Yahoo!ニュース

「さまよえる靖国」戦争の真実と和解(8)戦争責任

木村正人在英国際ジャーナリスト

第一次大戦の開戦から100年目の今年、敗戦国ドイツでは「戦争の責任はドイツだけにあるのではない」という意見が増えているという。

第一次大戦は、第二次大戦を引き起こしたナチス・ヒトラーと関連付けられ、ドイツの戦争責任を相対化させることは絶対に許されなかった。

しかし最近、行われたドイツの世論調査によると、ドイツ人の58%は「罪はすべての参戦国に着せられるべきだ」と考えている。「ドイツに主な責任がある」と答えたのは19%、「責任は他の参戦国にある」との回答は9%にのぼった。

アンケートを実施した独世論調査会社Forsaの責任者は英紙フィナンシャル・タイムズに対して、「私が学校で学んでいたころは、ドイツに一番重い罪があると教えられた。それがコンセンサスだった」と話している。

ドイツ政府は「歴史について公式な政策はない」(メルケル首相の報道官)として静観の姿勢を貫いているため、メディアや識者を中心に議論が盛り上がっている。

第二次大戦後、敗戦国ドイツは東西に分断された。女性はレイプされ、チェコのドイツ系住民は殴り殺され、土地を奪われた。東ドイツはソ連に支配され、西ドイツも「被害の歴史」には口を閉ざした。

多くのドイツ人が、ユダヤ人らを大量虐殺したヒトラーを熱狂的に迎えた過去を封印。西ドイツはナチスの歴史を切り捨て、戦勝国フランスと和解し、欧州へ復帰する道を選んだ。

戦争の原因になってきた仏アルザス・ロレーヌ地方の鉄鉱石や石炭を共同管理して、荒廃した欧州を復興させるため、仇敵のフランスと西ドイツは歩み寄った。

1963年、ドゴール仏大統領とアデナウアー西独首相はパリでエリゼ条約に調印。西ドイツを取り込んで米国を牽制したいドゴール大統領と対仏和解を切望するアデナウアー首相の利害が一致したのだ。

仏独関係はコール独首相とミッテラン仏大統領の時代にさらに前進する。コール首相とミッテラン大統領は84年、フランス軍36万人、ドイツ軍33万5千人が命を落とした第一次大戦の激戦地ヴェルダンを訪ねた。

軍人墓地の棺台の前に並んだミッテラン仏大統領が手を差し伸べると、コール独首相が握り返した。2人は数分間黙って手を握り合って、両国の友好を確認した。

戦後欧州は和解のプロジェクトだった。

和解が経済の繁栄をもたらし、民主主義を発展させる。89年のベルリンの壁崩壊で東西ドイツが統一、旧中東欧・旧ソ連・バルカン諸国も加わり、欧州は大輪の花を咲かせる。

しかし、世界金融危機に端を発したユーロ危機を境に、逆回転が始まる。北欧と南欧、ドイツとフランス、欧州連合(EU)と英国の対立、EU首脳と市民、富裕層と失業者の乖離。

イスラム系移民への排外主義が強まり、和解のプロジェクトは対立のメカニズムへ逆回転を始めている。

そんな中で、第一次大戦に対するドイツ人の認識が変わったのはなぜなのか。思いつくままに仮説を列挙してみる。

・開戦から100年がたち、完全に歴史になった。

・敗戦国という立場を離れて歴史を見れば、開戦の責任をドイツだけに帰するのは客観性を欠いている。

・戦争を知らない世代が増えた。

・今も軍事介入を続ける英国やフランスに比べて、ドイツは武力行使に慎重な平和国家だという意識(実際には武器の輸出国だが)。

・グローバル化、EU拡大への倦怠感から国民国家への郷愁が強まり、自国の歴史を見直したいという空気が広がっている。

・ユーロ危機で債務危機国を救済し、欧州をリードしているのはドイツだという自意識に目覚めた。

筆者に明確な分析はできないものの、戦勝国の英国、フランスと敗戦国ドイツの間で第一次大戦に関する認識がずれ始めていることだけは確かなようだ。

第二次大戦の敗戦国、日本もドイツと同じように戦争の過去を平和主義という名のカーテンの下に隠そうと努めてきた。

戦後68年間、中国や韓国との和解を求めて謝罪を繰り返し、1発の弾丸も撃っていないのに、いつまでも「軍国主義の復活」のレッテルをはられる悔しさがフラストレーションを膨らませる。

「東方政策」を進めた西ドイツのブラント首相がワルシャワのユダヤ人ゲットーでひざまずいて献花したように、日本も被害国の前でひざまずけ、と韓国や一部の欧米メディアは声高に叫ぶ。

しかし、ひざまずいて謝罪したドイツは歴史の例外といえるだろう。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事