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特撮人形劇「サンダーバード」に込められたプロデューサーの願い

木村正人在英国際ジャーナリスト

最近の若者世代に、最先端メカニックを駆使して災害救助に奔走する「国際救助隊」の特撮人形劇テレビ番組「サンダーバード」(1965~66年)と言ってもピンと来ないかもしれない。しかし、私たち昭和30年代生まれの世代には決して忘れることができないテレビ・シリーズだ。

昨年12月26日、83歳で亡くなった「サンダーバード」の英国人プロデューサー、ジェリー・アンダーソン氏の葬儀が11日、英南部レディングの礼拝堂で行われ、当時、「サンダーバード」などの制作にかかわった声優や世界中のファン数百人が集まった。

「国際救助隊」のために働く美貌の女性スパイ、ペネロープの愛車、ピンク色ロールスロイスのレプリカも展示された。

アンダーソン氏はもともと「ベン・ハー」のような大作映画を手掛けたかった。最初、低予算の人形劇テレビ番組「トゥイズルの冒険(仮訳)」が持ち込まれたとき、落胆した。しかし、背に腹はかえられず、しぶしぶ操り人形を使ったテレビ番組の制作を始めた。

アンダーソン氏の人形嫌いが、実写に近いリアルさを求めて、「スーパーマリオネーション」と呼ばれる特撮技術を生み出すことになるから面白い。

「スーパーマリオネーション」は「スーパー(超)」「マリオネット(操り人形)」「アニメーション」を合わせた造語だ。アンダーソン氏は手の実写をはさみ込んだり、音声に合わせて人形の口が動くシステムを作ったりするなど、工夫に工夫を重ね、新境地を切り開く。

人形嫌いでなかったら、ここまで凝らなかったに違いない。

アンダーソン氏が「サンダーバード」のアイデアを思い付いたのは1963年にドイツの鉱山で起きた洪水事故がきっかけだった。泥水が大量に坑道に流れ込み、取り残された坑夫は全員、絶望視された。だが、先端技術を駆使した懸命の救助作業で11人が14日後に助け出され、29人が死亡した。

最先端の科学技術で、絶望的な状況から人命を救助する。こんなコンセプトから生まれたのが「国際救助隊」だ。時代設定は20XX年。元宇宙飛行士ジェフ・トレーシーが南太平洋に秘密基地を設け、息子たちが最先端の航空機、ロケット、潜水艇を駆使して世界中で救助活動を展開する。

息子たちの名前、スコット、バージル、アラン、ジョン、ゴードンは実在する米国の宇宙飛行士から取った。

当時、米ソ間で熾烈な宇宙競争が展開されていたこともあって、サンダーバードは英国だけでなく米国の子供たちの心もあっという間にとらえた。私も機体の中のコンテナから、さまざまな新装備が飛び出すサンダーバード2号に夢中になった。

BBCの人気報道番組「ニューズナイト」は11日夜、18カ月前に収録したアンダーソン氏のインタビューを放送した。氏は2010年にアルツハイマー病を発症している。

アンダーソン氏は「特撮技術を駆使しても操り人形はリアルには歩けない。だからベルトコンベヤーや乗り物に乗せた」という撮影秘話や、ニューヨークを訪れた際、宇宙船から脱出するアイデアを熱心に説明した相手が実は、宇宙空間で起きた事故で地球への帰還が危ぶまれた宇宙船アポロ13号の船長、ジェームズ・ラヴェル氏だったというエピソードなどを明かしている。

最後に、「人類は目覚ましい発展を遂げたが、戦争が次々と勃発するなど、何も変えることはできなかった」とアンダーソン氏は寂しそうな表情を浮かべた。非暴力の「サンダーバード」には確かに、科学への夢と、人命救助という理想が込められていた。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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