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[4-3-3]へ変更後のソシエダ、久保を活かす新メカニズム(ベティス対ソシエダ分析)

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
前半のドリブル、後半の守備とバトル。攻守のレベルは非常に高かった(写真:REX/アフロ)

[4-4-2]から[4-3-3]へ。変更によって久保建英に求められるものも大きく変わった。

■負担増の守備。「苦手」は過去のもの

ベティス戦はスペインで久保が最も走った試合ではなかったか? 「守備が苦手」、「背走が苦手」という定評は過去のものになろうとしている。

[4-3-3]の右ウインガーとなって、[4-4-2]のセカンドトップ時代よりも久保の守備の負担は増えている。相手のSBを追ってサイドを背走しないといけないからだ。

セカンドトップ時代には主な守備の負担はロスト後のプレスだった。つまり、前へ出ての守備。背後はメリーノにカバーされていたので、自陣深くまで背走することはほぼなかった。

だが、この試合ではMVPとなった相手左SBミランダを追って、ペナルティエリア付近まで下がることを余儀なくされた。

単純な話、[4-4-2]であれば久保の背後には4人のMFがいたが、[4-3-3]になってMFは3人になった。1人少なくなった分、余計に守備に走らなければならない。

アルグアシル監督に求められるものもよりハイレベルに
アルグアシル監督に求められるものもよりハイレベルに写真:ムツ・カワモリ/アフロ

ミランダがMVPということは何度も久保のサイドを突破されたということなのだが、これは久保のせいではない。ボールを持たれて中央で触られてからサイドへ展開されると、味方のカバー(ブライス・メンデスやスビメンディ、メリーノ)が間に合わない。味方がミランダを遅らせている間に下がって来た久保が追いつく、という連係ができない。

■攻守の総合的な貢献度ではベスト

ソシエダはボールを持てなかった。

前半、給水タイムまで58%だったボール支配率が、通算では真逆になりベティスに58%を持たれた。つまり、後半の久保は守備に忙殺された。後半の45分間で、得意なドリブルが出せる形でボールを持てたのは3回のみ。守備をしながら、その3回とも攻撃時に任された仕事をきちんとこなしたのが素晴らしい。

55分はドリブルからパスを通してギドのイエローを誘い、86分は自陣でボールを奪い返して敵陣までドリブル、93分にも敵陣までドリブルして、陣地を回復し時間を使った。

得点は求められていなかった。引き分けで勝ち点差をキープすればOKの試合だったので、押し込まれないこと、時間を使うことが求められていたが、その役目を単独できっちりこなした。あれだけ守備に走ってもドリブルできる馬力が残っていたのには驚かされた。

最後まで走り続けた。スタミナのレベルアップは明らか
最後まで走り続けた。スタミナのレベルアップは明らか写真:ムツ・カワモリ/アフロ

後半だけなら30%台前半だったろう支配率の中、攻撃のミッションを持ちつつ守備に忙殺されたウインガーとしては、最高の攻守のパフォーマンスだったと思う。

■攻撃面ではより「単独」を求められる

久保の最大の武器がドリブルなのは言うまでもない。

なので、これまでも常に単独プレーを求められてきたわけだが、その度合いは[4-3-3]になってより増している。というのも、サイドライン際には常にスペースがありドリブルの余地があるからだ。

ソシエダの[4-3-3]は左右対称ではない。

左のオヤルサバルは早めに中へ入り、大外のレーンを空けて左SBのアイエンの攻撃参加に備える。オヤルサバルにはドリブルは無い。彼の持ち味はコンビネーションとキックの精度。戦術眼に優れ、周りをパスで動かして崩してから自ら放つ正確で強いシュートがあり、ヘディングも強い。単独プレーを求められておらず、コンビネーションを求められているタイプなのだ。

一方、右の久保は単独プレー=ドリブルを求められている。だから右サイドのライン際ぎりぎりでパスを待ち、もらったら縦や対角へドリブルを仕掛ける。サイドライン際にはトラップして前を向くスペースと時間が常になる。なぜなら、相手は内へ絞って守らないといけないから。

オヤルサバルと久保では持ち味が違い、動き方もポジショニングも違う
オヤルサバルと久保では持ち味が違い、動き方もポジショニングも違う写真:ムツ・カワモリ/アフロ

[4-4-2]のセカンドトップではなかなかサイドラインぎりぎりまで開くことはできなかった。もう1人のFWセルロートとある程度近い距離感でプレーする必要があったからだ。内側には、スペースも時間的余裕も無い。足を入れられてトラップすらままならず、ドリブルに持ち込む態勢に入れないことも多かった。

それが[4-3-3]の右であれば、少なくともトラップはさせてもらえる。

そのままドリブルを仕掛けてもいいし、ドリブルと見せかけて相手を引き付け、追い越してきた仲間へパスを出すこともできる。ドリブルで単独突破、またはドリブルのフリをしてコンビで突破。いずれにせよ、突破のベースはドリブルである。

ベティス戦ではチームがボールを支配していた前半、久保はドリブルをベースにした突破で最も危険な選手になっていた。5分、6分、7分、8分、15分、21分と立て続けに作ったチャンスの原動力は久保であり、彼のドリブルだった。

すべてのロングボールのターゲットとして不可欠の存在、セルロート
すべてのロングボールのターゲットとして不可欠の存在、セルロート写真:ムツ・カワモリ/アフロ

■チームのための[4-4-2]、久保のための[4-3-3]

以上まとめると、新システム[4-3-3]の久保は、攻守の総合力を求められている、ということになる。

[4-4-2]の久保は「守備が苦手」という前提だった。「攻撃的MF」という位置付けだった久保を最前線のFWとして使ったのは、守備の穴を目立たなくすることが、最大の狙いだったと思う。“背後をカバーして苦手な守備をあまりさせないので、攻撃に力を入れてくれ”ということだ。

だが今は違う。“守備もやってくれ、その代りにドリブルの機会も増やすから”となった。

久保への要求レベルとしては一段上がっている。

特に運動量。守備のレベルアップとは技術の問題ではなく、背走の回数と質の問題だからだ。守備にスタミナを割いた上で、マイボール時にはドリブルを使ってチームを前掛かりにしてくれ、と要求されている。

どちらがチームとして機能し、久保の能力を引き出せるか?

[4-4-2]の方ではないか、と思う。

ベティスではウィリアム・カルバーリョが素晴らしかった
ベティスではウィリアム・カルバーリョが素晴らしかった写真:ムツ・カワモリ/アフロ

こちらの方がポゼッションが安定し、物理的に久保が攻撃に割ける時間が長くなるように思うからだ。

[4-3-3]ではMFが1人少なくなった分、中からのカウンターを喰らいやすく、ベティス戦ではファウルで止めるために23もの反則を犯した上にボール支配率で逆転される、という内容に終わった。引き分けOKの試合ならこれでいいが、勝ちに行くためには厳しいだろう。

■攻撃専門から攻守の大黒柱へ

とはいえ、点取り屋セルロートとブライス・メンデスの当たりが止まったことで[4-3-3]へと変化する必要があった。守備をする久保を見る時間が増え、フル出場した次の試合(28日対オサスナ)ではベンチスタート、なんてことも想像できる。

ただ一方で、「久保の個人的な成長」という面で考えれば、より総合力の高い選手にレベルアップするには[4-3-3]の方が向いている。チームの苦境こそ、個を伸ばすチャンスである。

「攻守両面の大黒柱」というのはオヤルサバルである。逆境での彼を見てほしい。大ケガから復帰後、まだ本調子ではないけれど、馬力と根性とリーダーシップで文句の無いキャプテンだ。久保にはレジェンドを目指す、という道が開けてきた。

気力も充実。セビージャはフェリア(春祭り)の季節だが「浮かれている暇は無い」
気力も充実。セビージャはフェリア(春祭り)の季節だが「浮かれている暇は無い」写真:REX/アフロ

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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