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「1票の格差」の未来形とは

木村正人在英国際ジャーナリスト

「選挙無効」退ける

1票の価値に最大で2.43倍の格差があった昨年12月の衆院選について、最高裁大法廷は20日、「憲法が求める1票の価値の平等に反する状態だった」と「違憲状態」を指摘する判決を言い渡した。

高裁レベルでは「選挙無効」や「憲法違反」の判決が相次いだが、最高裁は「選挙無効」を求める訴えは退ける一方で、「構造的な問題は最終的に解決されているとはいえない」と選挙制度の整備を求めた。

今年6月に「0増5減」を実現する改正公選法が成立し、小選挙区間の人口格差は「2倍未満」に縮小。山梨、福井、徳島、高知、佐賀5県の小選挙区数は3から2に減った。

小選挙区制導入後、最高裁が「違憲状態」の判決を出すのは2回目だ。2009年衆院選の2.3倍についても最高裁は「違憲状態」と判断している。

過去の最高裁判決から判断すると、衆院選で3倍以上が「違憲」、2倍以上が「違憲状態」。参院選では6倍以上が「違憲」、5倍以上が「違憲状態」とみられている。

0増5減で格差は「1.998倍(合憲)」に縮まったものの、すぐに2倍以上(違憲状態)に逆戻りしかねない。そこで、最高裁は選挙制度の整備を求めたと解釈できる。

合意型か、多数決型か

選挙制度を完全比例にすれば「1票の格差」は解消されるわけだが、完全比例なら小政党が乱立し、連立交渉をめぐって小政党の意見に引きずられる恐れが生じる。

連立政権を維持するため、国民の多数意見とは異なる政策が導入されるマイナス面がある。

多様な意見を尊重する多元社会デモクラシー(合意型)の成功例として、4つの語圏からなるスイスを挙げることができる。しかし、国民の意思がストレートに政治に反映されるよう国民投票がスイスの民主主義には組み込まれている。

スイスの合意型政治システムも非常に安定しているが、それとは対極にある多数決型の英国、米国に代表される2大政党制も安定している。

単純小選挙区制をとる英国の下院は、ワイト島やスコットランドの島の選挙区を除くと格差は最大で1.92倍。人口比例で代表を選出する米下院は数式に当てはめて議席が配分されるため、格差は1.26倍。

一方、各州から2人を選出する米上院の「1票の格差」は06年時点で70倍を超えていた。これは米国が連邦制をとり、上院は「1票の平等」より「各州の平等」を重視しているからだ。

「1票の格差」は地方への配慮

日本が高度経済成長を享受していた時代、衆院と参院の「1票の格差」は都市と地方の格差を埋める政策の1つだった。

その格差があったからこそ、地方へのバラマキを可能にし、自民党政治家は地方に橋や道路、公民館をつくることができた。

しかし、この20年、経済成長は止まり、「1票の格差」が日本の構造改革を妨げてきた。

「1票の格差」を解消すれば都市部の議員比率が増え、都市住民の意見を重視した政策を打てるようになる。その反面、都市と地方の格差が今以上に拡大する恐れをはらんでいる。

中選挙区への逆戻りには絶対反対

しかし、筆者は「1票の格差」を是正するため、中選挙区制を復活させようという流れになるのを恐れている。中選挙区制では事実上の比例代表と同じである。

衆院選の小選挙区比例代表並立制は、民主党政権の大混乱もあってすこぶる評判が悪い。

・一様な日本には二大政党制を支える基盤がない。

・小選挙区では素人の政治家ばかりが誕生し、プロの政治家が育たなくなる。

・民主党には政権担当能力がない。

・衆参のねじれが生じた場合、合意型システムが望まれるので、衆院は小選挙区を廃止して中選挙区に戻すべきだ、などなど。

比例代表も並立されたことから衆院には無所属を除いて8つも会派がある。小政党は大政党に有利になる小選挙区には当然、反対だ。

同質性の高い日本では、合意型をとらなくても、社会に亀裂が入るリスクは少ない。それよりも多数決型民主主義の方が政治の強いリーダーシップを期待できる。

安倍政権パート2が実行力を持ったのも、政権交代で自民党に危機感と緊張感が植え付けられたからだ。

英国や米国の政治システムが日本やドイツのそれに比べて優位性を持っているのは明らかだ。日本は折角、導入した小選挙区制を手放してはいけないと筆者は考える。

ただ、英国や米国と同じように指導者を長期間にわたってウオッチしてから選ぶ仕組みと慎重さが求められる。

「世代間の平等」を

20年前なら1票の格差を是正することが日本の未来につながると断言できたが、今は人口に基づく「1票の平等」より「世代間の平等」が求められているのではないだろうか。

今年11月の人口統計(概算値)によると、20歳未満人口は2243万人、20~40歳未満は2969万人、40~60歳未満は3356万人、60歳以上は4160万人。

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20歳未満は選挙権を持たないから、日本の民主主義は若者世代にとって圧倒的に不利になっている。「1票の格差」をいうなら、「世代間の格差」を埋めるため選挙権年齢を16歳まで引き下げるぐらいの大胆な措置も必要だろう。

ニッセイ基礎研究所の中村昭氏は「若者に1人5票の選挙権を与えよう!」と提言している。

中村氏の報告によると、05年時点の日本、米国、英国、ドイツ、フランス、スウェーデンの政策分野別支出をみると、高齢者などを対象とした支出は日本53.6%、他の5カ国平均は37.7%だった。

政治の場で若者の声が押しつぶされ、年金、医療など高齢者のための政策が優先されてきた結果である。

これでは日本の未来は先細りする一方だ。若者世代の声をより多く民主主義の場に届ける政策も「1票の平等」以上に求められている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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