トルコ暴動のワケ 五輪招致にも暗雲

発端は公園取り壊し計画

イスタンブール中心部の公園取り壊しに端を発する暴動が吹き荒れるトルコのアルンチ副首相は4日、「市民の合法的で平和的な抗議に対する警察活動に行き過ぎがあった」と謝罪し、市民と話し合いの場を設けることを提案した。

全国に広がったデモ隊から辞任を要求されているエルドアン首相は「デモは過激派に組織されている。これは『トルコの春』ではない」と強気の姿勢を見せていた。しかし、ケリー米国務長官も警察の行き過ぎに懸念を示したことから、同首相は態度を難化させた。

暴動は5月31日、イスタンブールのタクシム広場の隣にあるゲジ公園を取り壊してショッピングモールを建てる計画に抗議する市民を警察が強制排除したのをきっかけに始まり、瞬く間にアンカラやイズミルなど全国200カ所以上に広がった。

ゲジ公園の緑は市民に憩いを与えていた。再開発計画で切り倒される樹木は7~8本で、市民は座り込みの抗議活動を行っていた。これを警官隊が無理やり排除したため、ソーシャルメディアを通じて若者数千人が集まり、警官隊と衝突。2千人以上が検挙された。

警官隊は放水や催涙ガスでデモ隊を解散させようとした。水平撃ちされた催涙ガス弾が若者らを直撃、負傷者が相次いで病院に搬送され、うち1人が死亡した。このほか、銃弾を打ち込まれたとみられる死者も1人出て、デモ隊の投石や放火は一気にエスカレートした。

スカーフを着用する自由

暴動の背景は複雑だ。第一次大戦で敗北したオスマン帝国は分割され、ケマル将軍が国王を追放し、1923年トルコ共和国を宣言。初代大統領に就任したケマルは西洋に追いつくため政教分離を導入、国家資本主義に基づく経済建設を進め、「アタチュルク(トルコ人の父)」の称号を与えられる。

しかし、軍や世俗(非宗教的な)派エリート層の支配に嫌気が差した保守的なイスラム教徒の支持を受けた公正発展党(AKP)のエルドアン党首が2003年、首相に就任した。エルドアン首相には政教分離に反する政治活動による有罪歴がある。

AKPはイスラムの伝統を尊重した民主主義を掲げ、エルドアン首相には「イスラム主義者」とのレッテルがはられる。しかし、同首相の強い指導力の下、トルコは市場主義を取り入れ、11年には8.5%の国内総生産(GDP)成長率を記録した。

その一方で、エルドアン首相は政教分離に基づく大学でのイスラム教スカーフ着用禁止令を解除するなど、敬虔なイスラム教徒の声を汲み取り、厳格な世俗主義を緩和している。エミネ首相夫人は、これまで禁止されていた公の場でもスカーフを着用している。

世俗派と保守派の対立

トルコでは敬虔なイスラム教徒が約3分の2、自由を重んじる世俗派が約4分の1を占め、双方の溝は深い。世俗主義の強制について保守的なイスラム教徒は信仰の自由を侵害されたと感じ、完全に西洋化した大学生はエルドアン首相による「イスラム化」を危惧する。

トルコ全体で6%の世帯しか飲酒せず、飲酒運転による事故も全体のわずか1.5%なのに、エルドアン政権は5月に深夜のアルコール飲料の販売禁止などアルコール規制を強化した。中絶の権利も抑制しようとする一方で、首相自身、「女性は3人の子供を持つべきだ」と発言。「エルドアン首相は私たちの生活にまで介入してくる」と若者の不満を増幅させてしまった。

それだけにとどまらない。シリア内戦で反体制派を支援し、トルコ国内での爆弾テロを呼び起こしたことが国民の不安を一気にかきたてた。クルド人独立国家樹立を目指す武装組織「クルド労働者党(PKK)」との平和交渉を進めたことも一部の不満を招いた。

エルドアン首相は昨年、イスタンブールだけで47億ドル(約4720億円)を投資するなど、全国で空港や橋梁、運河のインフラ建設を急ピッチで進めている。経済発展のシンボルとして、イスタンブールは2020年の五輪招致を目指し、東京と争っている。

過剰な警察力行使

エルドアン首相になってから起きた急激な変化にトルコ国民は危機感を抱き始めており、それに火をつけたのが公園取り壊しに象徴される警察の行き過ぎた実力行使だった。

英紙フィナンシャル・タイムズによると、トルコはテロ組織にかかわったなどとして、中国とイランを足したより多くのジャーナリストを投獄している。その数は100人を下らないとみられる。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの年次報告書では、ピアニストがツイッターで宗教的価値を侮辱したとして起訴されたり、刑務所で少年が性的虐待を受けたりするなどのケースが報告されている。

表現の自由は制限され、昨年も警察の実力行使で3人が死亡した疑いが持たれている。テロ対策を口実にした過剰な警察力行使に国民の不満はピークに達していた。抗議の声を上げたのは、リベラル、ナショナリスト、伝統的な世俗主義者、左派の労働具合の活動家、サッカーのサポーター、iPhoneのユーザーだ。

標的はエルドアン首相1人だ。

「鉄の宰相」

エルドアン首相率いるAKPは総選挙で3回連続勝利を収め、現在も50%以上の支持率を誇る。国民の人気を背景に憲法を改正し、米国型の強い権限を持つ大統領制に移行、自らの大統領就任を目指しているとささやかれている。

ケマルが創設した最大野党の共和人民党(CHP)のクルチダルオール党首は強権的なエルドアン政権に対する批判を強めている。しかし、CHPをめぐる軍関与や世俗派エリート主義に対する国民の懐疑は依然として根強い。

イスラム教からキリスト教に改宗した英国在住のトルコ研究家、ジヤ・メラル氏は「エルドアン首相はイスラム主義者でも独裁者でもなく、強力な指導者だ。エルドアンの10年でトルコの民主化は進み、経済発展も遂げた」と評価する。

メラル氏によると、保守的なイスラム教徒も当初はデモ隊を支持していたが、その後、デモ隊が破壊活動をエスカレートさせたため、エルドアン首相支持に戻っている。

国民に和解を呼びかけた穏健なギュル大統領(AKP)の株が上昇中との報道もあるが、メラル氏は「暴動が政治に与える影響は少ないだろう。しかし、イスタンブール五輪招致に大きなダメージになることは間違いない」と指摘する。

エルドアン首相が強気を崩さない背景にはサイレント・マジョリティの支持がある。しかし、議会での圧倒的多数を背景に少数派に転落した世俗派を黙殺する強権的な政治姿勢がイスラムと西洋の中間に位置するトルコの微妙なバランスを揺るがし始めている。

エルドアン首相は「野党体質が抜けきれず、国全体をまとめるリーダーになりきれていない」(フィナンシャル・タイムズ紙)という指摘もある。エルドアン首相が今後、世俗派の声にも耳を傾ける寛容なリーダーになるのか、それともより独裁的に振る舞うのか、トルコは大きな分岐点を迎えている。

(おわり)