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EURO2020第19日。検証:イングランド優勝候補筆頭説は本当か?

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
8ゴール中5点がヘッドで、サイド攻撃の産物。3ゴールのケイン(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ウクライナとの力の差があまりにあり過ぎたので、今回はにわかに盛り上がってきた「イングランド優勝候補筆頭説」について書こう。

同説にはいくつかの根拠がある。一つひとつみていこう。

まずホームアドバンテージ。

ここまで11会場で分散開催だったが、準決勝と決勝はロンドン、ウェンブリー・スタジアムで開催される。イングランドのお膝元だ。 

ここまで母国のスタジアムで戦ったチームの戦績は13勝4分6敗。ただ、これはドイツ、イタリア、オランダ、スペイン、イングランドと強国が集まったせいとも言える。イングランドに限ればウェンブリーで3勝1分。

入場制限があるのでアドバンテージも限定的なのだが、準決勝と決勝は入場者数が収容9万人の75%にまで増大される。しかも、外国からの観客は検疫があるので入場できない可能性がある。よって、感染再拡大下で7万人近く入れて大丈夫なのかという懸念はあるが、純粋にサッカー的なことから言えば、イングランドのホームアドバンテージは決定的に大きいだろう。

■さらに有利、ホーム。堅守と可変性

次に、守備の堅さ。

イングランドは唯一の無失点チームである。3バックでも4バックでも安定しており、特にマグワイア、ストーンズのCBコンビは高さも強さも申し分ない。右SBウォーカーはスピードがあり戻りも速く、左SBショーはフィジカルがあって“第三のCB的”なプレーができる。中盤のライス、フィリップスは運動量もあり、攻撃的MFであるマウントにすら守備意識が浸透しており、ピンチにはよく下がっている。

何よりも、“サイドから攻めて中はサイドチェンジなどボールの通過点に過ぎない”という考え方が共有されていて、危険な中央でボールロストをすることがほとんどない。

3年前のロシアW杯ではDFとMFの繋ぎ役ヘンダーソンの両サイドに大きなスペースがあり、そこを狙われる、という弱点があったが、このチームには構造的な欠陥がみえない。

高くて強くボールも運べるマグワイア。ストーンズとのコンビは大会一
高くて強くボールも運べるマグワイア。ストーンズとのコンビは大会一写真:ロイター/アフロ

それに、たとえ構造的な欠陥があったとしても、システムと顔ぶれを変えるだけである。

センターラインを強化し中盤の数的有利を作りたければ、ドイツ戦のように3バックにして右CBウォーカーにMFとの二役をさせれば良い。ロシアW杯では[3-3-2-2]の一本槍で研究もされたが、今大会は[4-3-3]、[4-2-3-1]、[3-4-3]と多彩だから相手によって変えられる。

この可変性が3つ目の理由である。

■効率重視の攻撃にボールは不要

4つ目は多様性に関連した「とらえどころのなさ」。

イングランドはポゼッションチームか?と問われたら、「そうでもない」と答える。

一方的に攻めたようにみえた昨日のウクライナ戦でもボール支配率は51%に留まった。ドイツ戦では47%、クロアチア戦では52%。つまり、勝つために=得点するために=無失点で抑えるためにボールは必ずしも必要ない。スペイン、イタリアとは決定的に違う。ボール支配率でそれぞれ1位、3位の彼らがボールを持たない展開は考えられない。守備ですらボールを持って時間を費やすことで行う。

イングランドのボール支配率は7位で5位のデンマークとは大差ないが、デンマークはリードすればボールを譲りカウンター態勢に切り替えるのに対し、イングランドがそうするのはみたことがない。

イングランドはまんべんなく、展開やスコアとは無関係に50%前後を保つ。そもそも彼らのプレスは強くないし、ラインも高くない。スペインとイタリアは強くて高い。デンマークは得点が必要な時は強くて高く、そうでない時は弱くて低い。

次にイングランドは攻撃的なチームか?と問われても答えは「そうでもない」だ。

イングランドの攻撃数175回は12位で、1位スペイン365、2位イタリア296、3位のデンマーク251に比べ極端に少ない。CKの数でも1位スペインの4割、3位デンマークの半分、5位イタリアより10本近く少ない11位である。シュート数に至ってはさらにとんでもなく差があって、1位イタリア101本、2位スペイン95本、3位デンマーク90本に対してイングランドは37本で19位。試合数で2つ少ないポーランドよりも少ない。

それでいて、イングランドの得点8はスペインとは4差、イタリアとデンマークとは3差とそれほど大きくない。得点するのにあまり攻める必要がないチームだと言える。

強引に抜けるスターリングがサイド攻撃の核
強引に抜けるスターリングがサイド攻撃の核写真:代表撮影/ロイター/アフロ

効率的に点を取れるのは、セットプレーの強さのせいかと言えばそうでもない。8得点のうちセットプレーからのゴールはウクライナ戦の4点目だけ。ただ、空中戦に圧倒的に強い。ヘディングによる得点は5で、他の3チームは合わせても3なのだから比較にならない。サイドから崩してセンタリングをズドンというのが8得点のうち5点。サイドから攻めるのは、堅守のところでも述べた通り、危険なカウンターを喰わないためでもあり、「攻防の一手」である。

■まとめ。まんべんなく強く弱点がない

5試合8得点0失点という数字だけみると、「堅守速攻」という引き出しに入れたくなるが、中身はそうではない。自陣に引いて待って耐えて必殺のカウンターで止めを刺すチームではない。守りは強いが守備的なチームでもない。そうではなく、そこそこポゼッションし、ボールを動かし、優れたドリブラーもいてサイドから崩して得点し、安全に試合を終わらせることができるチームである。

サウスゲイト監督の手持ちの駒も豊かで、攻撃面ではフォーデンとかグリーリッシュとかサカとかサンチョとかラッシュフォードとかそれぞれ持ち味の違う選手を、基本のスターリング&ケインのコンビに組み合わせてバリエーションを加え、どんな状況にも適応できる。中盤から後ろは基本固定で、疲れたら代えるくらい。11人全員に共通しているのは守備意識。それものべつ幕なくチェイスしたりプレスしたりするのではなく、危険地帯の危険プレーだけはきちんと切る。

■ポゼッション至上主義との対決

サッカーは何が起こるのかわからないのを承知で、イングランドの行方を予想してみよう。

結論から言えば、優勝には手が届かないのではないか。というのも、ポゼッション至上主義のスペインまたはイタリアと対決した時に、イングランドが得点する道筋がみえないからだ。

失点は防ぐことはできるだろう。だが、いつかは点を取らないといけない。点を取るにはボールが要る。ボールを奪い返すにはプレスが必要だが、そこに特化したチームではない。さりとて、ロングボールカウンターはケインがCFである限り難しい。結局、頼りの強力なサイドアタックの数が少なくなり、得点の可能性が低くなる。

もちろん、イングランドが先制した場合は別で、そうなれば彼らは安全に試合を終わらせることができるだろう。が、その先制の可能性もボールを圧倒的に支配されれば低くならざるを得ない。「万能」と呼ばれるイングランドだが、イタリアとスペイン相手にボールを持てるレベルの支配力は持ち合わせていない。

英雄シェフチェンコに巻き返しはあるのか?
英雄シェフチェンコに巻き返しはあるのか?写真:代表撮影/ロイター/アフロ

イングランドはベルギーを想わせる。彼らもボールを必要としなかったが、ボールを必要としないこと、つまり相手にボールを渡すことで、ポゼッション至上主義のイタリアが攻勢を続けることを防ぐことができなかった。ベルギーには強力な個があり、少数でカウンターを仕掛けてイタリアを脅かすことができた。だが、イングランドにそれはあるか?

イタリア対スペインはイタリアが制し、イングランド対デンマークはイングランドが制する。そして優勝はイタリアだと思うが、みなさんはどう思いますか?

ウクライナについて一言だけ。

準々決勝に出るレベルのチームではなかった。私はてっきりグループステージ敗退だと思ったので、第11日の時点で「ヤルモレンコ、ジンチェンコ、ミコレンコを中心にタレントはいてもチームになっていない。シェフチェンコ監督の進退も含め、大改革が必要ではないか」と書いた。昨日の試合ぶりによっては、失礼だった、と謝罪しようと思ったが、そのままにしておこう。

※残り1試合、チェコ対デンマークについてはこちらに掲載される予定なので、興味があればぜひ。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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