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G8、世界が注視するアベノミクス 巨大ファンド創業者が読む世界羅針盤(9)

木村正人在英国際ジャーナリスト

主要8カ国(G8)首脳会議が17~18日、英国・北アイルランドのリゾート地ロック・アーンで開かれている。安倍晋三首相は17日「『三本の矢』によって日本経済を復活させ、世界経済にも大いに貢献していく」と表明、G8も「日本の成長はアベノミクスに支えられている」と評価した。その一方で、財政健全化への注文も付けた。日経新聞電子版によると、ドイツのメルケル首相は通貨安戦争や出口戦略などアベノミクスの副作用に懸念を示したという。

英長者番付に日本人でただ一人ランクインするロンドンの資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井将雄さんにアベノミクス、黒田日銀の緩和策についてインタビューした。

――円高、株安と長期金利の上昇をどうみるか

「5月後半、日本の株価は大きく調整される形で1万6千円近くから1万2千円台半ばまで下落。為替も1ドル=103円から95円を割るような展開になった」

「安倍首相がアベノミクスの機動的な財政出動、大胆な金融緩和、成長戦略の3本の矢を出し、低迷していた日本の株に脚光が当てられた。月間過去最大規模の海外資金が株式市場に流入し続けた。短期売買で利ざやを稼ごうとする海外投機筋と個人投機筋が日本の株式市場や、為替市場にかなりの資金を流入させた」

「米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が5月、景気の勢いが維持されていることがわかれば、今後、数回の会合で債券購入ペースの減速を決定することもあり得ると発言した」

「6月18、19日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で出口戦略の道標を出してくると思う。米国の量的緩和の出口戦略に対する警戒感が残っており、海外勢の大きなポジション調整が起きた」

――FRBが出口戦略を探ると、どうして円高になるのか

「米経済自体は個人消費が安定してきて、住宅価格も底入れしてきた。企業の設備投資もしっかり回復している。2008年のリーマン・ショック後、金融緩和でマーケットに大量の流動性を与えることによって資産の浮揚効果を狙った政策が長く続けられてきた」

「FRBが資金供給を少しずつ減らしてしまうと、資産に対する影響が大きくなる。経済よりも資産に対する影響が大きくなるのではないかという懸念が世界のマーケットの動揺につながっている」

――日本の長期金利はどうして上昇したのか

「日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁が『レジーム・チェンジ』と称して新しい緩和策を導入した。白川方明(まさあき)前総裁は短期金利をベースに金利のボラティリティを大きく下げながら、将来にわたって低金利を期待させ、それがインフレをもたらしていくという発想だった」

「これに対して、黒田総裁は市場に大量に資金供給してベースマネーを増やし、急速な緩和を市場に行うことによって、インフレを醸しだしていくという政策に転換した。レジームを完全に変えた」

「黒田総裁は資産に大きく働きかける政策を志向した。インフレに対する警戒感と市場の大きな変動に対する恐怖感から国債市場を中心に大きなリスク削減が起きた」

「日本国債の最大の保有者は日本の銀行で、全体の20数%を占める。それが2カ月にわたって保有を10数%減らした。このため、日本国債全体で3%に及ぶリバランスが起きた」

「長期金利は4月に0.315%をつけた後、1%まで急上昇し、今は0.8%近辺になっている。日本国債の大きな価格変動に対する懸念が市場に広がったことを憂慮する形で、日銀は国内の市場参加者とのコミュニケーションの回数を増やした」

「海外投資家のもとに日銀の海外担当スタッフを派遣して、日銀の緩和の意図を広く説明することでボラティリティの低下に努めるなど、今、必死の作業を行っている」

――長期金利の上昇は予想外の展開だったのか

「短期金利を低位安定させた上で、日銀がしっかり緩和を行うという福井、白川時代のアプローチから、黒田総裁になってレジーム・チェンジした。それに合わせて金利市場でポジションの大きな組み換えが行われた。これは予想を越える動きだった」

――黒田緩和は矛盾をはらんでいたのか

「黒田総裁は就任前から、金利を下げるという言葉を明確に使っていた。日銀総裁の言葉だから、インパクトが大きい。金利市場に対して、金利がどんどん下がってしまうのではないかという恐れをもたらした」

「市場へのミス・コミュニケーションを招いてしまった。インフレが起きると、金利は当然、上がってくる。インフレが起きた時に金利上昇の可能性もあるかもしれないが、それに対して日銀が十分バランスを取りながら、実質金利を大幅に下げていくように金融政策を行っていくという丁寧なコミュニケーションが必要だった。実質金利の『実質』という2文字が必要だった」

「日本国債を持っている段階でボラティリティが高まれば、金利リスクが急激に膨らむ。相場の価格変動幅が動いて、損失が増える可能性が大きくなってくる」

「金利が高騰すれば大きく損失を被るので、事前にポジションをリスク・リダクションし、日本国債の保有を減らす方向に動かざるを得なくなった金融機関が多数あった」

「しかし、日本国債の10年物のボラティリティは米国のそれよりも下がってきている。黒田緩和の失敗というわけではないが、短期的にボラティリティを上げてしまったということは、コミュニケーション不足との批判を浴びても仕方がない」

――市場の混乱はアベノミクスへの失望感が原因か

「アベノミクスの成長戦略が発表されている最中に株価が下がったのは、法人税減税などが入っていなかったからという書き方がされたが、それは正しくない。失望感というより相場の調整局面だった」

「アベノミクスのパターンはすごくわかりやすくて、数値目標をポンポン出してくる。今後10年間の平均で名目国内総生産(GDP)成長率3%程度、実質GDP成長率2%程度を目指す。中長期的に労働生産性の2%以上の向上を実現。1人当たり名目国民総所得(GNI)を10年後に150万円以上拡大などと威勢の良い数字を並べてくる」

「企業の決算発表のような印象を受ける。政治が企業化していると少し心配している。政治の最大の目標は経済成長かもしれないが、政府の持っている最大の権限は租税権と所得の再配分だ」

「安倍首相は市場に評価されるまで、第3の矢、第4の矢を出してくる。そこまでやらなくてもと思うが、市場を意識して運営している。網羅的に数値化して出してしまうことによって、大きな柱がわからなくなっている。国民所得を伸ばすことと、待機児童を減らすことが同じように並べられている。小泉改革では郵政民営化、道路公団民営化などはっきりしたターゲットがあった」

――アベノミクスは失速したのか

「アベノミクスがスタートして株価が70%以上も上昇した。30%近く調整するのは、あってしかるべき動きだ。失速したというのは言い過ぎだ。アベノミクスの成長戦略の方向性がはっきり見えない。黒田緩和の中には市場参加者の同意が得られないようなものがある。インフレ目標2%を達成し、安定した金利をもたらすのは不可能だ。市場はその矛盾に気づいている」

「今、やっている緩和策は間違いではないが、2%というインフレ目標を設定したのは間違いだ。2%になるまでやり続けるというのだったら比較的、納得もいく。2年で2%というインフレ目標の設定自体が間違っている」

「物価が上がって所得が上がらないなど、弊害もいっぱい出てくる。白川日銀は、少子化・人口動態からデフレはある程度、恒常的なもので、なかなかインフレに持っていくのは難しいと丁寧に言い続けてきた。これに対して、黒田総裁はインフレ目標を2%に設定するなど、連続性がない」

「目標の設定が正しいかどうかという以上に、重要なのは『変化』を『チャンス』ととらえるかどうかだ。アベノミクスからは変化させようという意欲が感じられる。アベノミクスには好機がある」

「実際の経済活動で投資を起こさせることが必要だ。世界中がアベノミクスに注目しているのは間違いない。変化をチャンスととらえる人がどれだけ増えるのかによって、アベノミクスが失速してしまうのか否かが決まる。変化はチャンスだと思う。アベノミクスの成否は日本国民が決めていくことだ」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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