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英巨大ファンド日本人創業者が読む世界羅針盤 第2回 世界金融危機と欧州債務危機をどう乗り切ったか

木村正人在英国際ジャーナリスト
巨大ヘッジファンド共同創業者、浅井将雄さん

第1回目は、ロンドンで総額140億ドル、日本円にして1兆1300億円を運用する資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井将雄さんに日本が直面する経済・財政問題についておうかがいした。今回は、ファンド創設から世界金融危機、欧州債務危機を振り返ってもらった。

・ヘッジファンドは最初の5年で8割が選別される

問い 浅井さんが共同創業した「キャプラ・インベストメント・マネジメント」とはどんなファンドか

「われわれはヘッジファンドなので、個人など一般からの公募ではなく、金融機関や年金基金、ソブリン・ウェルス・ファンド(政府系投資機関)などプロの投資家からおカネを集めて運用している。投資対象を絞った形で比較的大きなリスクを取っている。2005年に運用総額6億ドルでスタートしたが、リーマン・ショック(2008年)前に35億ドルになって、世界金融危機の動乱の中でも安定的なリターンを上げてきたことが評価されて運用総額は140億ドルぐらいになった。債券系ヘッジファンドでロンドン最大級、総預かり資産でもヘッジファンドとしてはロンドンのトップ5に肩を並べる。グローバルに見ても大きなヘッジファンドだ」

問い ロンドンにもニューヨークにも浅井さんのように大きなファンドを運用する日本人創業者はいない。「キャプラ」を共同創業したいきさつは

「私は旧UFJ銀行出身のディーラーだったが、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した2005年、ロンドンで同僚の中国系米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立した。当時、米国の景気は9・11の米中枢同時テロの後遺症から立ち直り、良かった。英国でも大きく経済成長がみられ、欧州単一通貨ユーロが安定してきた欧州にも資金が舞い込んだ。中央銀行の金融緩和策とあいまって大きな流動性相場が訪れた。米銀経営者が、バブルかもしれないが、曲が流れているうちは踊り続けなければいけない、と言ったように、将来の崖はあるかもしれないが、みんなが非常に楽観的になって投資を繰り返した環境下だった。先進国自体の成長も期待された上、中国をはじめとする新興国マーケットも膨張してきて、世界経済の成長率が5%に届くような景気の好循環を迎えていた。ヘッジファンドのビジネスというのは最初の5年間で8割が選別され、2割だけが勝ち残ると言われていて、立ち上げても資金が集まらないとか、運用がうまくいかないことが多いが、そういう意味でわれわれが独立したタイミングは非常に良かった」

・世界金融危機と欧州債務危機を乗り切る

問い 世界金融危機をどう乗り切ったか

「複雑な金融商品が金融機関に広がっていたため、一行が潰れると連鎖破綻していくという構図があいまって、米巨大証券の一角、リーマン・ブラザーズが潰れたあたりからは普通の金融市場の流れが滞ってしまう状況になり、大きな資金の引き上げがあって、ヘッジファンドも大きな危機を迎えた。しかし、われわれは金融機関の連鎖破たんに対するテール・リスク(統計的に予想されるリターンの分布曲線の両端部分に来るもの)・ヘッジの可能性を考えていたので、その時点で大きくリスク・リダクション(リスクを伴う投資を減らすこと)を行った。ヘッジのポートフォリオを大きく持っていたため、10%のリターンを残すことができた」

問い 世界金融危機後に欧州債務危機が起きた

「各国協調のもとリーマン・ショックの傷跡を癒していく作業が続けられて、中央銀行が大量の流動性を供給してアセット・パーチェイス(資産買収)・プログラムなどを発動して、実際に流動性が若干劣る商品すら中銀が買っていくことで何とか経済活動の機能を取り戻すことに成功した。とりあえず資産価格の面ではリーマン・ショック前に戻ってきたのかなと思う。一方、欧州ではリーマン・ショックの弊害で、大量に出た財政の問題が後になって欧州債務危機という形で副作用が出てきた。結局は財政には頼れず、経済成長も見込めず、さらにリーマン・ショック以前に大量に欧州に流入した資金が引き揚げるという状況が続いた。外部からの資金も入ってこないまま、経常収支の悪化と対国内総生産(GDP)比で政府債務残高が大きい国はファンディングが非常に困難になり、ギリシャのように欧州各国が国際通貨基金(IMF)や欧州連合(EU)、欧州中央銀行(ECB)による救済を仰がないといけないという副作用があった」

・予想できた欧州債務危機

問い 欧州債務危機は予想できたか

「ロンドンは金融面ではシティーという大きな金融ソサイアティを抱えているが、グローバルに俯瞰して欧州がバランスシートを膨らませたままでいることがもともとわかっていた。欧州の銀行はバランスシートの削減に向かわなければいけない、いったんは不況になって、大手銀行を中心に資金注入の必要があるだろうと予想していた。何とか欧州債務危機のコンテイジョン(伝染)にも巻き込まれず、何とかわれわれは生き残った」

問い 日本のバブル崩壊の経験が生きたのか

「われわれは債券に注目しているヘッジファンドなので、各国の債券というのは各国債務の持続性が非常に大きなファクターで、調達に大きく依存している部分がある。リーマン・ショックのように調達ができなくなる時には早く撤退をし、また逆に流動性が大きく出てくるときにはチャンスがあるわけで、それを機敏に見ながらということでは日本のバブル崩壊が一つの大きな参考になった。バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長もトリシェ前ECB総裁も含めて各国中銀は、ゼロ金利に陥るワナがどこにあるのか、どこまでバランスシートを増やしても大丈夫なのか研究してきた。日本のバブルの経験は各国中銀にとって良い研究材料になったのは間違いない」

問い 日本はデフレを脱却できるか

「将来のインフレ期待値をコントロールするのは、かなり難しい作業だ。特にデフレの国では難しい。インフレターゲットを取っている英国のような国は将来のインフレ率を常にウオッチしながら政策をとっているが、日銀のマンデート(委任された権限)は物価の安定と雇用だ。日銀にとってデフレ克服は大きな目標だが、日本は通貨の安定、物価の安定の数値目標化を取っていないので、インフレターゲットがマンデートになっている英国の場合と大きく異なる。日銀買い切りと言われている国債の標準的な買いから、リーマン・ショック後、アセット・パーチェイス・プログラム、長期資金の供給に加えて、日銀は、株価指数連動型上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)などを買ってきた。円高が進めばデフレ基調となる。デフレ克服というのはなかなか日銀の量的緩和だけでは克服できない。政府と日銀の間で一応、協定書なるものができた。通貨政策を財務省が担うという形は変わらないが、初めて協定書を結ぶということで、通貨に対する日銀のコミットメントがどういうものになってくるのかということは今後、注目すべき点だと思う」

・中銀のバランスシートを減らした例はない

問い どのぐらいまで中銀のバランスシートを増やせるか

「バランスシートを増やすこと自体は通貨価値の減価を伴うものなので、それはそれで悪くない。バランスシートをどういう形で縮めていくかというのは、まだ、誰も経験したことがない。売りオペレーションなど、いろんな作業が研究されているが、実際にバランスシートを縮めていくだけで、流動性をものすごい勢いで吸収していく。それに十分耐えられるだけの景気環境が近いうちにくるのかということが非常に大きな問題だと思う。米国は2015年まで次なる利上げはしないと言っているが、その後、どうやってバランスシートを縮めていくか、というのは大きな課題になっていく。バランスシートの大きさよりも縮め方が議論される」

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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