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マンU新旧監督に通じるフットボールの論理

木村正人在英国際ジャーナリスト

日本代表MFの香川真司選手が所属する英イングランド・プレミアリーグ、マンチェスター・ユナイテッド(マンU)の新監督に現在、同リーグ6位のエバートン率いるモイーズ監督が就任することが決まった。

かつてチェルシーを率いて同リーグ2連覇を達成し、イングランドのファンからも愛されているスペイン1部リーグ、レアル・マドリードのモウリーニョ監督も有力候補の1人に取り沙汰されていた。しかし、なぜ、名将ファーガソン監督は知名度や実績で見劣りするモイーズを指名したのか。

(1)グラスゴーつながり

カギの1つは、モイーズがファーガソンと同じ英スコットランド地方最大の都市グラスゴー出身ということだ。産業革命期に造船で栄えたグラスゴーは労働者の街だ。2人とも労働党の熱烈な支持者である。「名誉ある労働者階級」は勤勉によく働く。

ファーガソンは派手なプレーヤーよりも、造船労働者のようにひたむきで組織に貢献するギグスやスコールズのようなタイプを好み、チームの団結を優先する。モイーズもファーガソンと同様、造船労働者のように頑強で、畏怖感を漂わせている。

(2)攻撃型フットボール

エバートンもマンUと同じように果敢に攻撃を仕掛けるチームである。エバートンの試合は見ていて非常に面白い。攻守の切り替えが早く、展開がダイナミックだ。

これに対し、モウリーニョは守備を固め、素早いカウンター攻撃で身体能力や個人技に秀でたFWにボールを出して得点するスタイル。マンU伝統の攻撃型フットボールとモウリーニョは肌合いが異なる。

(3)「変革」より「継続」

ファーガソンのマンU監督歴27年は別格として、モイーズもエバートンを率いて11年。アーセナルのベンゲル監督の17年に次ぎ、イングランド・プレミアリーグで3番目に長い。監督交代が日常茶飯事のプレミアで長期政権を維持しているということ自体、マネジメント能力が高いことを物語る。

8日、モイーズと話し合いを持ったエバートンのケンライト会長は「モイーズとの契約はあと6週間を残すのみだ。彼には進路を自分で決める権利がある」とマンU監督就任を否定しなかった。モイーズがいかにクラブと良好な関係を保ち、オーナーの信頼を勝ち得ているかがうかがえる。

オーナーと衝突することが多いモウリーニョは2000年以降、クラブを6つも渡り歩いている。ファーガソンはマンUの伝統を守るため「変革」よりも「継続」を選んだ。

ファーガソンの後釜はモイーズしかいないという見方で英国の賭け屋、マンUサポーターもOBも一致していた。日本の皆さまにはしかし、エバートン監督就任以来、無冠のモイーズがどれほど優れた監督なのかは、わかりにくいと思うので簡単に説明しておこう。

今季開幕試合、本拠地のグディソン・パークでマンUを1-0で撃破。マンチェスター・シティにも2-0で勝利した。昨季も本拠地でマンCを1-0、チェルシーを2-0で破っている。

モイーズが監督に就任したころ、エバートンは降格ラインをさまようチームだった。しかし、データー重視、選手の発掘とトレードでメキメキ頭角を現して10位以内に定着している。

地元のライバル、リバプールのベニテス監督(現チェルシー)にかつて「ちっぽけなクラブ」と嘲笑されたが、今季も7位のリバプールを5ポイント引き離して堂々の6位につけている。

(1)データー重視

とにかくモイーズはデーターを重視することで有名だ。マンCを破ったときは攻撃の突破口になる相手MFシルバの動きを徹底的に分析し、シルバがパスを受ける確率が高いエリアを割り出して事前に選手を配置してスペースを潰した。

パスやタックル成功率、ヘッディングで競り勝つ確率、パスマップをスコアラーが解析し、試合前、試合後、更衣室で選手と綿密に打ち合わせる。

0.5%でもボールを奪う確率、パスが通る確率、シュートが決まる確率を高めていくのがモイーズのフットボール・スタイルだ。相手の動きを予測して、それを封じるのだ。

練習場も本拠地グディソン・パークの面積と同じにするため移設したほど、モイーズは徹底している。

(2)やり繰り上手

国際会計事務所デロイトの調べでは、2012年のクラブ収入はマンUが3億9590万ユーロ(約514億円)、チェルシーが3億2260万ユーロ、アーセナルが2億9030万ユーロ、マンCが2億8560万ユーロ、リバプールは2億3320万ユーロだったのに対し、エバートンは9950万ユーロ(約129億円)と慎ましい。

クラブは平均して収入の4分の3を選手やその代理人の報酬として支払っている。エバートンが選手に支払っている金額はプレミアでは10番目だった。イレブンの報酬と成績はほぼ比例するが、モイーズは常に報酬を上回るパフォーマンスを見せている。

大リーグを舞台に徹底したデーター分析でお買い得の選手を集めて上位に食い込むオークランド・アスレチックスを描いた「マネーボール」のプレミア版がエバートンとモイーズだと英紙フィナンシャル・タイムズのフットボール・コラムニスト、サイモン・クーパー氏は表現している。

(3)選手の発掘

エバートンの中心選手と言えば、モジャモジャ頭の長身MFフェライニ(ベルギー)とDFベインズ(イングランド)だろう。

エバートンのスカウト・チームは2008年北京五輪に出場したフェライニを撮影、映像からデーターを作成して、クラブとしては史上最高の1500万ポンド(約23億1千万円)で移籍契約を結んだ。フェライニは高さとキープ力、突破力を兼ね備えたMFとしてプレミアの相手クラブを震え上がらせている。さらに高く他クラブに売れることを考えると、決して高い買い物ではなかった。

ベインズは地味だが、ゴール・チャンスにつながるパスを誰よりも多く出している。データーを駆使するエバートンには遅咲きの選手が多い。データーは選手寿命ものばしているようだ。データー・フットボールがマンUにうまく移植できるかどうかは、モイーズの腕の見せ所だ。

ルーニーとの確執

UEFAチャンピオンズリーグのレアル・マドリード戦で73分からのスタートとなったFWルーニーが2週間前、ファーガソンに「他のクラブに移りたい」と通告していたことが発覚。ルーニーは自分がマンUの主軸として扱われなかったことにフラストレーションを溜め込んでいる。

ルーニーは2004年、2560万ポンド(約39億5千万円)でエバートンからマンUに移籍した。エバートン育ちのルーニーはモイーズに放出されたと恨んでいたようで、08年に出版した自伝の中で、モイーズを中傷している。

これに対して、モイーズは「事実無根」と提訴し、09年、ルーニーが謝罪して双方が和解している。その後、ルーニーはTwitterで「エバートンは素晴らしいプレーを見せている。モイーズもこの十年で成果をあげた」と古巣の健闘を称賛した。

モイーズはルーニーのわだかまりを解いて、残留を説得できるのか。それとも代わりの大型選手を獲得するのか。早速、試練がモイーズを待ち構えるが、いずれにせよ、ファーガソンという偉大過ぎる監督の後を引き継ぐ苦労は計り知れない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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