方領土問題を抱える日本はロシアと対立すると、返還交渉が進まなくなる。プーチン大統領をコーナーに追い込んで習主席と結託されると目も当てられない。日本―中国―ロシアの三角関係は非常に危ういバランスの上に成り立っている。

メドベージェフ前大統領の国後島訪問は日本にとっては最悪だった。狡猾な外交術に長けたKGB出身のプーチン大統領はそれほど愚かではないが、いつでも切れる「北方領土カード」を持っていることを日本は忘れるわけにはいかない。

日本政府が29日、ロシア政府関係者ら計23人への査証発給を当面停止するという追加制裁を発表したところ、ロシア外務省は「反応がないままには済まされない」と猛反発している。

旧東ドイツの監視社会で育ったメルケル首相は体質的にプーチン大統領とは相容れない。プーチン大統領が首脳会談に同席させる犬も大の苦手。幼いころ犬に噛まれた記憶があるからだ。ロシア国内の人権状況にも深刻な懸念を示している。

しかし、ドイツはロシアの天然ガス、石油を輸入し、ロシアはドイツの機械、自動車、電気エンジニアリングを輸入するなど、両国経済は共存共栄という以上に、もはや切っても切り離せない関係になっている。

欧州連合(EU)に比べて、米国の対ロシア貿易はそれほど大きくない。オバマ大統領が国内世論に押されて、声高に制裁強化を叫ぶ背景にはそんな事情もある。それに比べ、まだ景気回復が弱いEUが対ロシア制裁を強化すれば両刃の剣になる恐れがある。

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メルケル首相のキリスト教民主同盟(CDU)と大連立を組む社会民主党(SPD)のシュレーダー前首相は4月7日、サンクトペテルブルクで70歳の誕生日を祝った。隣には、クリミア編入で国際的な非難を浴びているプーチン大統領が並んでいた。

シュレーダー前首相がロシア国営天然ガス・石油会社ガスプロムが所有するパイプライン会社ノルド・ストリームの株主委員会の議長を務めていることは有名だ。

前首相という地位を利用して私腹をこやす西側政治家の典型だが、メルケル首相はこうした癒着を苦々しく思っている。

しかし、SPDは党首のブラント首相が冷戦下に進めた1970年代の「東方(西ドイツとソ連の関係を改善する)政策」がその後のベルリンの壁崩壊と東西ドイツ統一の下地になったことを誇りにしている。

だからプーチン大統領とも関係を強化して、ロシア国内からの改革を促すべきだと考えている。ロシアは極東の開発に力を注いでいるが、地政学上、欧州とは一体の関係にある。

「ロシアへの制裁は状況を悪くするだけだ。それよりもウクライナへの支援を」と訴えたのはハンガリー出身の著名投資家ジョージ・ソロス氏だが、ウクライナでの暴力停止や武装勢力の武装解除を呼びかける「ジュネーブ合意」は完全に崩壊した。

プーチン大統領がいとも簡単にジュネーブ合意を踏みにじったため、「必要なら、さらなる制裁強化も辞さない」と安倍首相とメルケル首相も表明せざるを得なくなった。

プーチン大統領はクリミアばかりか、ロシア系住民が多いウクライナ東部にも触手を伸ばそうとしている。絶対に避けなければいけない最悪シナリオは旧ユーゴスラビア諸国が崩壊する過程で起きた血で血を洗う民族対立が起きることだ。

「制裁」か「対話」かの二者択一ではなく、「制裁」はプーチン大統領に「対話」とジュネーブ合意の実行を促すものでなければならない。

プーチン大統領はすでに敗北している。海外からの直接投資はストップ、ロシア国債は投資不適格寸前まで引き下げられ、止まらない資金逃避にロシア中央銀行は予想外の金利引き上げに追い込まれた。

シリアのアサド政権を支援し、ウクライナのクリミア編入を強行、東部でも親ロ派の暴走を容認したことでプーチン大統領は一見、外交的な勝利を収めているように見えるが、実は「政治的な不良債権」を抱え込んでしまったのだ。

旧ソ連諸国のウクライナやグルジアを北大西洋条約機構(NATO)の枠組みに組み込むのは難しい。しかし、プーチン大統領の面子を立てる形でEUとロシアが協力してウクライナの経済発展を支援することは十分に可能だ。

プーチン大統領に柔軟路線への転換を促すのは、強硬な国内世論が気になるオバマ大統領ではなく、ロシアと利害関係が重なるメルケル首相と安倍首相の役回りだろう。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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