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キャサリン妃ご懐妊に沸く英国で、ニセ電話に引っ掛かった病院の女性看護師が自殺

木村正人在英国際ジャーナリスト

第1子を妊娠したウィリアム英王子の妻、キャサリン妃が入院していたロンドンの病院で、王子の祖母エリザベス女王と父親のチャールズ皇太子を装ったオーストラリアのラジオ局のニセ電話を取り次いだ女性看護師が7日朝、病院の近くで意識不明の状態で倒れているのが見つかった。女性看護師はその後、息を引き取ったが、自殺とみられている。

ご懐妊の朗報が、海外メディアによる過熱取材のため悲劇を引き起こしてしまった。ウィリアム王子とキャサリン妃は深い追悼の意を表明した。英大衆紙デーリー・メールなどが伝えた。

女性看護師には夫と2人の子供がおり、キャサリン妃が入院していたエドワード7世病院で4年以上勤めていた。職場の同僚から尊敬され、患者の人気も高かったという。

オーストラリアのラジオ局「2Day FM」のプレゼンター2人は4日午前5時半に、エリザベス女王を装って病院に電話をかけ、「私の孫娘のケイトと話せるかしら」と女性看護師をだました。

女性看護師は電話を病棟につなぎ、別の看護師が「彼女の体調は安定している」などと説明していた。

女性看護師が責任を感じて動転していたため、ウィリアム王子もキャサリン妃も女性看護師をとがめず、病院側は、再発防止のため電話の取次ぎ方法を見直すとしていた。

ひと昔前まで、「タブロイド」と呼ばれる英大衆紙にとって英王室は最大のターゲットだったが、ウィリアム王子の母、ダイアナ元皇太子の交通事故死をきっかけに、キャサリン妃への過剰取材を自主的に控えるなどの動きが出始めた。

英大衆日曜紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドの組織的な携帯電話盗聴事件が発覚してから、英大衆紙は借りてきたネコのように大人しくなってしまった。キャメロン英首相が報道倫理を検証するため設置した独立調査委員会、レベソン委員会はそれでも、これまでの報道苦情委員会では不十分だとして、独立した規制機関の新設を政府に勧告したばかり。

国境がなくなったインターネット時代、いくら英国のメディアが行儀よく振る舞っても、海外メディアまで規制することはできず、フランスで休暇中のキャサリン妃はトップレス写真を盗撮された。

今回は、まじめな女性看護師が、オーストラリアのラジオ局の悪乗りの犠牲になってしまった。

英BBC放送の王室記者は、女性看護師について「英国籍でない可能性がある」と示唆している。

英国の病院では、アジア系などの看護師がたくさん働いている。筆者の妻が手術を受けたときも、「多国籍軍」のような看護師チームがサポートしてくれただけに、今回の悲劇には人一倍、胸が痛む。

ニセ電話が病院にかかってきた午前5時半には電話の受付がいないため、女性看護師が代わりに電話を取ったという。人を助けるのが仕事の看護師に「人を疑え」と求めるのは難しい。

昔は日本でも白衣を着て病院の潜入取材を試みる記者もいたようだが、「報道の自由」も常識の範囲内でという良識が必要なことは言うまでもない。

その常識が国によって異なり、崩れつつある。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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