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ペトレアス米CIA長官辞任にみる「英雄色を好む」の代償と対処法

木村正人在英国際ジャーナリスト

米中央情報局(CIA)のデービッド・ペトレアス長官が不倫を理由に辞任した。ペトレアス氏の不倫相手が「恋のライバル」と邪推した女性が実はアフガニスタン駐留米軍司令官のジョン・アレン海兵隊大将と「不適切なメール」をやり取りしていたことが発覚し、米連邦捜査局(FBI)が調査する騒ぎになっている。

軍の規律や軍の社会的評価を守るため、米軍では不倫は処罰の対象だ。ペトレアス氏の不倫は軍を退いてから始まっており、処罰の対象ではなかったが、ペトレアス氏は「CIA長官としても夫としても容認されない」と非を潔く認め、辞任した。

ペトレアス氏からアフガニスタン駐留米軍司令官を引き継いだアレン大将は軍人で、不倫が認定されれば軍規を乱したかどで処罰される恐れもあるため、慎重に調査が進められている。

「英雄色を好む」と言われるように、社会的地位の高い人には昔からセックス・スキャンダルがつきまとう。

歴代米大統領ではフランクリン・ルーズベルト、ドワイト・アイゼンハワー、米女優マリリン・モンローと浮名を流したジョン・F・ケネディ、実習生モニカ・ルインスキーさんとの不倫スキャンダルが発覚したビル・クリントン氏らが有名だ。

少女買春疑惑が発覚したイタリアのシルビオ・ベルルスコーニ前首相、性的暴行容疑で逮捕された国際通貨基金(IMF)のドミニク・ストロスカーン前専務理事を見てもわかるように、世界の政界はセックス・スキャンダルのオンパレードなのだ。

去勢した動物が攻撃的でなくなることから、昔から男性ホルモンと攻撃性、リスクを好む傾向、自己中心的な行動は結び付けて考えられてきた。リビドー(性的衝動)が強い人ほど、攻撃的になると信じられてきた。

2009年、「米国科学アカデミー紀要」に、シカゴ大学経営大学院でMBA(経営学修士)取得を目指す男女学生を対象に行われた実験の結果が掲載された。

被験者のつばから男性ホルモンの一種、テストステロンの濃度を計測する一方で、一定の報酬で満足するか、それを増やすためにさらなるリスクを取るか、コンピューターゲームで調べた。

一般的に男性の方が女性よりもリスクを取る傾向が強いが、テストステロンの濃度が上昇すると、女性も男性と同じようにリスクを取るようになることが確認された。

しかし、同じ年に英科学誌ネイチャーに発表された研究では、テストステロンの濃度が上昇するほど、人間は攻撃的になり、リスクを好み、自己中心的になるという考えは神話に近いと指摘されている。

スイスのチューリヒ大学と英ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校の神経科学者や経済学者が女性被験者に0・5ミリグラムのテストステロンまたは偽薬を投与し、2人でおカネの取り分を交渉させた。

その結果、テストステロンを与えられた被験者は交渉が決裂するのを避けるため、より公正な申し出を行っていたことがわかった。

動物のように社会構造が単純な場合、テストステロン濃度の上昇が攻撃性として現れる可能性があるのに対して、複雑な社会に暮らす人間の場合、社会的地位を向上させるために攻撃的ではなく、より公正で社会的な行動を取るようになった。人間の攻撃性を高めているのは、テストステロン自体ではなく、テストステロンを取り巻く「神話」の効果だ、と研究チームは結論付けている。

テストステロンの分泌が活発な人が高い社会的地位を手にする傾向が強いとすると、逆に、ベルルスコーニ、ストロスカーン両氏や米プロゴルファー、タイガー・ウッズ選手のようにセックス・スキャンダルで身を滅ぼすリスクも高いと言えそうだ。

英BBC放送が伝授する、セックス・スキャンダルで受けるダメージを少しでも和らげる方法とは。

心得の一、否定するより、できるだけ早く非を認めて謝る

セックス・スキャンダルを否定してウソがばれた場合、今度は「ウソつき」という烙印が押され、失地回復が難しくなる。

心得の二、政治と私生活は別という昔の不文律は適用されない

アイゼンハワー元米大統領と戦時中、親密な関係にあったお抱え英国人女性運転手は元大統領が亡くなり、自分も末期がんで余命わずかになって初めて2人の関係を自伝で公表したが、そんな不文律はインターネット時代に通じない。

私生活には寛容だったフランスでも、ストロスカーン氏のセックス・スキャンダル以来、セックス・ライフが政治に影響を及ぼす危険性が議論されるようになった。

特に米国では社会的に地位の高い人にはより高い社会規範が求められる。

心得の三、スキャンダルが発覚する時期次第では生き残れる

ペトレアス氏の場合、リビアのベンガジで米外交官4人がテロで死亡した後に不倫が発覚。米社会の批判を集める恐れが強かったため、先手を打って辞任した。

米共和党のデービッド・ヴィッター上院議員は2007年、売春組織「D.C.マダム」スキャンダルに巻き込まれたが、次の上院選挙まで3年あったので、妻と共同会見し、非を全面的に認めて謝罪し、生き残った。

草食系男子が増えたといわれる日本。ひと昔前に週刊誌を騒がせた山崎拓元自民党幹事長のようなセンセイは絶滅危惧種になってしまったのかもしれない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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