ロンドンとマレーシアにみる21世紀の世界戦略
英政府、イスラム法順守型国債を発行へ
「イスラム圏のダボス会議」と呼ばれる世界イスラム経済フォーラムが29日からロンドンで始まった。31日までの予定で、9回目となる今回はイスラム圏外で初めて開かれた。
共同開催国・英国のキャメロン首相は29日の演説で、イスラム法(シャリア)を順守した英国債を早ければ来年にも発行する方針を表明した。2億ポンド(約315億円)規模になる予定だ。
キャメロン首相によると、イスラム圏外で「スクーク」と呼ばれるイスラム債が発行されるのは初めて。
イスラム法は利子を禁じているため、スクークは不動産取引などを介在させ、運用利益を「配当」の形で債券購入者に還元する仕組み。
ロンドン証券取引所もイスラム法順守型の新しい指数イスラム市場インデックスを導入するという。
スクークを含むイスラム金融の資産総額は今や世界1.2兆~1.3兆ドル(115兆~127兆円)。国際債券市場の規模は100兆ドルで、イスラム金融の規模はまだまだ小さい。
しかし、国際会計事務所プライスウォーターハウスクーパースによると、イスラム金融の規模は毎年17%ずつ成長し、2017年には2.67兆ドルに達する見通しだという。
「ロンドン五輪」の国家戦略
昨年開催されたロンドン五輪には、これまで「肌を露わにすることはできない」などの理由で女子選手の参加を禁じてきたイスラム圏のサウジアラビア、カタール、ブルネイからも初めて女子選手が参加した。
五輪史上初めて国際オリンピック委員会(IOC)に加盟するすべての国や地域から女子選手が参加した記念すべき大会となった。
今回の世界イスラム経済フォーラム開催も、イスラム法順守型国債の発行やイスラム市場インデックスの導入も、英国のしたたかな国家戦略の延長線上にある。
ロンドン五輪開催が決定したのが2005年。遅くともその2年後の07年から英政府はスクーク発行を検討してきた。
イスラム圏には豊かな産油国が多い。これまでもオイルマネーが国際金融都市ロンドンに流れ込み、イスラム圏外では最大のイスラム金融のセンターになってきた。
マレーシアは世界金融危機の後、国内総生産(GDP)比で2010年7.2%、11年5.1%、12年5.6%の成長を遂げている。イスラム圏の大半は貧しいままだが、目覚ましい発展を遂げる新興国も出現し始めている。
こうした新興国が必要な資金を容易に調達できる金融インフラを整備することで、国際金融都市ロンドンの地位を確固たるものにする国家戦略をキャメロン政権は描いている。
イスラム法順守型国債の発行には、資金調達先を多様化することで英国債の金利を押し下げる短期的効果のほか、これを突破口にロンドンでスクーク市場を育てていこうというビジョンが込められている。
21世紀、英国がいつまで空母や核ミサイル搭載原潜を保有し続けることができるかは定かではない。軍事力(Military)よりマネー(Money)の方が英国の未来にとっては重要になってきている。
英議会がシリア軍事介入を否決したのも、英国が歴史的な転換点に差し掛かったことを物語っているのかもしれない。
翻って、日本は2020年東京五輪開催に向け、どんな国家戦略を描いているのだろうか。
安倍首相がアベノミクスの第2の矢、財政出動にこだわり、関連施設建設のための公共投資などハードのインフラ整備を拡大させるだけなら、五輪開催後、財政が破綻したギリシャの轍を踏みかねない。
世界の成長セクターとつながっていくソフト整備に取り組めば、その投資は将来、何倍にもなって日本に戻ってくるだろう。
マレーシアのウーマノミクス
今回、英国とともに共同開催国となったマレーシアのナジブ首相が演説で強調したのが、女性の教育と社会進出の重要性だ。
ナジブ首相は財務相のほか、女性・家族・社会開発相も兼務している。それだけに、そのウーマノミクスには筋金が通っていた。
ナジブ首相は「世界銀行によれば、女性就労率のワースト10のうち9カ国はイスラム圏だ」という厳しい現実を指摘した上で、現在49.5%のマレーシアの女性就労率を今後3年間で55%に押し上げる数値目標を掲げた。
さらに今後2年間で、企業役員や上級決定権者の30%を女性にするという野心的な達成目標を設定。これは世界平均の3倍、米国の2倍に相当する。
ナジブ首相の改革で、4年前は18%にすぎなかった女性上級官僚の割合は33%まで上昇した。まさに「官より始めよ」というわけだ。
「マララを支援します」
ナジブ首相は、今年のノーベル平和賞の有力候補だったパキスタンの少女マララ・ユスフザイさん(16)がイスラム原理主義武装勢力タリバンに銃撃されたにもかかわらず、「女の子にも教育を受ける権利を」と訴えていることを称賛し、「私たちはマララのそばにいる」と会場に向かって呼びかけた。
演壇にはパキスタンのシャリフ首相、アフガニスタンのカルザイ大統領もいた。イスラム教の聖典コーランは、女性が教育によって啓蒙されることを否定しているわけではないと、マララさんもナジブ首相も強調している。
マララさんの教育キャンペーンを支えているのが国連の教育特使を務めるブラウン前英首相である。サラ夫人も女性の社会進出を支援している。
ブラウン前首相は労働党、キャメロン現首相は保守党という違いこそあれ、イスラム圏での女性の教育・社会進出を支援していこうという英国の国家戦略は一貫している。
教育の力
これに対して、パキスタンのシャリフ首相は演説で、英国によるイスラム法順守型国債の発行を支持する考えを表明したが、マララさんや女性の教育・社会進出には一切、触れなかった。
パキスタン国内では「マララは西洋の考えを代弁しているだけだ」という批判が根強い。
シャリフ首相はイスラム圏が世界人口の23%を占めるのにGDPでは8%にすぎない現状を嘆いてみせたが、明確な国家戦略は何一つ示さなかった。
先日、筆者はロンドンにあるシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)でアフガン出身の女子学生と話す機会があった。
10歳のとき両親とともに英国に移住し、現在、英国の大学で修士を取得中の女子学生はアフガンのマドラサ(宗教学校)と通常の小・中学校の比較調査を行っている。
女子学生は非常に聡明だった。改めて筆者は教育の大切さ、劇的な効果を痛感させられるとともに、米中枢同時テロ9・11以降、イスラム原理主義勢力によるテロの恐怖ばかりが強調されてきた弊害にも気づかされた。
米国の国際政治学者ハンチントン氏の「文明の衝突」理論がどれだけイスラムに対する偏見と誤解、無用の恐怖をあおってきたことだろうか。対立をやたら強調するのは知的衰退の象徴である。
イスラム女性は虐げられ、遅れた存在だと思い込んでいた自分の不明を恥じた。マレーシアのウーマノミクスや英国のスクーク発行が成功すれば、21世紀の大きな希望になる。
(おわり)