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映画的には良いのに、人として怒りが込み上げてきた『春の祭典』

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
人助け、好奇心、承認欲求、性への関心……。彼女の曖昧さが彼を振り回す

悪い映画を、好きになるのは難しい。

まずテーマがありきたり。次にお話が破たんしていて辻褄が合わず、何が言いたいのかさっぱりわからない。加えて登場人物のキャラクターが定まっておらず、動機も行動原理もわからない。さらに、役者の演技も酷くて感情を伝える能力がゼロ……。

「人種差別撤廃!」。大学って確かにそんな時代だった。『春の祭典』の1シーン
「人種差別撤廃!」。大学って確かにそんな時代だった。『春の祭典』の1シーン

こんな映画を見ると、まず“なぜ?”の連続からスタートし、次に“わけがわからん”になり、ついに物語を追うのを放棄して、あくびを噛み殺して時計に目をやりつつ、周りを見回して“みんな熱心に見ているなあ”と感心しながら、晩御飯のメニューを考え始めたりする。

“あーあ、時間とお金の無駄だった”

こういうことはしばしばある。私は事前情報を一切入れないから、他の人よりも失望の頻度は高いかもしれない。

彼女は結局、自分を見ている。『春の祭典』の1シーン
彼女は結局、自分を見ている。『春の祭典』の1シーン

■主演女優は設定にぴったり

だが、良い映画だからと言って好きになるとも限らない。

その典型例が、この『春の祭典』(スペイン語原題:La consagración de la primavera)である。

テーマは「障害者の性」。ありきたりではない。

お話は破たんしていない。

主人公の女性の行動や発言が揺れていて矛盾するところもあり、動機や行動原理が一貫していない。だが、それは18歳で1人で都会に出て来て大学生活を始めた彼女の、不安とか躊躇とか動揺の表れと解釈できる。よって、動機不明瞭で、次に何をするか予測不可能でもまったく構わない。むしろそうではないといけない。

厳格なカトリックの家庭から出て、初めて知る自由。『春の祭典』の1シーン
厳格なカトリックの家庭から出て、初めて知る自由。『春の祭典』の1シーン

3人の主要登場人物の演技がまたいい。

映画初主演となるバレリア・ソロージャ

まず容貌がぴったりだ。痩せていて、誰の目も引くこともなく、普通にその辺にいそうで、いかにも男性に奥手そうで、内気そうで、垢抜けない。田舎を離れていきなり与えられた自由に戸惑っている感が、視線、動き方、姿勢、しゃべり方のすべてに出ている。

■共演陣も万全である

左からバレリア・ソロージャ、テルモ・イルレタ、フェルナンド・フランコ監督、エンマ・スアレス
左からバレリア・ソロージャ、テルモ・イルレタ、フェルナンド・フランコ監督、エンマ・スアレス

共演のテルモ・イルレタ

脳性麻痺で車椅子を離せない。彼女に振り回されながらも、寛大なお兄さんのような視線で振る舞う演技が良い。私なら絶対に怒るだろうな、という場面でも笑みを浮かべる。それは人間の器が大きいからで、そこは脚本通りの演技なのか、彼の人柄なのかはわからないが、多分、後者なのだろう。

「犠牲者扱いは断固拒否する」

自分を笑うことを知り、周りを笑うことを知る発言から、そう判断する。

大学では化学専攻。人体への興味もある。『春の祭典』の1シーン
大学では化学専攻。人体への興味もある。『春の祭典』の1シーン

そして、エンマ・スアレス

スペインを代表する大女優。昔は性格の強さと可愛らしさの両面を兼ね備えた役が多かった。今は苦労する、戦う、悲しむ役が多い。歳を取っても貫禄は良い意味で出ず、上品さは変わらない。

障害者の性に関するある団体のホームページを覗いていたら、息子の性について語る母親のビデオが上がっていて、エンマ・スアレス演じる母の雰囲気と似ているのに驚いた。役作りで面会したりしているのかもしれない。

サン・セバスティアンに毎年のように来ていて、席を探していて「そこ、空いてます?」と尋ねた相手が顔を上げたら彼女だった、ということもあった。

劇中写真は彼女のものばかり。障害者と性、というテーマで彼女が主役という点に最初の引っ掛かりが。『春の祭典』の1シーン
劇中写真は彼女のものばかり。障害者と性、というテーマで彼女が主役という点に最初の引っ掛かりが。『春の祭典』の1シーン

■この監督とは合わない…

テーマは良い。お話は一貫している。人物設定もしっかりしている。演技は素晴らしい。お話を語る映像手法にもミスはない。リズムも良く、間延びはしない。

なのに。見終わった後、腹が立った。

これはひとえに、主人公の問題行動ゆえ。“人としてそれはないだろう。責任取れよ!”と言いたくなった。クライマックスに近づくにつれて、“お前やりそうだな、やるなよ”と心配していたのに、案の定それをやりやがった!

主人公の行動に怒った。つまり、私はお話にどっぷりはまっていた――ということは、この作品はメディアとしての役割をきっちり果たしていたわけで、悪い映画ではない。

登場人物の、また男優の、人柄を象徴しているような笑顔。『春の祭典』の1シーン
登場人物の、また男優の、人柄を象徴しているような笑顔。『春の祭典』の1シーン

だが、私はそのメッセージが嫌いだ。

どんなメッセージで、なぜ嫌いかはネタバレになるから書かない。

フェルナンド・フランコ監督の経歴を見ていて、大嫌いな作品の名を見つけた。この人とは合わないのだろう。

好き嫌いの問題なので、好きな人もいるに違いない。良い映画だからおススメもできる。だが、いつも以上にみなさんの感想が気になる。

※予告編はこのページのClip2をクリック

※写真提供はサン・セバスティアン映画祭

春の祭典と女としての開花。ポスターの絵柄もスキャンダル狙いっぽくて嫌いです
春の祭典と女としての開花。ポスターの絵柄もスキャンダル狙いっぽくて嫌いです

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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