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蹴って走れ。サッカーはシンプルだ!(セビージャ対マンチェスターU分析)

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
エンネシリの3点目。勝利を確信しスタジアムは歓喜の頂点に!(写真:ロイター/アフロ)

EL準々決勝第2レグは、セビージャがマンチェスター・ユナイテッドに3-0で完勝。シンプルなサッカーが複雑なサッカーに勝利した。

サッカーをややこしくしているのは我われ自身なのだろう。前へ蹴って走る。本来、それだけでいいはずなのに、足下へのショートパスを繋いでいくサッカーを“高級なもの”とする傾向がある。

グアルディオラのバルセロナ、世界・欧州王者になったスペイン代表、グアルディオラのマンチェスター・シティ……。

狭いスペースでコンビする超絶技巧は確かに美しい。創造的で想像力にも満ちている。私も大好きだ。

だが、誰にでもできることではない。パスとトラップの精度が下がれば危険なボールロストが生まれ、失点する。

この日のセビージャの1点目のように。

マグワイアとデ・ヘアを狙う作戦が見事はまった。流れを決定づけた先制点
マグワイアとデ・ヘアを狙う作戦が見事はまった。流れを決定づけた先制点写真:ロイター/アフロ

■狙われたサッカー観とCBとGKの足下の不安

GKデ・ヘアからCBマグワイアへのショートパスに、オカンポス、ラメラ、エンネシリが猛プレス。ボールロストを誘ってエンネシリが簡単に蹴り込んだ。

わずか8分のあっけない、技巧も何も無いシンプルな先制点。4万人のセビージャファンが叫び、両チームの精神状態は、勝者と敗者のそれの二つに分かれた

前へ走るサッカーに自信を深めたセビージャと、ショートパスを繋ぐサッカーに疑問を抱いたユナイテッドである。

“大きく蹴ればいいじゃないか”とセビージャ監督のホセ・メンディリバルなら一蹴するだろう。

いくら猛烈なプレスを掛けられても、蹴ってしまえば問題ない。だが、繋ぐことが自分たちのサッカーで、テン・ハフ監督からそうしろと命じされているであろう、デ・ヘアはショートパスにこだわった。

繋ぎにこだわること、デ・ヘアとマグワイアの足下に不安があることを承知の上で、メンディリバルはプレスを命じた。2人に対して3人で行くのは無謀でもある。デ・ヘアが大きく蹴ったボールを収められたら、間違いなくシュートまで持っていかれる。だが、その損と得を比べて、プレスに賭けた。

で、賭けに勝った。

シンプルなサッカーは理解も簡単。猪突型のオカンポスは劇的に良くなった。写真はVARに取り消されたゴール
シンプルなサッカーは理解も簡単。猪突型のオカンポスは劇的に良くなった。写真はVARに取り消されたゴール写真:ロイター/アフロ

■メンディリバル監督のシンプルなサッカーとは?

メンディリバルはGKに必ず大きく蹴らせる。バックパスもさせない。させる時は相手を引き寄せておいて大きく蹴るためだ。

大きく蹴ることには2つのメリットがある。

1:相手の守備が整う前に攻め切れる。

2:自陣でのボールロストが無くなる。

デメリットも2つある。

1:成功率が低い。

2:高いラインの裏を使われる。

ロングボールをマイボールにするには敵陣に人数を送り込まなければならず、最終ラインを高く保つ必要がある。裏に大きなスペースができ、そこを狙われる。

この損得を勘定した上で、メンディリバルは「得」だと判断し、今のサッカーを選択している。

エイバル時代には乾貴士に「サッカーの父」と慕われたメンディリバル
エイバル時代には乾貴士に「サッカーの父」と慕われたメンディリバル写真:ロイター/アフロ

メンディリバルのサッカーと、グアルディオラ的なサッカーのロペテギ、サンパオリ前監督との違いを数字化した面白いデータがある。

メンディリバルになってボール支配率は53%から41%へ急降下した。パス成功率も84%から73%に下がった。確実な足下へのショートパスではなく、不確実なスペースへのロングパスを選択するのだから当然である。試合当たりのパス本数も100本近く少なくなった。

代わりに、無失点試合の割合が25%から昨夜も含めて60%(5試合中3試合で零封)に激増。空中戦の勝率も倍近くになった。

■目的は共通だが手段が対照的。戦術の二大潮流

メンディリバルの狙いは敵陣でのプレー時間を長くすることにある。

そのために自陣でボールロストの心配がないロングボールを使い、最終ラインを上げて物理的に選手を自陣から追い出し、敵陣でのボールロストには直ちに激しいプレスをして、すぐにボールを奪い返そうとする。

これ、実はグアルディオラ的なポゼッションサッカーでも同じである。

敵陣まで確実にボールを運ぶために安全性の高いショートパスを使い、最終ラインを上げて敵陣に選手を押し込み、ボールロスト時には激しいプレスで早期回復を図る。

ホームの雰囲気も凄かった。ユナイテッドの赤を意識しスタジアムは白一色
ホームの雰囲気も凄かった。ユナイテッドの赤を意識しスタジアムは白一色写真:ロイター/アフロ

“敵陣で試合が進めば失点の可能性が減り、得点の可能性が上がる”と、メンディリバルもグアルディオラも考える。違いは、そのためにロングパスを使うか、ショートパスを使うかだ。

あと、グアルディオラはボールを支配すれば攻撃時間が増えるので、得点が増え失点が減る、と考える。一方、メンディリバルはショートパスはロストの危険大で失点増になり、守りが崩れているうちに攻め切れば得点増になる、と考える。

メンディリバル式、ユルゲン・クロップ式のハイプレス&ハイラインサッカーと、グアルディオラ式、キーケ・セティエン式ポゼッション+ハイライン&ハイプレスサッカーが今の戦術的な二大潮流であり、しのぎを削り合ってサッカーのレベルを上げているのである。

■ユナイテッドはあんなに強かったのに…

マンチェスター・ユナイテッドはどっちの潮流にいるのか? 後者だが、前者の要素も混じっている。

いずれにせよ、押せ押せで前へ前へのセビージャに対して、自信喪失で気持ち的に受け身に立ったユナイテッドは、本来の高い個の技術レベルを発揮できなくなっていた。いわゆる、ビビッて足が縮こまっている状態に、あの先制点でなった。

アントニーとアクーニャの勝敗も第1レグと第2レグで逆転した
アントニーとアクーニャの勝敗も第1レグと第2レグで逆転した写真:ロイター/アフロ

ユナイテッドは第1レグの75分間、圧倒的に強かった。

20分ほどで2得点しセビージャを自陣に釘付けにした。「何が起こっているんだと焦った」とメンディリバルは振り返っている。

アントニーはいとも簡単にサイドを切り崩し、カセミロはイーブンボールを次々と奪い、ザビッツァーはあっちこっちに現れてコンビで抜け出し、ブルーノ・フェルナンデスは高精度のショート&ロングパスで攻撃を組織し続けた(昨夜の出場停止は大きかった)。

圧倒的な実力差。あれが世界一のプレミアリーグのトップクラスとリーガの中堅の違いだろう。60分のアントニーのシュートが枠に嫌われず、3-0となっていればセビージャ勝ち上がりの目は完全に消えていたはずだ。

テン・ハフ。この日は戦術的に敗れたが、第1レグの交代策を責めるのは結果論
テン・ハフ。この日は戦術的に敗れたが、第1レグの交代策を責めるのは結果論写真:ロイター/アフロ

あの試合のテン・ハフ監督の交代策、ブルーノ・フェルナンデス、サンチョ、マルシャル、アントニーを下げたことを批判する声があるが、間違っていたとは思わない。勝ちを確信してもおかしくないくらいの巨大差があった。

ビビると、その巨大差が逆転してしまうのだから人間は面白い。

■運も味方。勇敢さにサッカーの神も微笑んだ

セビージャには運も味方した。超劣勢の第1レグを引き分けで終えられたのは、2つのオウンゴールがあったからだし、昨夜の2点目のバデのGKの頭を越す見事なヘディングシュートは、実は肩に当たってコースが変わったものだった。

この2点目がまた、精神的に大きかった。

前半終了間際セビージャのゴールが取り消され嫌なムードが生まれかけ、ラシュフォードとルーク・ショーが投入され反撃を期したユナイテッドの出鼻を挫くものだったから。運は待っていても来ない、探しに行くものだ。格上相手に諦めず、前から行った勇敢さへのサッカーの神のご褒美だったのだろう。

GKを越える見事なループを描けたのは、肩に当たったからだった
GKを越える見事なループを描けたのは、肩に当たったからだった写真:ロイター/アフロ

先制、中押し、そして駄目を押したのが81分の3点目だった。セビージャの大きなクリアをデ・ヘアがトラップミス。これをエンネシリが拾って無人のゴールへ蹴り込んだ。

前への大きなクリアを走って追う。ミスを誘ったのはまたも、メンディリバルの指示に忠実だった結果だった。

グアルディオラはメンディリバルのことを「マエストロ(師匠)」と呼んでいる。

パスワークで空回りさせられるリスクを負って、前へ前へというスタイルを貫く勇敢な姿に敬意を表して、である。メンディリバルにそのことを質問すると、「そんなことを言っておいて、8ゴールもするんだからな」とうれしそうに笑っていた。そんな人柄も良い。

サッカー観が正反対な監督からも尊敬される、エイバル時代に乾貴士が「サッカーの父親」と呼び、彼のような監督になりたい、とまで慕っていたメンディリバル。残留目標の弱小クラブを渡り歩いてきた彼が、欧州にも名を知られる存在になろうとしていることは、我がことのようにうれしい。

今週末はポゼッションサッカーの鬼キーケ・セティエン率いるビジャレアルとの対決。その試合も現地からレポートしたいと思う。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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