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望まない妊娠をめぐる3つの物語。『朝が来る』『ベイビー』『ネバー、レアリー……』

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
社会問題を見事にエンターテインメント化した。『朝が来る』

望まない妊娠をめぐって物語が始まる。

そもそも産むべきか? 産んだ後どうするのか?――そんな作品をスペインのサン・セバスティアン映画祭とシッチェス・ファンタスティック映画祭で立て続けに3本見た。

まず『朝が来る』(監督/河瀨直美)は、不妊の苦しみ、不妊治療、特別養子縁組といった社会的なテーマをミステリーというエンターテインメントに仕立てた点が素晴らしい。冒頭に謎が現れ、それを謎解きしていく形で物語が進むから、上記のテーマに特に興味がなかった人でも引き込まれる。で、もっと知りたくなる。

リアルとミステリーの理想的な合体

社会的なテーマを扱う映画では、見ているうちに“これ、ドキュメンタリーでいいんじゃないの?”という疑問が沸くものもある。実際に起きた出来事にヒントを得た作品も、実在の人物や出来事を描いた作品もあり、ドキュメンタリーと映画の境界線は太くはない。

『朝が来る』でもドキュメンタリーのような手法で撮られているシーンがいくつかある。例えば、相談会で特別養子縁組の仕組みや手順を解説する場面だ。

厚生労働省のホームページにある養子縁組の民間あっせん機関のリストから適当に選んで、ホームページを覗いてみればよい。各機関の、育ての親の条件とか子供への告知義務とか産みの親へのサポートなどは、『朝が来る』でお馴染みのものばかりで、綿密な取材によって作られた作品であることがわかる。

ミステリーのためには見せないことも必要。『朝が来る』
ミステリーのためには見せないことも必要。『朝が来る』

こうした事実の部分はドキュメンタリー風に描く。だが、特別養子縁組をめぐって展開するミステリーの部分は映画としての手法を凝らし、フラッシュバックとフラッシュフォワードを挟んで時系列を混乱させ、見せてはいけないところは隠したままで、クライマックスまで謎を維持し、最後に謎を解く。

出来上がったのは、ドキュメンタリー的に社会的なテーマを考えさせられ、ドキドキさせられ、見た後は納得して感動もする作品だ。イサベル・コイシェット監督の『あなたになら言える秘密のこと』を思い出した。

※『朝が来る』の公式ホームページと予告はここ

捨てた赤ん坊を取り返す母の愛

『ベイビー』(監督/ファンマ・バホ・ウジョア)は生まれた子を育てられない母親が赤ん坊を渡した先が、とんでもないところだった、という話だ。『朝が来る』があふれる光だとすると、この作品は救いのない闇である。

赤ん坊を放棄するしかない生活をする主人公だが。『ベイビー』
赤ん坊を放棄するしかない生活をする主人公だが。『ベイビー』

主人公はドラッグ中毒で、出産はアパート内。養子縁組の手続きをするはずもなく、人身売買を経て、赤ん坊は明らかに様子のおかしい者たちの手に渡る。後悔した主人公が赤ん坊の居場所を突き止め、取り返そうとするが、さてどうなるか?――。

シンプルな物語はともかく、こんなどうしようもない無責任な人間でも、母になると愛情が生まれ改心をして、子供を取り返したくなるんだな、という点が一番衝撃を受けた。

「産みの親よりも育ての親」という言葉がある。子供の立場からはおそらく育ての親の方へ深く愛情を抱くものなのだろうな、とは想像がつく。

おしゃぶりを蜘蛛に這わせる。物語のトーンを象徴するシーン。『ベイビー』
おしゃぶりを蜘蛛に這わせる。物語のトーンを象徴するシーン。『ベイビー』

だが、その故事は、産みの親にしかわからない子供との間にある強い絆を否定していない。だからこそ、『朝が来る』でも描かれていたように、育ての親は産みの親の登場を恐れてしまうのだろうか?

※『ベイビー』の公式予告はここ

「男に生まれたかった」と言わせる社会

産まない、という決断をした少女が主人公なのが『ネバー、レアリー、サムタイムズ、オールウェイズ(Never Rarely Sometimes Always)』(監督/エリザ・ヒットマン)だ。

手を繋ぐ2つのシーンに注目したい。『ネバー、レアリー、サムタイムズ、オールウェイズ』
手を繋ぐ2つのシーンに注目したい。『ネバー、レアリー、サムタイムズ、オールウェイズ』

妊娠した子を産まないとなると中絶しかない。決して褒められたことではないが、彼女は被害者であることがわかってくる。第1に、妊娠させて何の責任を負わない同級生の。第2に、そんな男に育てて容認する男社会の。

この作品には10代後半の少女たちを餌食に狙う、どうしようもない男たちがたくさん出て来る。学校でも、スーパーのレジでも、職場の事務室でも、バスの中でも、地下鉄でも。彼ら野獣の性の暴力から逃れながら、主人公とその従姉妹が助け合って目的を達しようとする。

中絶は良くない。そんなことはわかっている。だが、主人公をそんな状況に追い込んだ張本人が象徴する社会の方はどうなのか?

『朝が来る』を見れば、命は尊いなと思う。が、『ネバー、レアリー、サムタイムズ、オールウェイズ』を見れば、主人公の決断を非難できない現実を知る。両作品は一緒に見るべきだと思う。

※『ネバー、レアリー、サムタイムズ、オールウェイズ』の公式ホームページはここ

予告はここ

どう見ても怪しい赤ん坊の引き取り手。『ベイビー』
どう見ても怪しい赤ん坊の引き取り手。『ベイビー』

写真提供は『朝が来る』と『ネバー、レアリー、サムタイムズ、オールウェイズ』がサン・セバスティアン映画祭。『ベイビー』がシッチェス・ファンタスティック映画祭

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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