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メッシ、ペレ、ロナウド、サッカーの王様に向けられた非難

木村正人在英国際ジャーナリスト

サッカーの王様や神様が非難にさらされている。アルゼンチン代表でスペイン1部リーグFCバルセロナのリオネル・メッシ(25)が約5億円の脱税容疑で裁判所に出頭を命じられた。

一方、抗議デモが暴動に発展したブラジルではペレ(72)がテレビで「今起きている騒ぎを忘れて、ブラジルチームを応援してくれ」と呼びかけたところ、ソーシャルメディアで集中砲火を浴びた。

これまでサッカーは貧困を癒してくれるスポーツだった。それが、怒りの対象になる恐れがある。いったい、世界で何が起きているのか。

税金に足をとられたメッシ

スペインの失業率は今年1~3月期、27.16%と過去最悪の水準を更新。25歳未満の若者の失業率は57.22%だ。太陽とシエスタ(長い昼休み)、サッカーのイメージが鮮烈なスペインだが、深刻な景気後退と失業に苦しんでいる。

金融危機を回避するため、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)の支援を受けて財政再建に取り組むスペイン。しかし、1~3月期の成長率は前期比0.5%減程度、7四半期連続のマイナス成長になる見通しだ。

スペイン国民が社会保障の削減、失業、賃下げに苦しんでいる最中に、飛び出したのがメッシの脱税疑惑だ。

検察の発表によれば、今から約8年前、メッシが17歳のとき、父親のホルヘ氏が中南米のタックスヘイブン(租税回避地)、ベリーズとウルグアイなどに会社を設立した。

ベリーズやウルグアイは肖像権使用料が非課税のため、父親はメッシの肖像権をこうした会社に割譲してスイスや英国の企業と契約した。2007年から3年間で、総額400万ユーロ(約5億1千万円)以上を脱税したとされる。

メッシは18歳のとき、父親のホルヘ氏からこうした措置を知らされ、同意していたと検察はみている。

メッシとホルヘ氏が裁判所に出頭する9月17日、バルセロナはUEFAチャンピオンズリーグの試合を行う可能性がある。

メッシは世界年間最優秀選手、FIFAバロンドールを4年連続で受賞。何かとメディアを騒がせるレアル・マドリーのクリスティアーノ・ロナウド(28)と違って、メッシは無垢でサッカー一筋のイメージが強かっただけに、脱税疑惑は世界を驚かせた。

シンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)マドリード事務所のトレブランカ所長は筆者に、「スペインの税制は複雑で、メッシは父親と弁護士に任せていたのだろう。いくらサッカーのスーパースターでも納税義務を免れることはできない」と語る。

ベッカム法

スペイン政府は海外から有名サッカー選手らを呼び込むため、2005年6月にスペイン居住10年未満の外国人であれば所得税の最高税率を45%から24%に引き下げる優遇措置を導入した。

この優遇税制はレアル・マドリーに移籍したデービッド・ベッカムに初適用されたため、「ベッカム法」と呼ばれた。

2010年のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会でスペイン代表が初優勝した際、選手は高額ボーナスをスペインではなく税率の低い南アで申告することを許された。スペイン国民は「彼らはすべてに値する」と代表チームを手放しで称賛した。

ギリシャの債務危機が進んだ10年1月にベッカム法は中止されたが、スペインは税金面でもサッカーには寛大だった。

スペインの作家ミゲル・アンショ=ムラード氏は英紙ガーディアンにこう書く。「スペインで脱税するのはディフェンダーをかわすより簡単だ」

脱税天国

アンショ=ムラード氏によると、スペインの脱税資金は対国内総生産(GDP)比で1985年の15%から2008年には23%に増えた。23%は欧州の平均より10ポイント高い。

単一通貨ユーロ導入により低金利で融資が受けられるようになったスペインでは不動産・消費ブームが起き、脱税が蔓延するようになった。しかし、欧州債務危機で放蕩の時代は終わりを告げた。

スペイン政府は徴税率を上げるため、10年末までに未申告の資産や所得を申告すれば、脱税とはみなさず、10%課税で済ませるという「お目こぼし措置」を宣言。

腐敗政治家や富豪はこの機会を利用して不正蓄財した資金を申告したが、メッシ父子はこの「お目こぼし措置」もスルーした。

現地からの報道では、ホルヘ氏や弁護士は「メッシは高額の税金をきちんと納めている。税務当局との見解の相違はよくあることだ。しかし、税務当局の指導に応じ、納税するつもりだ」と話した。課徴金は脱税額の6倍という報道もある。

前出のトレブランカ氏は「サッカー選手の脱税はメッシ1人にとどまらない可能性がある。年金、医療、教育を維持していこうと思えば、1人ひとりが納税する義務がある」と指摘。

メッシは13歳のときからスペインで暮らしており、スペイン国民と同じようにスペインに税金を納めなければならない。

有罪が確定すればメッシは最大で6年服役する恐れもあるが、トレブランカ氏は「初犯で課徴金を納付し、税務を父親と弁護士に任せていたと判断されれば、服役せずに済むだろう」と話した。

主要8カ国(G8)首脳会議は租税回避行為に目を光らせていくことで一致したばかり。リーガ・エスパニョーラでは、ディフェンダーより税務署のマークが厳しくなる。

サッカーの王様への反発

14年W杯のリハーサルを兼ね、コンフェデレーションズカップが開かれているブラジル。日本もイタリアと接戦を繰り広げ、潜在的な実力を世界にみせつけた。

サッカーはブラジルでは宗教にたとえられる。ブラジルのW杯優勝回数は5回。しかし、今回のコンフェデ杯では信じられない現象がブラジル全土に広がった。熱狂的なサッカー信者であるブラジル国民が「W杯返上」を政権に求めて、街頭に繰り出したのだ。

バスや地下鉄の値上げを引き金に、政治腐敗、汚職、警察の横暴、悲惨な公共サービス、通貨安に伴う物価上昇、街頭犯罪、W杯への財政支出などへの不満が爆発し、20日にはデモ参加者が80都市、100万人に膨れ上がった。

「サッカーの王様」として知られるペレがビデオメッセージで「ブラジルで起きている騒動やデモを忘れよう。ブラジル代表がわれわれの国と血の象徴であることを思い出そう」と訴えた。

元ブラジル代表FWのロナウドは「W杯は病院や友人で成り立つものではない。スタジアムが必要だ」と発言した。しかし、ペレやロナウドに批判や怒りが向けられた。

デモや暴動で、コンフェデ杯やW杯開催は「税金の無駄遣いの象徴」としてやり玉に挙げられている。W杯開催に絡む財政支出は約330億レアル(約1兆4千億円)。関連施設整備の97%は税金でまかなわれる。

200~300人しか観客がいない弱小クラブのサッカー場が7万人収容の大スタジアムに建て替えられた。スタジアム建設に絡んで建設会社がキックバックを政治家に渡しているという疑惑も飛び交う。

それなのにW杯の放映権料は国庫には一切入らないのだ。

ブラジル通貨レアルは1ドル=2.27レアルと約4年ぶりの安値。輸入インフレが起き、消費者物価は前年より6.5%も上がった。1~3月期のGDP成長率は前年同期比で1.9%増にとどまった。

05年から12年にかけ、病院のベッド数は10%も減り、病院の床で寝る患者の姿も珍しくない。国民の生活は何1つ改善されないのに、16年にはリオデジャネイロ五輪も予定される。

W杯開催を支持したペレやロナウドに対して、「彼らは病院で何時間も何日間も待つ必要がない」「サッカーの代表チームを応援しているが、ペレとロナウドには怒り心頭だ」という痛烈な書き込みが相次いでいる。

W杯より教育、医療を

日本戦でゴールを決めたネイマール(21)はブログで「ブラジルが公正で、安全で、より健康的で、もっと正直になることを望んでいる」と記すなど、現役代表チームは抗議デモを支持している。

元ブラジル代表で日本代表の監督だったジーコもガーディアン紙に「ブラジル国民はスタジアムに絡む疑惑や無駄遣いのためW杯に距離を置いているように見える」と話している。

ブラジルのルセフ大統領は21日、国民に改革を約束し、「W杯開催を危うくする行動はやめてほしい」と訴えた。W杯招致に成功した歓喜は消え去った。ブラジル国民は、W杯より医療、教育など社会サービスの充実を求めている。

ペレやロナウド、メッシはブラジルやアルゼンチンで貧困から抜け出す成功のロールモデルだった。しかし、今や、庶民感覚からかけ離れた特権階級とみなされかねない空気が漂っている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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