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アベノミクスは120点の出来 麻生マジックも 第6回「英巨大ファンド日本人創業者が読む世界羅針盤」

木村正人在英国際ジャーナリスト

ロンドンに本拠を置く国際的な資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の共同創業者、浅井将雄さんに、海外から通貨安競争を招くと批判されているアベノミクスを採点してもらった。

英巨大ファンド共同創業者の浅井将雄さん
英巨大ファンド共同創業者の浅井将雄さん

――これまでのアベノミクスの出来は

「欧米並みのスピード感を持ってやっている。120点の出来だ。他の誰もが成し得なかった出だし3カ月のスピードでは、小泉純一郎首相でさえ、ここまで劇的な資産浮揚効果は成し得なかった。何の副作用もなく、財政にも副作用がほぼゼロで、補正予算も建設国債でまかなった。事実上、赤字国債だが、ロジカルにはそうではない。非常によく練られた政策だったと思う。素晴らしい政策だといえる。ただ、リフレ(緩やかなインフレーション)をコントロールするのは難しい。リフレが行き過ぎた時にどうするのかを議論しなければならないが、その前に財政と金融で打てる手が限られている中で、効果的に安倍政権は手を打ってきた。第3の矢の規制緩和でこの勢いを持続させられるかどうかは非常に難しい。この政治力こそが安倍政権を採点するポイントだと思う。だからこの部分については白紙、第1の矢の財政、第2の矢の金融までは100点以上の点が付けられる。しかし、第3の矢が全体に占める配点は8割ぐらいあるので、これから大きく減点される恐れがある。それは政策にかかっている。小泉政権の郵政民営化、道路公団改革でも、民主党政権でも成長の原動力を作ることができなかった。しかし安倍首相は4年を超えて政権を維持できる切符を最初の3カ月で手に入れたのではないかと思う」

――第1の矢の財政についてどうみるか

「昨年12月に安倍政権が誕生して、財政を打っていく、金融を緩和する、規制緩和をもとにした成長を行うという3本の矢を政策の柱にした。12月から今年1月にかけ財政を出した。比較的景気にインパクトのある補正予算を作ることができたことが安倍政権の成し得たことの一つだ。2012年度の予算案の中ではもともと174兆円の国債の発行総額があった。これが6兆円の建設国債を積み上げることによって史上最大規模の180兆円という国債発行額になった。非常に苦しくて新規国債発行額は民主党時代の44兆円プラス建設国債の6兆円の50兆円になっている。過去に発行した国債の借り換え債110兆円、これが将来、日本の財政を逼迫させてくる。2023年にはこの額が138兆円ぐらいになると試算されている。これが財政の足かせになっている」

――財政の発散は防げるのか

「新規国債を40兆~50兆円出さなければいけないという思惑があって発散型の財政になると思われていたが、彼らは今回、国債整理基金を大きく取り崩すことによって2013年度の国債発行額を170兆円に抑えることができた。麻生太郎財務相と財務省高官がうまく仕掛けたマジックで、財政発散が近いうちにあるのでは、安倍政権が財政を緩めるのではと思われていたが、財政を緩めないように新規発行額は42兆9000億円に、総国債発行額も170兆円に抑えたということは国債の需給に非常に大きなインパクトを与えた。新聞にはあまり出ていないが、彼らは周到に国債発行額を抑えた。ただ、将来の借り換え債の発行を抑えることはできないので、財政が立ち行かなくなるリスクはまだ非常に高い。ただ、単年度をみると民主党から自民党に引き継がれた時に、国土強靭化計画、200兆円の公共事業を行って財政が発散するのではないかと思われていた懸念に対して、最初の補正予算でやはりと思わせたが、一方で安倍・麻生内閣は非常にうまくコントロールして2013年度の国債発行総額を抑え込むことに成功した。これは非常に評価して良いと思う」

――プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化は可能か

「2015年までの財政赤字半減、2020年までのプライマリーバランス黒字化の道筋の解答にはまったくなっていないが、一方的な発散はさせない、2013年度は10兆円も圧縮させて見せたというマジックはおそらく極めてポジティブなインパクトと受け止めて良い。これは安倍・麻生内閣の財政における第一歩としては非常にポイントが高い。今回は公共事業を大きく増やしたことで景気に対する乗数効果が高くて、今年の成長は0・9%程度と思っていたが、この補正予算が効いて0・6%から1・数%、国内総生産(GDP)の上乗せに寄与する。日本も13年度には2%弱程度の成長を期待できる。3年間、自民党が雌伏してきて、最初に出してきた予算案としては財政にも成長にも配慮した予算だったと思う。アベノミクスに対して非常に好感を持った政策の一つだ」

――麻生マジックとは

「国債整理基金とは国債の金利が急騰した時に備えて毎年積み立てている特別会計だ。金利が急騰した時のバッファー(緩衝装置)はなくなるが、その積立金を減らして今年の国債発行額を減らした。日銀が金融緩和を強化する前提の中では、急激な国債金利の高騰は起きにくいので、金利高騰に備えるための基金は不必要になる。積立金を大きく削ることで財政を出しながら国債発行額を抑え込んだところがポイントだ」

――第2の矢の金融緩和は

「安倍政権が金融でやったことは日銀に大きくプレッシャーをかけながら、金融緩和を成し遂げるために、まず日銀と政府の間でアコード(政策協定)を結んで2%のインフレーションターゲットを設定した。日銀は2014年から1年以内の国債10兆円を無期限で購入、1年から3年までの国債2兆円を無期限で購入する、オープンエンド型の国債買い取りを導入した。アコードを結んだことでインフレ率が2%に達しない限り日銀は金融緩和の矛先をおさめられなくなった。ここまで日銀にプレッシャーをかけた政権は過去にはなかった。次の日銀総裁は安倍政権の認可の下で決められる。アジア開発銀行(ADB)の黒田東彦(はるひこ)総裁の名前が上がっているが、新総裁の下で白川総裁より大きな金融緩和が行われるというのが市場の期待値となり、民主党の野田佳彦首相が辞任した時には1ドル=80円だったのが、安倍政権が発足して94円台に突入、日経平均も8700~8800円だったのが、1万1400円を超えてきた。今、使える財政と金融の限られた弾を最大限に使ったというのは、アベノミクスとして非常に成功だったと思う。かなり弾は使い尽くした。今後、日銀が新たな緩和策として日銀当座預金の付利(民間金融機関が日銀に持つ当座預金に付ける金利)を引き下げたり、資産購入プログラム(APP)の中でデューレーション(期間)を引き延ばしたりすることは容易に想像できるが、それ以外に財政、金融もそこそこ弾が尽きてきて、次は規制緩和や成長戦略をどうするのかが夏の参院選を越えてからの長いテーマになる」

――ベースマネーの拡大によって為替は動いているのか

「ドル・円の為替ファクターについては日米の金利差、経常収支、金融緩和度によるベースマネーの拡大などいろいろある。金利と為替の違いは、金利は一国の決定によるが、為替は金利と違って一国の中央銀行によって決まるものではない。さまざまな複雑なファクターが合わさって決まっていくものなので、ベースマネーだけで為替レートが決まるものではない。日銀のベースマネーは、80兆円の日銀札と約50兆円の日銀当座預金を合わせて約130兆円。これからAPPを増やしていくと、この130兆円が今年末には175兆~190兆円になり、日銀のバランスシートが対GDP比の35~40%に膨れ上がるということを日銀はチャレンジしてやろうとしている。ここ数年、APPをやってきた中で、日銀のマネタリーベースは約10兆円しか増えなかった。2013年度、通年を取ってみると、30兆~50兆円程度増えると見込まれる。市中にキャッシュが出て行く政策なので、円安に働きかける一つの方法として当然、念頭に置いている政策だ。円安に向ける蛇口の開け方としてマネタリーベースを増やす努力を日銀はしていく。アベノミクスをベースにした円安政策を起こすということで外人投資家を含めて大きく為替を円安方向に張っていくプレーヤーが多い。しかし、日本の経常収支が大きく減ってきたことが円安のベースにある。2012年の所得収支の黒字が14・3兆円もあったが、貿易収支の赤字が5・8兆円になった。経常収支の黒字幅はかつての4分の1になっている。需要と供給の中で円に対する需要が減退している中で、日銀がマネタリーベースを増やすと円安に振れやすい」

――中央銀行が国債購入を進めれば長期金利が下がるのでは

「日銀はそれを嫌っている。政府が発行した国債を日銀が引き受けるマネタイゼーションを野方図にすると、財政の信認を失って長期金利が上昇することは歴史が証明している。マネタイゼーションと言われない範囲で工夫をしながら、日銀の場合は新規に発行された国債は購入しない、流通市場からしか購入しないというルールを定めているので、長期金利がコントロールできる範囲に収まっている。日銀の国債保有量は、国債保有者全体の11%程度で銀行の半分ぐらいだが、これが2年後には20%、2016年にはおそらく主体としては1番になってくる。20%を大きく超えて、30%、40%になってくるとどこかで政府の財政を日銀がサポートする形になってくる。どこまで財政が信認されるかと言えば、今の11%ではマネタイゼーションとは言われないが、日銀が最大の保有者になった時にマネタイゼーションではないというのは難しい。将来的には禍根を残すかもしれないが、今の時点では日銀というカードが使えると安倍政権も財務省も考えているのではないか」

――日銀の白川方明総裁が4月8日の任期満了を待たず3月19日に辞任すると発表したが

「あと1カ月のことなので、示唆していることを気にしない方が良いと思う。もともと総裁、副総裁は同じ時に変わっていた。日銀副総裁だった武藤敏郎氏が財務省OBということで国会が空転して、白川総裁の就任が1カ月遅れた。今回はそれを元に戻すだけなので、白川総裁がやめることでさらに緩和が早まったとか、白川総裁が次の人事に不満があったとか、安倍政権が日銀にプレッシャーをかけ過ぎたとか、仮に全部がそうだったとしても、次の総裁が緩和をするタイミングが1回だけ早く決められるようになった、それだけだと思う。水面下で伝わっている話では、日銀にとって好ましくない総裁、副総裁になるので、それに対する抗議という意味合いもあるが、仮にそうだとしてもその路線で決まっていくので、無用な憶測だと思う」

――経常収支の黒字が5兆円を切ったが

「黄信号だと思う。経常黒字の減少は円安に効いてくる。過度な金融緩和をすれば国債は支えられる。経常収支の大幅な低下をもたらしたのは東日本大震災で、原子力発電所が使えなくなり、大量の火力発電が必要となってエネルギーを輸入しなければならなくなった。それに伴って貿易収支が悪化した。大震災が日本の経済構造を大きく変えた。大震災の傷を埋めるために財政を出さなければいけなくなった。大震災がもたらした不幸の連鎖が今、為替に大きく効いてきている」

――過去の円安は日銀の金融緩和と関係しているか

「1995年、キャプラ日本子会社の現取締役で『ミスター円』の愛称で知られる榊原英資(さかきばら・えいすけ)財務官(当時)が日米協調介入(七夕介入)して1ドル=80円を割っていたのを大きく反転させ、98年には145円ぐらいまで戻った。ルービン米財務長官が強いドルは国益として米国に資金を集中させる政策を取った。モスクワで今月15~16日に開かれる20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議のあと、オバマ米大統領と安倍首相が会談するが、その中で、米国が急激な円安に対して厳しいコメントを出せば、このスピードについては弱まってくる可能性がある。為替を決めてきたのは大きな政治的合意、1985年のプラザ合意だったり、87年のルーブル合意だったりした。最も大きな変化はプラザ合意だったが、それは政治で決められた」

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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