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中国のビミョーな変化に苛立つ北朝鮮・金正恩

木村正人在英国際ジャーナリスト

狙いは中国

「核攻撃」にまで言及する北朝鮮の挑発行為について、国際軍事情報会社IHSジェーンズのデービッド・リーズ部長は5日、「北朝鮮は中国の経済援助を引き出そうとしている。それが最も現実的な可能性だ」との見方を示した。

リーズ部長は「中国は朝鮮半島の現状を維持するため、北朝鮮に対して生かさず殺さずの援助を続けてきた。金正恩はこのままでは経済・政治体制が持ちこたえられないことを認識している。中国からの援助拡大を求めるのが現実的な選択肢だ」と指摘した。

金日成、金正日時代と比べても常軌を逸した金正恩の「瀬戸際戦略」は大きなリスクを伴う。韓国や米国への挑発が足りなければ中国に黙殺されるが、かといって、やり過ぎれば、韓国や米国と偶発的な軍事衝突を引き起こす恐れがある。

緊張をギリギリまで高めて、結局、何の成果も挙げられなければ、「ブラフ」であることを見透かされ、金正恩の無能ぶりを体制内、世界中にさらしてしまうことになる。29歳の、孤独な独裁者は自分で自分を抜き差しならない状況に追い込んでしまった。

血の友誼

朝鮮戦争を一緒に戦った北朝鮮と中国の関係は「唇歯の関係」「血の友誼」と表現される。切っても切り離せない関係ということだ。中国の首相・周恩来と北朝鮮の最高指導者・金日成は1961年、中朝友好協力相互援助条約に調印した。

この条約には、いずれかの締約国が武力攻撃を受けて、戦争状態に陥った場合、他方の締約国は直ちに軍事上その他の援助を与えるという「参戦条項」が設けられている。北朝鮮が韓国、米国と軍事衝突した場合、中国は必然的に紛争に巻き込まれる恐れがある。

中国は、北朝鮮の体制が崩壊して韓国主導で朝鮮半島が統一されるより、韓国や米国との間の緩衝帯(バッファー)として北朝鮮の体制を存続させた方が得策と考えてきた。体制崩壊により北朝鮮の難民が中国に大量流入することも絶対に避けたい事態だ。

北朝鮮の核・ミサイル実験のたび、中国は国連安全保障理事会の制裁決議に応じてきた。その一方で、経済・人道援助として、対北朝鮮貿易を2011年に60億ドルに拡大させた。北朝鮮はエネルギー輸入の90%、消費物の80%、食糧の45%を中国に依存している。

08年時点で、北朝鮮の中国からの輸入は20億3千万ドル、中国への石炭や鉄鉱石などの輸出は7億5千万ドルだった。貿易赤字の12億5千万ドルが中国から北朝鮮への事実上の経済援助になっていたとみられている。

米議会調査局の報告書は「中国の食糧援助は朝鮮人民軍に回されていると広く信じられている」と指摘している。さらに、中国は09年時点で、安保理の制裁決議で禁じられた贅沢品を毎月平均1100万ドル相当、北朝鮮に輸出していた。

中国の変化

中国の体制が胡錦濤から習近平に移るのに配慮して、北朝鮮が封印してきた3度目の核実験を行ってから、中国に変化が現れた。

今年2月、英紙フィナンシャル・タイムズに中国共産党幹部養成機関、中央党校の機関紙「学習時報」のトウ聿文副編集長が「中国は北朝鮮を切り捨て、韓国主導の朝鮮半島統一を支援すべきだ」との寄稿を行った。

北朝鮮との関係を清算する理由を同副編集長は5つ挙げている。

(1)イデオロギーで結ばれた関係は危険だ。今や中国と北朝鮮の違いは、中国と欧米諸国の違いよりも格段に大きくなった。

(2)北朝鮮が緩衝帯になるという考えは地政学上も時代遅れになった。北朝鮮が米国との戦争に巻き込まれたら、中国の安全保障は重大な危険にさらされる。中国は緩衝帯よりも自らの強さと開放性を信頼すべきだ。

(3)北朝鮮の改革・開放政策は中国のようには進まない。改革・開放政策を進めることは金正恩体制の崩壊を意味するからだ。

(4)北朝鮮は中国から離反している。北朝鮮は金日成の偉業を高め、国家の独立性を強調するため、1960年代前半に、中国が北朝鮮とともに朝鮮戦争を戦って多大な犠牲を払った史実を消し去っている。

(5)北朝鮮がいったん核兵器を保有すれば、中国に核の脅しをかけてくる可能性を排除できない。金正日は米国に対して、「もし援助してくれるのなら、北朝鮮は中国に対する最強の要塞になる」とほのめかしている。

同副編集長は韓国主導の朝鮮半島統一が無理なら、北朝鮮に親中国の政権をつくるよう影響力を行使して、北朝鮮に安全を保障した上で核兵器を放棄させ、「普通の国」への道を歩ませるべきだと説いている。

同副編集長はこのあと中国外務省の抗議を受け、副編集長ポストを更迭され、無期限の停職処分となっている。

四面楚歌の金正恩?

米国のカート・キャンベル前国務次官補(東アジア・太平洋担当)は米ジョン・ホプキンス大学でのフォーラムで「唇歯の関係はすり減って薄くなっている」「中国の外交政策は微妙に変化している」と指摘した。

キャンベル氏は「北朝鮮高官も北京の空気の変化に気づいている」「最も大切なのは中国がこれまでの対北朝鮮政策に実りがなかったことを自覚したことだ」とも述べた。

英語には「正体不明の災いよりも正体のわかっている災いの方が良い」ということわざがある。中国は、予測できない金正恩の「瀬戸際戦略」と韓国への米軍のプレゼンス拡大に不快感を強めている。

キャンベル氏は米紙ウォールストリート・ジャーナルに「中国は北朝鮮に対して厳しい態度に出るだろう」と予測しているが、果たして中国の出方はいかに。習近平は金正恩体制の崩壊と韓国主導の朝鮮半島統一を望んでいるのだろうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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