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「日本のリニアは高すぎて買えない」「取引持ちかけた中国鉄道相は収監」元英運輸相明かす

木村正人在英国際ジャーナリスト
ハイスピード2高速列車の想像図(HS2 Ltd提供)
ハイスピード2高速列車の想像図(HS2 Ltd提供)

ロンドンとイングランド北西部マンチェスターなどを最高時速400キロで走行する新高速鉄道「ハイスピード2(HS2)」計画の生みの親、労働党上院議員のアドニス元運輸相が18日、ロンドン市内で記者会見した。

HS2計画は総工費の見積もりが327億ポンド(約5兆2700億円)から426億ポンド(約6兆8600億円)にはね上がったため、保守党や労働党から計画の見直しを求める声が相次いだ。

既設のハイスピード1(HS1)で車両製造を受注した日本の日立製作所もHS2について大きな商機とみていただけに、議論の行方には否でも応でも大きな関心が集まる。

次の総選挙で政権を奪い返す可能性がある労働党内で、ボールズ影の財務相が「HS2のコストが500億ポンド(約8兆600億円)以上になるようなら、白地手形は出せない。1966年に廃線になったグレート・セントラル・レイルウェイを再利用すれば費用は十分の一で済む」と代替案をぶち上げた。

労働党の実力者、マンデルソン前ビジネス・イノベーション・技能相、ダーリング前財務相も「HS2は金がかかりすぎる」と懐疑論を唱え始めた。

労働党のミリバンド党首はこうした党内の反対論を抑え込むため、党内切っての政策通、アドニス元運輸相をアドバイザーとして迎え入れたばかり。

記者会見する労働党のアドニス元運輸相(右、筆者撮影)
記者会見する労働党のアドニス元運輸相(右、筆者撮影)

もともと労働党政権時代にHS2構想を提唱したアドニス氏はこの日の記者会見で「新たな見積もりである426億ポンドのうち140億ポンドが臨時費だ。これはいくら何でも高すぎる」と指摘した。

「既存路線を改修するなどの代替案では費用は200億ポンド・プラス・アルファとHS2の半分以下に抑えられるが、輸送力はHS2を建設した場合に比べ4分の1にとどまる。過去20年で鉄道利用者はほぼ倍増。これからの需要増、スピード化、都市間の連携強化を考えるとHS2以外の選択肢はあり得ない」と言い切った。

HS2は2017年に着工の予定で、26年までにロンドンとバーミンガムを結ぶ。そこからYの字に分かれてマンチェスターとリーズにつなげる計画だ。33年の完成を目指している。

欧州一の最高時速400キロで走行し、総延長距離は約565キロ。ロンドン−マンチェスター間を1時間短縮し、1時間8分で結ぶ。欧州大陸とロンドンを結ぶ「HS1」ともつながる予定だ。

もちろん新幹線技術を持つ日本企業は最有力候補の1つだ。

アドニス氏は日本のライバルとなる中国について、「私がブラウン労働党政権の運輸相だった当時、中国の鉄道相から『HS2は中国がつくる』と持ちかけられた。しかし、当の鉄道相は巨額収賄で収監され、執行猶予付きの死刑判決を受けた」とチャイナ・リスクを指摘した。

来年着工が予定され、時速500キロで東京―名古屋間を40分間で結ぶ日本の超電導リニアモーターカーについては、「3年前、日本の関係者は技術的な難しさを指摘していた。リニアのエネルギー消費量は大きい。日本は運行中の新幹線と並行してリニアを着工するのに対し、英国にはまだ高速鉄道がない。日本の進展を見るのが賢明だろう」と感想を述べた。

しかし、「現在、膨らみ過ぎと非難されている426億ポンドを出しても、とても買えないよ」と本音を漏らした。

日本通のアドニス氏は「新幹線が開通して名古屋や大阪の経済はどうなった。フランスの高速鉄道TGVでマルセイユやリヨンの景気は悪くなったのでは」と述べ、高速鉄道によるサイフォン効果が気になる様子だった。

環境への影響や税負担の拡大を恐れる英国では、HS2に賛成する世論は今年1月の42%から7月には35%、9月には29%にまで急落。逆に反対の世論は37%、45%、55%と増えた。

アドニス氏は「日本ではこう言われているそうだね。みんな(経済効果が期待できる)駅を誘致したがるが、(騒音のもとになる)鉄道はいらないって」と冗談を言ったあと、「HS2の総工費にムダがないか検証される必要があるが、HS2は私のライフ・ワークであり、英国の未来でもある」と計画実現に向け、決意をみなぎらせた。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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