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習近平の中国が求める世界とは

木村正人在英国際ジャーナリスト

■ 新時代の中国

駐英中国大使Liu Xiaoming氏が先日、ロンドンのシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)で「新時代の中国外交」について講演し、質疑に応じた。大使は、欧米主導ではない新たな世界秩序を求めていく中国の外交メッセージを世界に向けて明確に示した。

「新時代」を提唱する理由について、同大使は(1)習近平という新たな国家指導者を迎えた(2)中国は世界第2の経済大国となり、貿易量でアメリカと肩を並べた(3)新興・途上国の国内総生産(GDP)が初めて世界の半分を超えたことを挙げた。

中国が求める世界について(1)平和で発展する世界(2)開かれた協力的な世界(3)多様で協調的な世界だと指摘した。

「平和で発展する世界」の中で、「民族分離主義者」「宗教過激主義者」を危険因子に掲げた。これはチベットや新疆ウイグル両自治区での抗議活動や新興宗教の台頭を指し、「平和」のための「弾圧」を正当化しているように聞こえた。

「開かれた協力的な世界」では、中国の輸出を妨げる保護貿易主義への懸念を示すとともに、中国が欧州では初めてアイスランドと自由貿易協定(FTA)を結んだ成果をアピールした。

中国の外交方針はアメリカ、欧州、中国の三極(G3)の中で、米欧を分断することだ。中国は欧州債務危機でギリシャやポルトガルなどを支援し、EU(欧州連合)の要、ドイツとの経済協力を強化している。

「多様で協調的な世界」で、中国は「それぞれの国にはそれぞれ適した行き方がある」とし、これまで欧米が主導してきた世界秩序を新興・途上国に押し付けることへの強い反対を表明した。

「新時代」の表明はトウ小平の有名な外交方針「韜光養晦(とうこうようかい、時が来るまで力を蓄えて待つ)」の転換を意味しているのだろうか。大使の講演は、中国が新たな世界秩序を主導すると宣言しているように聞こえた。

■中国の外交チェスボード

では、どのような手段で中国が求める世界を構築するのか。

大使は「カーター政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたブレジンスキー氏は、ユーラシア大陸はアメリカにとって重要な地政学上のチェスボードだと言った。中国の外交チェスボードはユーラシア大陸を越える」と野心的に述べた。

大使によると、最近の電話会談で、アメリカのオバマ大統領と習近平国家主席が新しい米中関係で合意した。中国はEUとの関係を強化し、現在、新しい機関の設立を協議しているという。

中国の近隣諸国との貿易は、対EU貿易、対米貿易を合わせたより大きくなった。中国はアジア地域の協力について活発な役割を担っていくと大使は宣言した。

■尖閣問題

その一方で、近隣諸国との領有権争いを認め、「中国は法的な権利と利益について妥協しない」「核心的利益を犠牲にしない」と断言。質疑応答で、領有権争いについて「国際機関ではなく2国間で協議する」と強調した。

国際機関で協議を始めれば、フィリピンや日本にしたように貿易量を減らすなどの嫌がらせをしたり、海軍や国家海洋局などの公船を使って露骨な揺さぶりをかけたりすることはできないからだ。

「2国間で協議する」というのは、中国にとって都合の良い言い訳である。場所を特定しなかったものの、大使が、領有権争いについて「核心的利益」という言葉を使ったことには注意を要する。

中国は「核心的利益」という言葉の使用をチベット、台湾問題から南シナ海、そして沖縄県の尖閣諸島がある東シナ海に広げてきている。東シナ海は中国の版図だと表明したのも同然である。

尖閣諸島国有化をめぐって中国で日本車や日本レストランが破壊されたことについて、「パトリオティズムとナショナリズムを峻別すべきだ。日中間の歴史を振り返るとき、国有化は傷に塩をすり込む行為だった。中国人の抗議活動は自然の発露だ」と擁護しつつ、「その感情を法に基づいて訴えるのがパトリオティズムだ」と定義した。

中国の行動は「パトリオティズム」だから正当化され、日本の尖閣諸島国有化は「ナショナリズム」だと言わんばかりだった。

さらに、「日本と中国の友好関係はアジアの平和と繁栄に欠かせないが、日本が歴史とどう向き合っているかが大きな問題だ」とし、「英紙フィナンシャル・タイムズもデーリー・テレグラフも、過去をきちんと清算したドイツを日本は見習えと論評している」と日本を牽制した。

尖閣問題をめぐって、中国が領海・領空侵犯や海上自衛隊の護衛艦へのレーダー照射など挑発をエスカレートさせて日本の勇み足を誘う一方、国際社会で歴史カードを振りかざして日本を非難するのはもはや既定路線だ。

■朝鮮半島統一

気になったのは、IISSのチップマン所長が質疑応答の冒頭で「韓国と北朝鮮が統一し、その結果として在韓米軍が撤退すれば中国は幸せか」と質問したことだ。

大使は在韓米軍の撤退には触れずに、「中国は統一が平和裏に韓国と北朝鮮が合意した上で行われるのなら歓迎する。しかし、統一に至るまでには長い道のりを要する。今、重要なのは対話を通じて緊張を弱めることだ」と答えた。

核兵器を持った北朝鮮と、そうでない韓国が対等な立場で統一について対話を進めることなどできるのだろうか。また、朝鮮半島統一の条件として在韓米軍の撤退が具体的に交渉テーブルに乗せられているのだろうかと疑問に思った。

中国は「新時代の外交」で自分の庭先から米国を追い出すことを考え始めているのだろうか。

■ほほえみ外交

2008年北京五輪が閉幕した直後、当時の駐英中国大使Fu Ying氏(現外務次官)と2人きりでロンドンのリージェント・パークを1時間近く散歩したことがある。偶然、路上で出くわしたのだ。

チベット弾圧で中国は国際社会の非難にさらされた。北京五輪の聖火リレーは各国で激しい抗議活動を受け、Ying氏は予定とは異なるコースを抜き打ちで走った。妨害を避けるためだ。

Ying氏は北京五輪のマスコットを持参して英BBC放送に出演するなど、最大限の「ほほえみ外交」を展開した。まだ、欧米主導の国際社会に中国がにじり寄っているとの印象が強かった。

Ying氏にチベット問題について質問した。Ying氏は自分も少数民族出身であることを打ち明け、「中国共産党の政策で少数民族の生活は改善している」と強調した。

■転機になった世界金融危機

しばらくして米証券リーマン・ブラザーズの経営破綻で世界金融危機が起きる。

「今回の金融危機は、1905年に日本海軍の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を破った日本海海戦の衝撃に匹敵する」。『ロンドン株式市場の歴史1945~2007年』の著者ブレーキー氏はこう表現した。

そのときは大げさ過ぎると思ったが、その通りになった。09年4月の主要20カ国・地域(G20)首脳会議では、中国の胡錦濤国家主席がホスト国のブラウン英首相から大歓迎を受けた。

09年12月、コペンハーゲンで開かれた国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)では信じられないことが起きた。首脳級会合の一部始終を目撃したライナス氏によると、中国の温家宝首相は姿を現さず、オバマ大統領の向かい側には中国外務省の官僚が座っていた。

■国防費では2025年に世界1

G20も主要8カ国(G8)も中国がいなければ何も動かなくなった。IISSの予測では、早ければ2025年までに中国の国防費は米国のそれに追いつく可能性がある。

北朝鮮の核・ミサイル開発の進展は、中国経済の高度成長によるトリクルダウン(富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透する)効果と密接に関係している。

北朝鮮は、核兵器も経済発展もの二兎を追うことが可能になったのだ。

中国が米国に見合う軍事力を身につけたとき、アジア、世界はどうなっているのだろう。この5年間の激変ぶりを目の当たりにし、戦慄を覚える。「新時代の外交」を打ち出した中国とどう向きあえば良いのか、アメリカも日本もまだ明確な答えを見いだせていない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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