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日本が進むべき道は 戦争の真実と和解(21)完結編

木村正人在英国際ジャーナリスト

ケリー米国務長官は13日、ソウルで開かれた韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相との共同記者会見で、「歴史より現実の利益を優先させ、関係を前進させるのは日韓両国にかかっている」と改めて両国に関係改善を求めた。

4月に予定されるオバマ米大統領の日本と韓国訪問までに、日本政府は3月下旬にオランダで開かれる核安全保障サミットを利用して日韓首脳会談を改めて呼び掛けるとみられている。

北朝鮮の核・ミサイル脅威を封じ込めるには、日米韓の結束は不可欠だ。もちろん、一方的に防空識別圏(ADIZ)を設定した中国への牽制もある。

米国は、東シナ海や南シナ海で威圧行動を続けて地域の緊張を高める中国を抑制する「対中オバマ・ドクトリン」を発表。その直後から、安倍晋三首相の靖国神社参拝で極度に悪化した日韓関係改善の「仲介役」として動き出した。

ケリー長官が言う通り「歴史より現実の利益を優先する」ことが何より大切だ。「日米同盟を強化し、尖閣をめぐって中国と衝突することを避ける」ことが日本の国益にも世界の利益にもかなっている。

「世界の火薬庫」にたとえられるほど尖閣をめぐる緊張が高まっているのに、安倍首相は自らの政治信条と心情を優先させ靖国神社を参拝。安倍首相に近いNHKの籾井勝人会長と百田尚樹経営委員の歴史問題をめぐる不規則発言が相次いだ。

在日米国大使館だけでなく世界中の「失望」が、安倍首相の経済政策アベノミクスの失速にも顕著に現れている。政治関係の悪化はいずれ日韓、日中間の経済関係に波及する恐れは十分にある。

歴史問題をめぐる日本の選択肢は大きくわけて2つある。

(1)日本を破滅に導いた「大東亜戦争史観」に固執して、世界の声には耳を傾けず、日本国内の一部にしか通じない論理をふりかざす。

安倍政権は一時的には強硬世論の支持を得ることができるかもしれないが、それによって生じる外交・安全保障上、経済的な不利益は日本人全体が被ることになる。

尖閣が火をふいて資本逃避が起きれば、日本経済は完全に崩壊する。経常収支が2010年代後半には赤字化するとみられている日本経済は膨大な金融資産が命綱だ。

地政学リスクを緩和するのが日本の国益なのに、安倍首相は自分の都合で緊張をあおっているように海外からは見える。

(2)植民地支配、従軍慰安婦などの歴史を直視して、日韓の和解努力を放棄しない。これからますます独断的に行動するとみられる中国との衝突を回避しながら、「拡張主義がもたらすのは破滅だ」と中国に自制を促す。そのためには戦後、日本が積み重ねてきた政府談話、天皇陛下のお言葉を揺るがせないことだ。

永瀬隆さんの捕虜収容所時代を演じた石田淡朗さん(筆者撮影)
永瀬隆さんの捕虜収容所時代を演じた石田淡朗さん(筆者撮影)

日英戦後和解がテーマになっている映画『The Railway Man』(邦題はレイルウェイ 運命の旅路、日本では4月上映)をきっかけに書き始めたこのシリーズ。

憲兵隊通訳、永瀬隆さん(故人)の捕虜収容所時代を演じた日本人男優、石田淡朗さん(26)と偶然、ロンドンでお会いした。

1600年に設立され、19世紀半ばまでにインド全域を支配下に置いた東インド会社の名を引き継ぐロンドンの食品専門店「東インド会社ロンドン」で1月22日、日本の漆器や陶器、現代照明を紹介する「美BEAUTY OF JAPAN」のレセプションが開かれたので出席した。

日本と英国とインドという組み合わせに歴史の奇妙な縁を感じていると、目の前に石田さんが現れた。石田さんはロンドンを拠点に活躍されている国際派俳優だ。

筆者「映画観ましたよ。『Lomax. You will tell us(ロマックス、しゃべるんだ)』という台詞、迫力がありました」

ついつい旧知の間柄のように話しかけてしまった。石田さんとは初対面であることに気づき、「すみません。映画やインターネットで石田さんのことを知っていたので、声をかけてしまいました」と名刺を渡した。

『The Railway Man』の舞台は1942~43年、旧日本軍が戦争捕虜、東南アジアの労務者に建設させた泰麺鉄道。海上輸送の危険を避け、タイからビルマ戦線に物資を輸送する補給ルートだった。

マラリア、赤痢、熱帯潰瘍、コレラが発生する高温多湿の密林地帯で強行された突貫工事は白人捕虜だけで約1万2400人の死者を出した。

捕虜には日常的に暴力が加えられ、満足な食事も建設道具も与えられなかった。「死の鉄道」として泰緬鉄道は旧日本軍の残虐行為の象徴となった。

これも何かの縁である。『The Railway Man』の見どころについて石田さんにおうかがいした。石田さんはこう話した。

「映画はかなり深刻な内容ですが、日本人、英国人、オーストラリア人、タイ人のキャスト、スタッフが非常に仲良く仕事をしました。過去をみんな知った上で、関わりあったからだと思います」

「21世紀、国際社会と言われていますが、現在ばかりを見るのではなくて、自分たちの間で何があったのか、悪いことも良いことも知っていることがやはり大事だと感じました」

「それに対して罪悪感にさいなまれたり、感傷的になったりする必要はないと思いますが、知っていることがすごく大事だと思います」

「知った上で本当に腹を割って、信頼関係を築いて、新しいものを創りだしていけると思う。そのところを是非、観ていただけたらと思います」

「日本でも英国でも泰緬鉄道の歴史というのは学校でも習わないし、みんな知らないと思います。日本人としては最初、映画を観たときはかなりショックを感じるかもしれません」

「映画の間にそのショックを乗り越えて、その先にある和解、そして和解の先につながる未来というものまで感じ取っていただけたらなと思っています」

日本では、慰安婦問題は「どこの国にもあった」、「南京大虐殺はなかった」などという「居直り史観」がインターネットを通じて急速に広がっているように感じられる。

日本人の大半が大戦中、海外で起きていたことを知らされず、戦後は復興に専念した。中国は共産主義の中に閉じこもり、韓国も民主化が進むまで歴史問題を封印してきた。

その意味で、日韓・日中間の歴史認識は冷戦終結とともに本格化した新しい問題といえる。日本では「加害の歴史」に目を閉ざし、島国であるがゆえに、そうした被害を体験した人に会う機会にも恵まれなかった。

否定のしようがない事実を突き付けられたとき、人間は初めて過去を直視する大切さに気づかされる。それが世代を超えた和解の第一歩となるが、不幸にも中国の軍備増強と拡張主義で東アジアには地政学の力学がうず巻いている。

ロンドンで行われている国際議論に耳を傾けていると、日本がやらなければならないことは3つあると強く感じる。

(1)日米同盟の強化

国家安全保障会議(日本版NSC)と特定秘密保護法は日米同盟の強化には欠かせない。特定秘密保護法は説明と準備が不足していたため強い反対にあったが、守るべき秘密のない国家はそもそも存在し得ない。

集団的自衛権の限定的行使容認も喫緊の課題である。尖閣の警備について海上保安庁と自衛隊の活動がスムーズに連動できる緊急事態のシナリオを共有し、法整備をしておく必要がある。中国に尖閣を不法占拠できると思わせないよう、しっかり守りを固めなければならない。

(2)サンフランシスコ講和条約を東アジア外交の軸に

安倍首相の靖国参拝に1951年のサンフランシスコ講和条約への反発が隠されているとしたら、日本の国益を大きく損なっている。

東シナ海や南シナ海で威圧行動を続ける中国共産党に「国際世論戦」でこれだけ押されているのは、「日本は本心では先の大戦を起こしたことを悪いとは思っていない」と見透かされているからだ。

サンフランシスコ講和条約に絡んで、勝者が敗者を裁いた東京裁判の不当性ばかりが強調されるが、日本はそこに込められた戦後和解と日本復興の意義を忘れてしまっている。

アジアの戦後秩序を定めたサンフランシスコ講和条約を東アジア外交の軸にすることで、中国共産党に「力による拡張主義に走れば、軍国・日本と同じ道を歩むことになる。中国が今、しようとしていることは軍国・日本の植民地拡大主義と同じだ」という論理で対抗する。中国共産党は世論戦の根拠を失うはずだ。

和解こそ最大の安全保障であり、真の勝利である。しかし、謝罪は罰を伴うというのが世界の共通認識だ。さらに謝罪は国内の反動を呼び起こし、相手国からは「結局は開き直った」となり、逆効果になりかねない。

日本はこれまで積み重ねてきた首相、官房長官談話を動かさず、天皇陛下のお言葉を踏み固めることが大切だ。

来年の戦後70年に向け、日本は真剣に歴史問題に取り組む必要がある。日米韓の安全保障トライアングルを機能させるためにも、日韓関係の修復は避けては通れない。安倍首相の責任は重大だ。

(3)グローバル世代を育てる

21世紀は間違いなく「アジアの世紀」になる。日本は失われた20年の間に随分、アジア諸国に取り残された。グローバルに活躍できる人材を育てることが大切だ。

日本国内に閉じこもり、密閉空間で一部の日本人にしか通用しない理屈をまくし立てる。しかし、思慮のない言葉はインターネットで瞬く間に世界中を駆け巡る。

世界で暮らすのは日本人だけではないのだ。こうしたメンタリティーこそ日本停滞の最大の原因になっていると思う。

「愛国心」を育む際に、より重要なのは「自由主義」「国際主義」を強調することだ。「愛国心」だけに注目すると、ナショナリズムの危険な落とし穴にはまってしまう。

グローバル時代に求められるのは自国の歴史を他国から見つめ直す多角的な歴史観である。昨今の状況を見ると、戦後日本の歴史教育に重大な欠陥があったことは、もはや否定のしようがない。

「加害の歴史」を教えることが自虐史観につながるわけではない。他国を侮蔑する言葉を平気で言い募る若者が増えるよりも、石田さんのような若者が増えることがアジアの世紀と日本の未来を確かなものにすると筆者には思えるのだが。

(おわり)

「戦争の真実と和解」シリーズはひとまず終了します。今年はかなり東アジア情勢に動きがありそうなので、随時、取り上げていこうと思います。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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