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「ポスト・オバマ米大統領」の対中戦略

木村正人在英国際ジャーナリスト

米共和党のホープ登場

中国が尖閣諸島を含む東シナ海上空に防空識別圏(ADIZ)を設定した問題で、来日中のバイデン米副大統領(民主党)が首相官邸で安倍晋三首相と会談した3日、ロンドンのシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)では「ポスト・オバマ」を目指す共和党の若手、マルコ・ルビオ上院議員(42)=フロリダ州選出=が講演した。

訪英中のマルコ・ルビオ米上院議員(右、同上院議員のHP)
訪英中のマルコ・ルビオ米上院議員(右、同上院議員のHP)

ルビオ氏は1時間にわたり「米英特別関係」と米国の内政、外交・安全保障政策について縦横無尽に語った。頭脳、人柄、弁舌、政策とも申し分がなかった。3年後が大いに期待できる共和党のホープである。

2009年、ホワイトハウスに入るなり、米英特別関係を象徴するチャーチル英首相の胸像を英国に送り返したオバマ大統領とは異なり、父親がキューバ移民のルビオ氏はチャーチルとルーズベルト米大統領のエピソードから話し始めた。

アングロサクソンではなくとも、米英両国の絆を体に宿しているという強いメッセージに聞こえた。そして、すでにレームダック(死に体)化し始めたオバマ政権の後を見越した米英両国の動き出しの早さに脱帽してしまった。

ルビオ氏は先の大統領選で共和党のミット・ロムニー大統領候補の有力な副大統領候補の1人として名前が挙げられた逸材だ。今年2月には、オバマ大統領の一般教書演説の反対演説者に起用された。2016年大統領選の共和党の最有力候補と言っていいだろう。

チャタムハウスでの講演で「中国が非アメリカ化した世界について論じているにもかかわらず、海外の投資家はまだ米国を安全な投資先とみなしている」と「強い米国」が健在であることを強調した。

アジアの安全再保証は「言うは易く、行うは難し」

「中国が平和的に台頭することの保証を、アジアは米英両国に依存している。しかし、東シナ海上空の防空識別圏設定を含め、(欧米によるアジアの安全保障の再保証は)言うは易く、行うは難しということが次第に明らかになってきている」

「地域の航空の自由を政治目的のために人質に取るべきではない。それを中国に理解させるためには、米国と欧州が結束するのが理想的であることを中国の行動はわれわれに例示している」

「米国は現在、少なくとも言葉の上ではアジアへのリバランス(回帰)政策に関与している。しかし、アジア回帰政策はこれまでの大西洋関係を損ねるものであってはならない」

「英国や欧州の同盟国の協力なしでは米国がアジアの問題にうまく対処できるとは思わない。われわれはアジアとその地域を越えて力なき国々のために協力を継続していかなければならない」

ルビオ氏は中国に対峙するためには欧米の結束が必要だと訴えた。

「サッチャー英首相は、欧米は人権問題と国際的な安全保障に関心を持つべきだと主張した。自国民の自由を否定する国家は他国にそうすることに道徳的なためらいを覚えないとも訴えた。その考えは今も正しい」

ルビオ氏は国際安全保障のためにも中国の人権問題に毅然とした態度で臨む考えを示した。

「違法な領土主張」

「中国が政治プロセスをオープンにし始めていると信じている。しかし、中国の人権問題は深刻だ。封じ込め政策にくみする必要はない。中国が平和的に台頭し、欧米とともにグローバルな問題に対処することを望んできる」

ルビオ氏は国際問題への中国の関与を求める一方で、「違法な領土主張や近隣諸国への圧力は、自由航行や自由交易を妨げ、世界経済に影響を及ぼす。中国の人権問題や違法な領土主張に目をつぶることはできない」と強調した。

「illegitimate(違法)」という言葉を使って、東シナ海と南シナ海における中国の一方的な領土主張を非難した。

来日中のバイデン米副大統領も「東シナ海の現状を一方的に変えようとする行為が地域の緊張や、突発的な出来事や計算違いを引き起こすリスクを高めている」と中国の防空識別圏設定を非難。不測の事態が起きた場合、日米安全保障条約に基づき対応する考えを示唆した。

オバマ大統領は中国との戦略的対話「G2」路線を掲げて登場したが、中国に拒否され、日米同盟や東南アジア諸国との連携を強化して中国を牽制するアジア回帰政策に転換。それをバックに今年6月に中国の新しい指導者、習近平国家主席と首脳会談を行った。

しかし、今回の防空識別圏設定でオバマ大統領は再び、「中国はアジアの現状維持を望んでいない。中国によるアジア新秩序を構築しようとしている」という厳しい現実を思い知らされたに違いない。

中国の防空識別圏に対抗して、米軍が尖閣上空に戦略爆撃機B52を飛ばしたのは、東シナ海や南シナ海の一方的な現状変更は認めないという警告だ。

「9段線」と防空識別圏

中国は防空識別圏の設定がどんな反応を引き起こすか考えなかったのか、それとも、尖閣を導火線に米中戦争に巻き込まれるのを恐れる米国を揺さぶって、尖閣に領土問題が存在することを日本に認めるよう働きかけさせるのが目的なのか、と英誌エコノミストが分析している。

中国は南シナ海に「9段線」(U字型ライン)を引き、その内側に特別な権利があると主張している。真意はまだわからないが、内側の島嶼は中国領であり、中国にその海域の開発権があるというのが中国の主張とみられている。

おそらく中国の次の一手は、防空識別圏の設定を足掛かりに東シナ海に南シナ海と同じ「9段線」を設定し、南シナ海に防空識別圏を設けて、東シナ海と南シナ海の「空と海」を手中に収めることだろう。

米国も欧州もこれまで2国間の領土問題には立ち入らないとの姿勢を貫いてきた。しかし、ここにきて、米国と欧州が結束し、アジアにおける中国の「違法な領土主張」に歯止めをかけないと、世界の平和的な発展は望めないとの認識が出始めた。

日本はどこまで「空と海の自由」を守る連帯の輪を広げられるのか。対米依存、対米従属一辺倒ではない真の外交力が試される。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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