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これが「ウーマノミクス」の現状だ

木村正人在英国際ジャーナリスト

影響力ある女性、日本はゼロ

先月下旬、米誌フォーブスが「世界で最も影響力のある女性2013」を発表した。1位はユーロ危機の陣頭指揮をとるドイツのアンゲラ・メルケル首相。ミッシェル・オバマ米大統領夫人、ヒラリー・クリントン前米国務長官はそれぞれ4位、5位につけている。

世界で最も影響力のある女性 上位10人

1アンゲラ・メルケル(ドイツ首相)

2ジルマ・ルセフ(ブラジル大統領)

3メリンダ・ゲイツ(ビル&メリンダ・ゲイツ財団共同会長)

4ミッシェル・オバマ(米大統領夫人)

5ヒラリー・クリントン( 前米国務長官)

6シェリル・サンドバーグ (フェイスブック最高執行責任者)

7クリスティーヌ・ラガルド(国際通貨基金専務理事)

8ジャネット・ナポリターノ(米国土安全保障省長官)

9ソニア・ガンジー(インド国民会議派総裁)

10インドラ・ヌーイー(米ペプシコ最高経営責任者)

アジアの女性も頑張っている。インドの政治家ソニア・ガンジーさんのほか、韓国の朴槿惠大統領11位、ミャンマーの反体制活動家で国会議員のアウン・サン・スー・チーさん29位、タイのインラック・シナワット首相31位、世界保健機関(WHO)事務局長のマーガレット・チャンさん33位がランクイン。

中国の不動産王、Wu Yajunファミリー48位、張欣ファミリー50位、中国の習近平国家主席夫人で歌手の彭麗媛さん54位、世界銀行のスリ・ムルヤニ・インドラワティ専務理事(インドネシア)55位のほか、シンガポール、インドの女性実業家、香港の慈善活動家も名を連ねる。

アフリカからも選出されている。「日本女性はいずこ?」と探せど、ない!ない!ない! 世界的に評価が高いと信じていた日本女性の名前がどうしてないのか、いろいろ調べてみた。しかし、日本女性を取り巻く状況は惨憺たるものだった。これではトップ100にランクインなんてとんでもない。

「ガラスの天井」ならぬ「鉄の牢獄」

いくつかの調査で日本女性の社会進出度は最下位、良くても下を見れば、女性の教育や社会進出を禁じる一部のイスラム国家がズラリという信じられない実態が浮かび上がってきた。

安倍晋三首相はアベノミクス第3の矢である成長戦略の中核に「女性の活躍」を位置づける。「社会のあらゆる分野で2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%以上とする」という大目標を掲げる。経済3団体にも全上場企業で女性役員・管理職の積極登用、少なくとも1人の女性役員登用を呼びかけた。

安倍首相は厳しい認識を示しているものの、掛け声だけでは、女性の社会進出を押さえつける「ガラスの天井」どころか「鉄の牢獄」を取っ払うことはできない。

世界経済フォーラムの「ザ・グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書2012」を見てみよう。135カ国を対象に(1)健康医療の機会(2)教育機会(3)政治参加(4)経済的平等の4項目について男女間格差を調べている。

全体としては健康医療の機会は96%(男性を100%とした場合の女性の到達率)、教育機会は93%と溝はかなり埋まっていたが、経済的平等は60%、政治参加は20%と男女間格差は歴然と残っていた。格差が少ない国は1位アイスランド、2位フィンランド、3位ノルウェー、4位スウェーデンと北欧諸国が上位を独占する。

日本はと言えば101位。カンボジアの103位と大して変わらない。救いは韓国が108位であることだが、下はアラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、ナイジェリア、カメルーンといった中東・アフリカ諸国ばかり。これで、よく日本女性は文句も言わずに我慢している。反乱が起きてもおかしくない状況だ。

一流大学の女性学者の割合は最下位

トムソン・ロイターとタイムズ・ハイ・エデュケーション(THE)が今年5月に発表した「グローバル・ジェンダー・インデックス」(世界400大学を対象に調査)では、一流大学で女性学者が全体に占める割合は日本が一番少なく12.7%。トルコが最も多く47.5%、米国は35.9%、英国は34.6%だった。

日本の一流大学で女性学者が少ない理由について、文京学院大学のスーザン・バートン准教授はTHE誌(電子版)に「日本女性は子供育てと家事に専念する永久就職(結婚)をする一方、男性は社会進出により適しているという性差決定論が根強いことの現れに過ぎない」と指摘している。

バートン准教授の怒りは森喜朗元首相に向けられる。「森元首相は『子どもを産んだ女性に年金をあげるのが本来の福祉』『出生率の低下は女性の高学歴化が原因だ』と公言してはばからない」

「男性は4年制大学へ、女性は短大へと分けられ、結局、女性は昇進のないパートタイムを仕事にするしかない」「正規雇用されると、長時間労働、週末出勤は当たり前で、子育て中の女性にはできない相談だ」

妊娠や出産 に関する知識や情報を盛り込んだ女性手帳への反発が強かったのも、「女性は家で子育て」という日本固有のオトコ目線がありありと感じられたからだ。

政治も女性後進国

日本の後進性を一番顕著に表すのは政治の世界だろう。

各国議会の議員交流を目指している列国議会同盟(IPU、本部ジュネーブ)は世界各国の国会議員に占める女性の割合が2012年に史上初めて20%を突破したと発表した。

ヨンソン事務総長によると、女性議員の割合が30%を超えると女性の影響力が立法過程に及ぶという。

前出の「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書2012」によると、日本の女性議員率は全議員の11%で、135カ国中102位。1位のキューバやスウェーデンの女性議員率は45%だった。

日本の女性閣僚率は12%で、83位。ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、アイスランドの北欧4カ国は半数以上が女性閣僚だった。アジアでは韓国の朴大統領、タイのシナワット首相、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー女史など女性の政治指導者が目立つが、日本ではまだ女性首相は誕生していない。

別の国際調査では、上級マネージャー全体に女性の占める割合は平均24%だったが、日本は調査対象国で最低の7%。最高は中国の51%だった。

ジェンダー・ギャップ是正が必須

「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書」の共同著者サーディア・ザヒディさんは「今年の世界競争力指数のトップ 10カ国のうち 6カ国は世界ジェンダー・ギャップ指数のトップ20 位内に入っている」と指摘している。世界は、積極的な女性の経済的・政治的参加と、結婚と母親業を両立させる方向に動いている。

同報告書で4年連続、世界1性差の少ない国に輝いたアイスランド。世界金融危機で国内の金融システムが完全に崩壊し、女性のヨハンナ・シグルザルドッティル前首相(首相在任2009年2月~13年5月)が事後処理に当たった。同首相は同性愛者であることを公表している世界初の国家指導者だった。

男性より男性ホルモンの一種、テストステロンの分泌が少ない女性は過剰なリスクを回避し、堅実な選択を行う傾向が強い。世界金融危機では男性トレーダーがリスクをかえりみない投資を繰り返したことが一因とされ、女性経営者の登用が真剣に議論されたこともある。

シグルザルドッティル前首相は「ジェンダーの平等は社会の質を表す最上の指標だ」と語る。ノルウェーは05年の公開有限会社法で「役員の数が2~3人なら必ず両性を選任する」「9人以上なら40%はいずれかの性にする」ことを義務付けた。一定の女性議員を選出するよう義務付けている国も少なくない。

女性に一番優しくなれるのは?

日本では1986年に男女雇用機会均等法が施行されたが、真の平等はまったく実現されていない。それどころか2006年以降、ジェンダー・ギャップ指数は80位からずるずる後退。橋下徹大阪市長の従軍慰安婦発言や大手メディア人事部長の女子学生へのセクハラ事件などが頻発している。

日本の女性の就業率は現在約60%。これを男性並みの80%に近づければ労働人口は推定約820万人も増加し、国内総生産(GDP)は最大14%押し上げられるという分析もある。

世界経済フォーラムのクラウス・シュワブ会長は「あらゆる国や機関の未来にとって大切なのは優秀な人材をひきつける能力だ。才能が最も重要になる。ジェンダー・ギャップの是正は、繁栄するための入場券にすぎない」と指摘する。

女性に一番優しくなれるのは、女性の同性愛者であるシグルザルドッティル前首相であることは統計上、明らかだ。日本は前首相を調査団長として招請し、日本社会の後進性を徹底的に洗い直し、調査報告書をまとめてもらう。それに基づいて立法化するぐらいの覚悟でないと状況を一変させることはできないだろう。

日本と同じように女性後進国の韓国では朴大統領が改革に取り組む考えを表明している。女性の社会進出は女性のためではなく、男性のためにも必要不可欠なのだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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