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蹴って走るVS美しく回す。戦術対決は「根性」で決着(セビージャ対ビジャレアル分析)

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
メンディリバルのように、自らコーンを置いたりビブスを配る監督はめったにいない(写真:ロイター/アフロ)

戦術のテキストとしてお手本のような試合。蹴って走るVS美しく回す。強いのはどっちか?

蹴って走るのがセビージャ監督、メンディリバルのサッカーである。

相手ゴールは常に自分たちの前にある。だから前へ蹴って敵陣に殺到する。バックパスなんて回りくどい。大きく蹴ってとにかく走れ、プレスを掛けろ、下がるな。

極めてシンプルで、わかり易い。相手ゴールへ真っ直ぐ向かって行け、というのは、体が要求する本能的なものでもある。

■シンプルVS複雑、本能VS反本能…

途中就任からわずか1カ月。

前監督ロペテギとサンパオリで機能しなかったチームが、メンディリバルになって即機能したのはシンプルなメッセージと手法がすんなりチームに浸透したからだろう。

ホセ・カストロ会長が本質を突いている。

「後ろへプレーするサンパオリのあのサッカーは酷かった……」

前へ向いて走る、というのは暑いアンダルシア地方の熱い気質にも合っている。

スポーツディレクター、モンチがウナイ・エメリ退団後に、「これからは面白いサッカーを目指す」としてサンパオリを招へいして以来の迷走と論争は終了。メンディリバルのサッカーがセビージャのスタイルとして定着しそうだ。

「もう監督はこりごり」と言っていたセティエンにもビジャレアルは魅力的だった
「もう監督はこりごり」と言っていたセティエンにもビジャレアルは魅力的だった写真:ロイター/アフロ

対して、ビジャレアル監督セティエンのサッカーは真逆。“急がば回れ”で、とにかくパスを繋いでくる。

パスを繋いでプレスをかわすごとに、相手のDFはどんどん減っていく。数的有利を作ってボールに触りながら前進していく。

手数が必要だから時間がかかる。パスコースが無い時にはバックパスを選択しなければならない。相手が噛みつきそうな顔で向かって来るのに、大きく蹴って逃げたいところなのに、ショートパスを使わないといけない。

前進の本能にも、危険回避の本能にも反している。不自然で複雑でわかりにくい。よって、技術の高い選手がいないといけないし、浸透にも時間がかかる。

途中就任から半年。W杯期間をプレシーズンとして使えたことが奏功して、チームはようやく機能し始めたところだ。

■ボール出し勝負。圧勝→均衡→逆転

二人の対決の見どころはいきなり訪れた。

ビジャレアルのショートパスでのボール出しVSセビージャの前からのプレスである。

まずはセビージャの圧勝。

ビジャレアルは最初の10分間で6回の危険なボールロストをした。ゴールが目の前で逆に力んだのか、シュートやラストパスがぶれたことがセビージャの先制点を阻んだ。

こうして失点の危機がリアルにあったのに、GKが2回しか大きく蹴らなかった。並みの監督なら、大きく蹴れと指示するところだが、セティエンは違う。

ボール出しに失敗し、GKが相手FWにボールをプレゼントして即失点、というのがセティエンのチームでは必ずある。本人は「私の責任」と平然としているのだが、こういう間抜けな失点はファンの受けが非常に悪い。ファンも人間、本能に反しているからである。

CBは普通にGKへバックパスを戻すし、MFのパレホがエリア内なのに股抜きをしたり……。極めて心臓に悪い。「落ちたら失点」の綱渡りの連続である。

シャビよりもセティエンの方が原理的。ボール出しのこだわりも強い
シャビよりもセティエンの方が原理的。ボール出しのこだわりも強い写真:ロイター/アフロ

それでも、ビジャレアルは繋ぎにこだわり続けた。

セティエンが頑固だからだが、プレスをさせて体力を消耗させるためでもある。GKへのバックパスを追い掛けるような猛プレスは、20分も続けば良い方だ。果たして15分くらいからボール出しの成功率が上がっていく。

28分に初めてビジャレアルのフィールドプレーヤー10人全員が敵陣に入る。

相手をゴール前に釘付けにしたこの状態が、「ポゼッションサッカーの成功の形」である。

サイドも前も押さえられ、セビージャはペナルティエリア周辺に完全に囲い込まれている。8割くらいが相手陣地で、オセロなら完敗である。グアルディオラ監督のマンチェスター・シティでもしばしば見られる光景だ。

下がってはいけないメンディリバルのチームが、なぜ下がってしまうのか?

「プレスをかわされる=守備者が減る」なので人数が足りなくなり、後退以外に手が無いからである。

こうなると、クリアはすべて奪われ波状攻撃を受けざるを得ない。籠って人の壁を築いて何とかしのぐしかない。

「自分のサッカーを一番理解している」とメンディリバルは乾貴士を高く評価していた
「自分のサッカーを一番理解している」とメンディリバルは乾貴士を高く評価していた写真:ムツ・カワモリ/アフロ

■「オセロなら完勝」から無意味な失点

だが、ここでビジャレアルに馬鹿げたミスが出た。

パレホがパスを敵に渡し、しかもドリブルで上がって来た相手をファウルで止めなかった。パスミスは仕方ないが、その後の守備をしないのは馬鹿げている。軽くパレホをかわしたスーソがそのままドリブルで運び、ラファミルが角度の無いところからGKレイナの頭上を撃ち抜いた。

34分、セビージャ先制。

最もポゼッションサッカーの良いところが出ていた時間帯で、前半の残り時間も後半に入ってもゴールへ近づく回数で言えばビジャレアルが10回対2回くらいの割合で優勢で、57分には同点に追いつくのだが……。

セティエンのチームにはどこか冷たいところがある。

ボールロストから失点に結びつく一連の対応が象徴しているように、我武者羅さや執念に欠ける。引きずり倒しても止めてやろう、というところが見えない。

上品で美しい洗練されたサッカーをするからなのか、バックパスが気持ちを前向きにしないからなのか、そもそもテクニシャンというのは冷たいものなのか、真逆の根性の塊のようなセビージャを見ているからなのか、はわからない。

だから、敵将のメンディリバルをして「ビジャレアルは非常に良かった。特に後半は我われよりも上だった」と言わしめたのだが、どんなにボールを支配して、どんなに陣地を支配して、どんなにゴール前に迫っても決められない気がしたし、あっさり失点しそうな気がした。

後半ロスタイム4分、ラストプレーでCKから最も警戒すべきエンネシリをフリーにして決勝ゴールを決められても、意外性は無かった。

■内容は互角も、セティエンを我慢できるか?

自分のサッカーに選手をはめるタイプで、バルセロナではメッシとも衝突した
自分のサッカーに選手をはめるタイプで、バルセロナではメッシとも衝突した写真:ロイター/アフロ

シュート本数17対17、枠内シュート本数4対5、CK本数5対3。内容的には互角。戦術の勝負としても互角。だが、セビージャがオカンポスを中心にファイトある(時に無理矢理感のある)プレーで心を熱くしてくれたのに対し、ビジャレアルには職人気質というか淡々と仕事をしている感が漂っていた。

パレホというリーダーがいてもファイターがいない。先発したもののケガで途中交代したモラーレス、ケガで欠場中のジェラール・モレノあたりが、その候補なのかもしれないが。

戦術に正解はない。必勝の戦術もない。好き嫌いがあるだけだ。

二人のサッカーはどちらとも好きだ。二つのスタイルがミックスされてサッカーはできているのだと思う。「両極」と呼んでいいほど対照的なサッカー観の二人なのだが、揺るぎない信念を貫いている点では共通。だから、それぞれに二度ずつインタビューもさせてもらった。

楽しみにしていた戦術対決は「ハート対決」で決着した。

前向きなメンディリバルはこのまま前進するだけだが、後ろ向きなセティエンが振り返って目にするのは、フロントやファンのしかめっ面かもしれない。

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在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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